腐女神さまのいうとおり1〜亡国王子と死神辺境伯〜

【リンク視点】

フィアツェン様が恋をされた。その瞬間に居合わせた私とレヒトの驚きは筆舌に尽くし難い。



フィアツェン様は先代辺境伯が気紛れに一夜を共にした女性傭兵の子供だ。なかなかに個性的な女性で、アレスゲーテの別邸でフィアツェン様を産み落としたあと、ふらりと元いた傭兵団に戻ってしまった。そう言うことで、フィアツェン様は先代からも奥方からも『居ないもの』と扱われ、それを不憫に思った先々代辺境伯 ーーー フィアツェン様には祖父にあたるお方がフィアツェン様を保護した。

フィアツェン様は妾腹の身でありながら、誰よりも初代アレスゲーテ辺境伯の血を濃く受け継いでいた。漆黒を纏ったそのお姿。不吉なまでに整った美貌はかつて異世界より堕ちてきたとされる初代の肖像画に瓜二つ。

そして苛烈さまで同じだった。

長い時を経て英雄であった初代辺境伯の血は劣化し、アレスゲーテ辺境伯はオストハウプトシュタット王家の犬と成り下がった。領民を飢えさせ、魔獣の討伐という死地に追いやってでも中央に作物や魔物の素材を無償で上納し続けた。30代の長男の元に王家の幼い姫が輿入れする。婚約者の家に少しくらい援助する甲斐性を見せる、などと狂ったことを声高に喧伝しながら。

当時15歳だったフィアツェン様は領主と夫人、そして長男を殺して当主の座を簒奪した。残りの12人の兄姉たちに、そして腐敗を極めた一族たちに「死ぬか服従か」と剣を突きつけ今に至る。王家は『姫の婚約者を殺された』と猛烈に非難をしたがそもそもこの『婚約』、口約束でなんの書類も誓約も交わしていなかった。そのことを仄めかすと王家は声を小さくし、では次はフィアツェン様と婚約を、と言い出す始末。もちろんフィアツェン様は無視し、祖父母様ごいんきょたちは『寝言は寝て言え』と使者の首を落とした。

あれから6年。

アレスゲーテの独立を認めるには隣国エーデルハウプトシュタットを征服せよ。

独立の条件としては巫山戯た要求をフィアツェン様は飲んだ。1年以内にできなければ今後50年独立を認めないという、こちらにはデメリットしかない命令。けれどフィアツェン様は隣国エーデルハウプトシュタットを征服した。僅か半年で。


そして ーーー 今に至る。


フィアツェン様がその美しい顔を蕩けさせて愛でるのは、フィアツェン様と並んでもまったく遜色のないエーデルハウプトシュタットの王子。まだ幼子だが、後10年…いや、5年もすれば王子は美しい少年になるだろう。

フィアツェン様は我がアレスゲーテを独立させたら、母君のアスタルテ様のようにふらりと居なくなってしまうのではないかと思っていた。初代辺境伯も、息子たちの元服を見届けると放浪の旅に出てしまったらしい。


美しい亡国のアールツナイ王子。女神フロウラリアの弟君。


彼ならば。ああ、そうだ、彼ならば、フィアツェン様をアレスゲーテに繋ぎ止めてくれるのではないだろうか。