悪役令嬢の末路

ラプラス

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探し人《夢》【19】

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 そして、夏祭り当日。

 バーサさんの指示の元、メイド5人で浴衣を着付けられ、指の先から髪の毛先まで丹念に準備された。

 「完璧ですわ。お嬢さま」

 初めて着る浴衣に、内心興奮するアイシアナ。

 「うわぁ。とっても素敵…」
 「そうでしょうそうでしょう。この浴衣は先代の奥様のお持ち物で、夏にはよく浴衣を着ていらっしゃっていたんですよ」
 「そ、そんな大切なもの。私が着て良かったんですか?」
 「ええ。きっと奥様もお喜びになります」
 しまったまま忘れられる方がきっと奥様も悲しまれますから。
 「さ、坊ちゃまがお待ちです。早く行ってあげてください。今頃きっと、ソワソワと廊下を往復されているはずですわ」

 部屋を出ると、バーサさんの言う通り、ローディーは廊下を往復しているところだった。

 「ねえ」

 声をかけると、そこでハッとしたように振り返る。

 「準備ができたのか」
 「ええ。行きましょう」

 ぎゅっと手をつなぐ。
 ローディーは何か言いたげだったけれど、何も言ってこなかった。
 今日はただ、夏祭りを楽しむことだけ考えていよう。

 アイシアナはそれだけを心に留めた。


 「え?何か言った?」

 ローディーの方を見上げると、彼はそっぽを向いた。

 「いいや。なんでもない」
 「そう?私、りんご飴買ってくるけど、あなたはどうする?」

 さっき、『りんご飴』と大きく書いてある屋台を見つけたのだ。
 ほかにも、見たことのない食べ物や髪留めなどのアクセサリーを売っている屋台がたくさん。興味を惹かれたので、早く列に並びたくてうずうずしている。けれど、ローディーはどうするのだろう。

 「場所取りしとくよ。迷子になったら駄目だぞ」
 「ならないよ。心配性だなぁ」

 アイシアナはへらっと笑って、屋台の方へ歩いて行った。

 「えーっと。りんご飴。りんご飴っと、あら結構混んでいるのね。それだけ美味しいのかしら?」

 最後尾に並ぶが、結構時間がかかりそうだ。

 「なんだいねーちゃん。りんご飴。食ったことねーのかい?」

 前に並んでいた勇ましい男性が聞いてくる。

 「ええ。こんなに賑やかなお祭りには参加したことがないもので。見るもの聞くものが新鮮で楽しいですわ」
 「そーかい。ねーちゃんもしかして深窓の令嬢ってやつなのかい?」
 「いいえ。そんなに高貴な身分持ち合わせいませんのよ。ただ山育ちなだけですわ」
 「なんだあ。ねーちゃんなら『お嬢様です』って言われたら信じちまいそうなのによ」
 「ふふ。おじさまは冗談がお上手ですね」

 なんだ。村の人って結構フランクで話しやすいじゃない。おまけに話も楽しいし、やっぱり直接この目で見てみないとわかるものもわからないわね。

 「あら。おじさまの番が来ましたね」
 「なんだ、もう来ちまったのか。ねーちゃんとの話楽しかったぜ。ありがとよ」
 「こちらこそ。私も楽しかったです。ありがとうございました」
 「おお。そうだそうだ」

 おじさんは懐に手を突っ込んで、何かを取り出した。

 「これ、うちの店のクーポンなんだけどよ。今日の出店でも使えるから、よかったら来てくれよ」
 「そんな。お店の不利益になるものはいただけません!」
 「別にこれで店が傾いたりしないから安心しな。むしろいつも来てくれてありがとうっていうお客さんに感謝するつもりで配ってんだよ。それに、またねーちゃんと楽しい話しがしたいしな」
 受け取ってくんねえかな。

 うう…。そんなこと言われたら。

 「わかりました。ありがたく使わさせていただきますわ」

 受け取ってしまうじゃないの~。

 「よっしゃ!じゃーなー」

 男性はブンブン手を振って帰っていった。
 私も無事りんご飴をゲットし、満足。
 そういえば、なんのクーポンをもらったんだろう?と、さっきもらった紙を開いてみる。
 そこには『たこ焼き注文で、もう2コたこ焼きプレゼント!!』というものだった。
 確かにこれなら、注文につきプレゼントだからお店は傾かない…?かな?

