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乗り換えからの過去の思い出

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馬車に揺られる…というよりはシェイクされて10日。

やっとでナイトレイ領に着いた。運悪くスプリング内蔵の馬車が出払っていて、仕方ないから騎馬で帰る。乗り捨てた馬車は関所に置いてきた。独立に向けて今から忙しいだろうし。

領内に入ると、関所の外と比べものにならない豊かな風景が広がる。刈り入れ間際の黄金の小麦やたわわに実る果実。子供たちがその辺で遊んでいるのは治安がいい証拠だ。

馬に乗って走る俺たちを見て、農家の村人たちが手を振る。うん。非常にフレンドリー。兄ちゃん曰く、昔はこんなに一般の人たちと領主一族の距離は近くはなかったそう。やっぱり下町酒場の歌うたいが産んだ子供 ーーー 要するに俺を引き取って大事に養育してくれたのを一般の人たちが知ってるからだ。



母ちゃんは酒場の歌うたいだった。ほっそりした美人で歌が上手くて料理が下手で酒飲みで、頼りない外見に似合わずめちゃくちゃ逞しい女だった。そんで、市場を歩くだけで買ったものの3倍近くのおまけがついてくる人気者だった。まさか週に一回来る『父ちゃん』がナイトレイ本家の大旦那だって知らなくて、「なんで父ちゃんはたまにしかうちに帰ってこないの?」って言ったら父ちゃん泣いてたっけ…。

母ちゃんが酔っ払ってコケて頭打ってポックリ逝って。葬式でわんわん泣いてた俺を父ちゃんは本家に連れて帰った。

とんでもなくでかい屋敷で、すっげえ迫力の美女と、おっかなそうな冷たい目をした美人が俺をじろじろ見た。


とりあえず挨拶よ!挨拶さえしてりゃ大した軋轢は生まないわ!


母ちゃんの言葉を思い出す。


「はっ……はじめましゅ…てっ!」


噛んだ。


おっかなそうな美人の方がブハッと吹き出した。それが兄ちゃんだった。

母ちゃんが愛人だったのは薄々気付いてたけど、ああ、これって継母と継子に虐められるパターンだ!と身構えたのに。

奥様はめっちゃ優しかった。父ちゃんをさくっと隠居させて、父ちゃんの部屋だったとこが俺の部屋になった。貴族の服なんか着方がわからない俺に、分家の従兄弟だったダリルを付けてくれた。ダリルに「俺なんかの世話させてごめんね?」って謝ったら「本家に仕えるなんて異例の大抜擢ですから、どうか捨てないでくださいね?」って言われた。そういうもん?

マナーなんかは厳しく教え込まれたけど、


「お前は後継ぎでは無いし庶子だから好きに生きなさい。んっ……はー!かっわいい!これよ!こういう可愛いのが欲しかったのよ!ジェラルドは可愛くないし、顔は王家顔だし!なにこれ天使!?天使かしら!?」


と意味不明のことを、俺をぎゅうぎゅうに抱きしめながら奥様は言った。俺がおっぱいに目覚めた瞬間である。

「奥様」と呼んだ俺に眉を顰めたと思ったら


「グレンは母親のことをなんて呼んでたのかしら?…え?『母ちゃん』?だったらわたくしのこともそう呼ぶのです!!」


……と無茶振りされた。

呼ばないと泣くと脅されて、奥様は『ピオ母ちゃん』になった。兄ちゃんも『ジェラルド様』じゃなくて『兄ちゃん』って呼んだらすっごい喜んだからそう呼ぶようになった。

普段笑わない美人が笑顔になると破壊力が凄い。




兄ちゃんの笑顔は俺の宝物になった。












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