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閑話:「わたくしはなんて幸せな女なのだろう」《リリィ視点》
しおりを挟むわたくしは幸せな女だ。
幼いころからずっと淡い想いを抱いていたヴォルフ兄様に愛していると言われた。妻になってくれ、と……。
だが最も幸福を感じるのは、仕えるべき素晴らしい主人を得たことだろう。
美しく、慈悲深く、恐らくは神々をも凌ぐ力を持った、至高の御方。その主人に、愛する夫と生涯お仕えしていくのだという幸福。
わたくしは幸せな女だ。
………だから、この目の前で妄言を吐く、自称女神が何を言おうと心に響かない。
「だからね!わたくしに任せればいいの!可哀想な悪役令嬢!わたくしがあなたを物語の主人公にしてあげるわ!」」
何を言っているのだこの狂女は。
桃色の髪を弄りながら、媚びるようにわたくしに話しかける。
でも……そう。彼女の言う『悪役令嬢』という響きは聞いたことがあった。
そう。あれは………。
わたくしは『悪役令嬢』だから、何をしても赦される、と言った男たちが脳裏を過ぎる。わたくしを殴り、蹴り、寄って集って押さえ付けて、お兄様にしか赦されない場所を代わる代わる犯したあの帝国のけだものたち。
「………ふふっ…」
「………!」
わたくしから漏れた笑みに、狂女はほっとしたように笑みを漏らした。
「……可哀想、でございますか?女神さま?」
「え…ええ!そうよ!だって、傷物になって婚約破棄されて、愛してもない男の側妃にされて、しかも今は野蛮な戦いに駆り出されようとしている!ああ、なんて可哀想!わたくしが救ってあげるわ!さあ、この手を取りなさい!」
概ね合っているところがまた可笑しい。
けれど、婚約の解消は当家からの申し出だったし、確かに殿下のことは愛してはいないが崇拝していると言っても良い。これから挑む戦いはわたくしが望んだことだし、そして殿下はわたくしがあの男を殺せるように仕立てて下さった。
ああ……なんて。
「女神さま」
わたくしは手を伸ばす。
狂女は勝ち誇ったように笑い、わたくしの手を握った。
ああ、なんて、可哀想な『女神』だ。
わたくしの影からずるりと這い出た無数の手が狂女に絡み付く。
「ひっ…!!??あっ、あ、ああ!?」
わたくしはピアスの形をした魔道具を弄る。すぐに殿下と繋がった。
「殿下、やはりこちらに来ました。《手》で拘束しております。……褒めて、下さいませ?」
私は笑う。ピアスからは密やかな笑い声が聞こえた。
『よくやった、リリィ。いい子だ』
ああ、わたくしはなんて幸せな女なのだろう。
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