 「よし。行ってみよう!」
 自分の買い物は済んだけど、場所取りしてくれているローディーにもなにか差し入れしたいもんね。
 アイシアナは、そのたこ焼き屋さんを探して、まだまだ賑わいを見せる屋台の中に戻っていった。


 「あ、ここだ」

 さっきのおじさんが竹串でたこ焼きをひっくり返している。

 「おじさま」

 声をかけると、おじさんはびっくりしたように目を丸くした。

 「さっきのねーちゃんじゃねえか。びっくりしたぞ。本当に来てくれたのか」
 「はい。せっかくもらったクーポンですもの。使わせてもらいますわ」
 「いいぜ。どんどん使ってくれ」
 「では、たこ焼きを2パックくださいな」
 「今日は誰か連れと来てるのかい?」
 「ええ。実は今、花火の場所取りをしてくれているんです」
 「それじゃ話をしている場合じゃないな。ほら、早く恋人に持ってってあげな。たこ焼きはあつあつが一番なんだ。おまけで4つ付けてやるから。仲良く食べるんだぞ」
 「おじさま。私たち恋人じゃありません!それにおまけが2つ多いです!」
 「いいじゃねぇか。サービスだよ、サ・ア・ビ・ス!それに、これから恋になるかもしれねぇんだから。ああ、若いっていいねぇ。俺の上さんもこの夏祭りでオトしたんだぜ。なぁ」
 「口だけじゃなくて手も動かしてくださいよ。あなた」

 奥さんに厳しく言われるおじさん。
 それだけのやりとりでも、仲がいいってわかる。

 「それじゃ、ありがとうございました」
 「おう。恋人と仲良くな」
 「だから、恋人じゃありませんって」
 「はは。冗談だ。気をつけてな」

 手を振って、おじさんの屋台から離れる。
 あと、もう2つ…。

 アイラはさっき通った通りに気になるもの見つけて、探し歩いていった。


 「おっ待たせー!」

 ローディーの姿を見つけ、走っていく。
 彼の顔に、さっき買ってきたお面をつけてみると、ローディーは大層びっくりしていた。

 「!」
 「これね、お面って言うんだって。面白いでしょう?あとね、……っはいこれ。たこ焼きだよ。たこ焼き屋のおじさんがね、すっごい男前でさー、4コもおまけでつけてくれたの!すごくない?4コだよ?いやー、いい人だったなぁ」
 「結局、買ったのはその面とたこ焼きだけか?」
 「ううん。もちろんりんご飴も買ったよ。あとね……じゃじゃーん!!」

 出したのは、同じデザインで色違いのブレスレット(2つ)。

 「今日のお祭りの記念にって思って買ってみたの。…どうかな?嫌だった?」
 「いや、確かにこれを見ればいつでも今日のことを思い出せそうだな」

 ローディーの言葉に、少しホッとする。

 「でしょう?…私があの別荘を…出ても、忘れないでね?私も忘れないから」
 「ああ。約束する」
 「…うん」

 そのとき、あるものを見つけた。

 「あ!ねぇ、あれ蛍よね?」

 私の視線の先には、小さくもはっきり見える、緑がかった黄色の光。

 「もっと近くで見て見ましょうよ」

 そう言って私は立ち上がり、蛍をもっと近くで見ようと、足を進める。

 「待てっ」

 彼が何かに気づいたように叫んで、手を伸ばすのと、

 「えっ?」

 私が振り返ろう…としたところで、ぬかるみに足を取られ、身体が傾いたのは、同時だった。
 ローディーは私を守るように抱きしめて…けれど、彼も私と同じようにぬかるみに足を取られて、二人一緒に川のすぐそばまで転げ落ちてしまった。


 転げ落ちた後、ローディーはがばっと身を起こそうとして手をついた。が、第三者から見れば、それはまさに床ドン…。別荘のメイド達が見たら、きっと黄色い声を上げていただろう。

 「………………」
 「………………」

 しばらくの間、二人の間に沈黙が落ちる。
 彼女の頭の中は、さっきのおじさんの言葉が反響していた。
 『これから恋になるかもしれねぇんだから』
  『これから恋になるかもしれねぇんだから』
   『これから恋になるかもしれねぇんだから』
    『これから恋になるかもしれねぇんだから』

 恋!?

 そこでアイシアナは状況に気づく。


 「…ご、ごめんなさい!今退けるから」


 そう言って、アイシアナは仰向けのまま、器用に彼の陰から這い出た。
 はじめは恥ずかしくて俯いていたけれど、視界に緑がかった黄色い光が入ってきて、顔を上げると言葉を忘れたように見入ってしまった。

 「綺麗ね…」
 「ああ…」
 「!」

 私は、そこで驚いたように彼を見つめたけど、彼は構わずその光景を見ていた。



 いつの間にか、蛍の群生の中に二人は飛び込んでいたらしい。

 「…もう、何が綺麗なのかわかるようになったのね」
 「ああ、君のお陰だ」
 「それじゃあ、私の役目はこれで終わり。私もそろそろ帰らないと」
 「行くのか?」
 「うん。わかったの、私がやらなければならないことを」

 遅くなったけど、やっとわかったんだ。
 私が本当にやらなければならないこと。

 「そうか…」
 「でもね、今日この日の思い出をしっかり目に焼き付けておこうと思うの。だから…エスコート、お願いね?紳士さん」
 「っ、まさか会話を…」
 「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、うっかりね…」
 「そうか。うっかりなら仕方ないな」
 「怒ったりしないの?」
 「バーサの教えだ。紳士たるもの寛容にあれ、小さなことで騒ぐなと」
 「それじゃ、あなたは本物の紳士だわ」


