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北の地へ
13 神の御使い(隠密護衛D視点)
しおりを挟む全部捨ててオデッサに亡命すると殿下が言い出した時は、ああ、この人とうとう頭が湧いた…と思った。
オデッサは雪と氷に閉ざされた北限だ。小便が凍り息が凍り、果てには言葉まで凍ると言うのは笑い話だ。
けれどそれは笑い話でなかったことを俺たちは思い知る。
まずどんな魔法も通さないはずの防御壁魔法が全く効かない。いや、多少は効いていたのかもしれないが、業火も凍てつく竜のブレスでさえ防ぐ魔法を常時展開していても無駄だった。
霙混じりの雨が雪に変わり、見る間に積もっていく。状態異常無効の付与魔法をした鐵の鎧がみるみる凍りはじめる。念のためとチェインメイルと鎧の間に仕込んだ綿も無駄だった。手足といった末端が寒さで千切れる程の痛みを訴え鼻も凍った。手足の……いや、全身の感覚が鈍くなり、耳や指が腫れ上がって破け、染み出した体液さえ凍った。
意識が朦朧とする。寒い。眠い。いや、駄目だ。寒い。息ができない。眠い。ああ、誰かが呼んでいる。懐かしい声。そんなものはない。誰も居ない。眠い。もういい。いや良くない……
これはまずい。死ぬ。
だがついて来なければ良かった…と言うものは不思議と居なかった。馬たちも脱落せずによく耐えてくれた。
だから。
目の前が急に開けて。緑の草原の中にノア様が立っていた時は、とうとう俺たちは天へ召されたのだと思った。
なん、だ、ここは……。
ノア様が殿下に駆け寄っていくのが見える。
「おーおーおー…!氷柱も滴る良い男じゃん」
いつのまにか目の前にAが立っていて、俺のバシネットに下がっていた氷柱を折った。
「待ってろ。お湯沸かしてやるわ」
ヘタリ…と腰が抜けた。
助かっ…た……?
ぬるま湯で鎧を温め、外していく。
ああ……もう、この腕は駄目だ。
足の指と左腕が肘の上まで真っ黒に変色していた。
今から行くオデッサは義手など望めない。それどころか医療もない。終わった。人生終わった。もう俺は ーーー 足手纏いでしかない。
その時だ。
信じられないことが起こった。
何事か話していた殿下とノア様の足元に色彩が散った。あれは……『花』、か?
南国の、管理された場所にしか咲けない『花』。俺も冒険者時代に何度か依頼人の屋敷で樹脂加工されたものを見たことはあったが……。
真っ赤になったノア様に、殿下が顔を寄せる。待て、あんたも死にかけてるのに何やってんだクソが。
ぼろり…と殿下の耳が落ちた。ほら、言わんこっちゃねえ………え…?
凍傷で死んだ肉を押し上げるように、何かが盛り上がっていっていた。それは形になり、血色の良さそうな耳になった。
…………は?
「え……な、……なに、あれ…………」
「副隊長が言ってたんだけどさ。ノア様が全部治してくれるって。いやー、俺もノア様を信じてたけどさあ……聖女ってとんでもなくねぇ?」
「治す…って……はあ!?」
「治癒魔法、ってやつ。あれってお伽話だよな?すげえな聖女。半端ねえ」
はあああああああああああ!!??
規格外だ。いや、そうじゃない。【聖女】は……本当に、【聖女】は………
「神の、御使い ーーー なのか……」
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