 「…また、何処かで会えるといいね」

 きっともう、会うことはないけれど…。

 「そうだな」
 「最後だから聞くけど、どうしてそんなに警戒心薄いの?」
 「ええっ?!突然何を言い出すんだ」
 「だってね。初めて会ったとき、親切に私に声をかけてきたところまではいいのよ?…けど、流石に名前は~とか色々聞いたほうがいいと思うのよ。あなた"別荘"っていう言葉ワード使ってたから、推測でお坊ちゃまだってバレバレだったのよ?バーサさんもお坊ちゃまって言っていたし…」
 「聞かなかったか?」
 「聞いてないわっ!それにあなたも名乗ってないじゃない!今更だけど!!」
 「じゃあ、今更だけど…。僕はローディー・シュトワネーゼ。君は?」
 「事前に断っておくけど、私の名前、少し長いわよ。私の名前はアイシアナ・シュラバス・スコッティング・アリセラ・モゼットよ。アイラでいいわ」
 「よろしく」
 「ええ、よろしく。…ってそうだわ!花火!もうすぐ始まっちゃうんじゃないの?!」
 「そういえばそうだった。さっき居たところ、あそこ花火が綺麗に見えるんだ。早くここを登ろう。立ち上がれるか?」
 「ええ。大丈夫よこれくらい」

 こうして、二人は先程転げてきた坂を登り始めた。あと少しで頂上…というところで、背後からヒュ~という音が聞こえたと思ったら、真っ赤な赤い花が空を染めた。


 「あ…花火よ!…綺麗ね」

 良かった。まだ火災も始まっていないみたい。

 「そうだな」
 
 ローディーがそう言うと、アイシアナは微笑んだ。

 「『綺麗』って思える気持ちを、ローディーと共有出来るようになって、嬉しいわ」

 花火が上がるたび、歓声が広がった。
 しかし、違和感に気づくには遅すぎた。
 

 異変に気が付いたのは、ローディーの方だった。


 「ちょっと待て、今の音、花火の数と合わない…」
 「どういうこと?」

 頭が警鐘を鳴らしている。
 もしかして、

 ーー銃声……?

 「さっきから聞こえてた。悲鳴みたいな、歓声みたいな声、あれは…」

 ローディーは急いて頂上に登った。
 彼の後を追って登ってきたアイシアナは、目に入ってきた光景に固まる。

 「屋台のテントが燃えてるわ!」
 ローディーの後を追って登ってきたアイシアナが悲鳴をあげた。
 見えたのは、さっきまで自分たちのいた場所が火の海に変わり、逃げ惑う人々の姿。
 火の回りが早い。もしかして、油を…?

 「アイラ、逃げるぞ!」

 ローディーはアイシアナの手を引いて、走り出した。

 「燃える火の中に、見知った集団を見た」
 「どういうこと?」
 「最近、村の周りをうろついている不審な連中の存在は知っていた。一回、そいつらを遠目だが見たことがある。その時のやつらと服装が全く同じだった」

 山賊…!!

 「同一人物ってこと?」
 「そうだ」
 「それならあなた、余計に私に構ってる暇無いじゃない!」

 アイラはローディーを引き止めた。
 お願い。今からでも間に合って!

 「村の無事を確かめに行って!この風向き…村の方に向かっているでしょう?此処から村まで、そんなに距離はないわ。このまま村に火が迫ってくるかもしれない。もしかしたら、あなたの言う不審な集団が、もう村にまで襲撃しに行っているかもしれない。お願い!たくさんの命がかかっているの!私なら、そこらへんに隠れて上手くやるから、バーサさんや別荘のみんなが心配なの!」

 ローディーは暫く黙っていて、意思を定めたように、私の手を離した。

 「…わかった。本当に、大丈夫なんだな?」
 「うん」
 「それだけ聞けたらいい。くれぐれも気をつけろ。…それから、これが終わったら、アイラに言わないといけないことがあるんだ。だから、死ぬな。生きて戻れよ」
 「そっちこそ!…お願い、死なないで。貴方が死んでも、私お花手向けになんか行かないからね」
 「わかった。絶対に死なない。約束だ」
 「うん」

 そこで、彼と別れた。

 私は木の根元に腰を下ろして、幹に背を預ける。
 そうして、目を瞑った。
 そして、考える。かの貴族なら、この状況を何処かで見ているはず。彼が望んだこの瞬間を、見渡すためには何処にいる?


 ーーきっと、彼処だ。

 腹わたが煮え繰り返ってしまいそうなほど、私は怒っていた。
 許さない…。

 時折浮かぶのは、彼の横顔。
 ローディー……。
 約束、守れなくてごめんなさい。
 あなたとはもう…。

 
 きっと会うことはない。
 けれど、あなたのくれたこの思い出がある限り、私は大丈夫。ちゃんと一人で生きていける。それに、私には家族がいるんだもの。

 だけど、あなたの言いたかったことって、結局なんだったんだろう。
 それだけが心残り。


 そこでアイシアナは思考を切り替える。

 これは既に流れた過去。
 それならば、こんな悪夢のような出来事。
 すぐに終わらせよう。

 みんなが私の帰りを待ってる。


 さぁ、行こう。



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