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酒の肴は恋バナでしょ
しおりを挟むさて私は今、仕事帰りのおっさん達がひしめく酒場に来ちゃってます。
汗臭くて鬱陶しい酔っ払い達を避け、カウンターの端で一人待機中でーす。
注文したエールは、いつもと変わらずぬるくて不味いでーす。
おつまみも脂っこくて体に悪そうだし、自分で適当に作った方が百倍マシ。
本当にこんな店ぶっ潰して―― おっと、いけない。
「なぁー、野菜スティックか新鮮な果物ない?」
「はあ? そんな物ある訳ねぇだろう。
この俺の料理の良さが分からねぇとは、これだからお子ちゃまは」
店主に鼻で笑われ、顔面にグーパンチをお見舞いしたかったが、グッと堪えた。
出入り禁止にされたら困る。取り敢えず深呼吸して心を落ち着かせよう。ふぅー。
男爵令嬢の私が、こんな場違いな所で浮くことなく居られるのは、変身魔法で男装して中性的な青年になってるからでっす。あら便利。全く違和感ナッシング。
馴染み過ぎて、こんな扱いも日常茶飯事なのが不愉快ではあるけどね。
とーーーっても大切な用事があるんだから。我慢、我慢、ガマン……ぐぅっ。
「リース、また一人で来てたのか?」
あっ、やっと来た! きゃーっ、カッコイイ! 待ってたよ~。
「ダニエル、お疲れさまー」
心の中で黄色い悲鳴を上げつつ、いつも通りに穏やかな声と人懐っこい笑顔で私が挨拶をすると、ダニエルは呆れ笑いを浮かべて小さく溜め息を吐き、ごつごつした大きな手でポンっと軽く私の頭を撫でて隣に座る。その笑顔プライスレス!
本名が『エリス』だから、男装している時は『リース』って偽名にしたんだけど、やっぱり安直過ぎたかな。
それにしても――
やっぱり制服をパリッと着こなす姿もカッコイイけど、普段のラフな格好もいい!
ああ、今日も何て素敵な筋肉。触りたい! いやいや、それじゃきっと足りない。こころゆくまで愛でたいっ! 抱き着いて、撫でて、揉んで、頬ずりしたいっ!
「おい、もう酔っぱらってるのか?」
「はっ!」
いっ、いけない。つい至近距離でじっくり観察しちゃった。願望丸出しの熱い眼差しを向けちゃったせいで、ダニエルが微妙な顔してるじゃない。
「お前は相変わらず変な奴だな」
「あはははっ。ダニエルは僕の理想だから、つい」
笑ってごまかす私に、照れ隠しなのかダニエルが軽くデコピンをする。
「寝言は寝てから言え」
「はぅっ……」
デコピンなんて全く痛くないけど、私は両手で顔を押さえて机に平伏すしかない。
ああ、その顔も凄くいいっ!
邸では絶対にそんな気の緩んだ顔は見られないもの。
私と話す時はちょっとだけ優し気だけど、基本的に険しい顔か無表情だからなぁ。
護衛中に気は抜けないだろうし仕方ないけど、折角のイケメンが勿体ないっ!
それにしても、照れた顔や悪戯な微笑み、豪快にエールを煽る姿や悩まし気な顔、こんなに色々な一面が見られるなんて……至宝のような貴重な時間に感謝を。
「何してるんだ?」
おっと、ついお祈りポーズをしちゃってた。
「ちょっと考え事をね。なあ、それより姫君にお守りは渡せたのか?」
「うっ、いや……」
「なんだ、意気地がないなー」
まあ、渡せてないのはもちろん知ってますけどね。当事者だもの。
いつもよりもソワソワして、私のことをチラ見しているのがちょー可愛かった!
もう、知らん振りするの大変だったんだから。一人で思い出して何度萌えたか。
「お前みたいな男前なら躊躇しないんだろうが、俺みたいな――」
「ストーップ!」
あ~んどっ、チャンス! 言葉を遮る様にダニエルの唇に人差し指でタッチ。
きゃっ、ふにっとして、やわらか~い。 思わずにやけちゃう。ふふっ。
まあ、驚いて硬直していたのも数秒で、すぐに避けられちゃったけど。ちぇっ。
「ダニエルったら、まーた僕に褒ちぎられたいの?」
「うぐぅ…… それは遠慮する」
ダニエルったら、あの時の事を思い出したのかな? 顔を逸らせても耳が赤くなってるのが見えてるよー。ぐぅ、かわいい~っ、食みたいっ! あ、いけね。
えっと、あの日は…… 学校主催の狩猟大会が昼間にあって、ダニエルと二人きりなことに浮かれて注意力散漫で、うっかり魔物と遭遇しちゃったんだよね。
レアなダニエルの戦闘シーンを生で見られてラッキーって、ちゃっかり録画して、心のアルバムにもしっかり保存させていただきました。ありがとうございまーす!
また、ダニエルコレクションが増えて、私はほっくほくのうっはうはでしたよ~。
それなのに、ダニエルったら私(エリス)に怖い思いをさせてしまったって、隠しきれないくらいにメンタルガタ落ちしてたから、もう止めて欲しいって彼の手で口を塞がれるまで、つい延々と一晩中ダニエルの素晴らしさを語っちゃったんだよね。
フラストレーションがかなり溜まってたからなー。
ダニエルがこの上なくカッコ可愛いのを、語り合える相手がいないんだもの。
我慢できずに、ここぞとばかりに本人にぶちまけちゃったのは、仕方がない…… よね?
私を守りながら魔物を倒すダニエルの勇姿は、世界で一二を争うほどのカッコよさなのにぃっ! 私のチートがバレるから秘密にしなくちゃいけないなんて……
あーーーーーもうっ!! 声を大にしてダニエル自慢したぁーいっ!!
私だけがダニエルの良さを知っているという特別感は嬉しい。独り占めも悪くはないけど、カッコ可愛いエピソード満載の毎日だから、ときめきが過ぎるのよっ! 発散しないとキュン死にしそうなレベルよ? 真面目なのはダニエルの美点だけど、もう少し萌えを抑えてくれないと、私の被っているにゃんこがメロメロになって逃げ出しちゃうでしょう!?
はぁ、はぁ、はぁ…… 落ち着け、自分。ダニエルは無自覚に萌えを発生させてるんだから、私がダニエルの良さを失わないように優しく地道に諭してあげないと。
「せっかく色んなアドバイスをしてあげたのにさー」
「……すまん」
あーもう、本当に可愛いっ! 半分はおふざけのアドバイスだったって分かってるだろうに、こんなに申し訳なさそうにしょんぼりして、素直に謝っちゃうなんて、ダニエルくらいなのに…… あうぅぅぅ。
ぎゅって抱き締めて、頭を撫で回して、よしよししたいっ!!!
「リース?」
「はぁー。ダニエルに謝られたら許すに決まってるだろう」
「ははっ。お前は本当に優しいな」
「ダニエルは特別だからな。愚痴ならいくらでも聞くから、もう一杯どう?」
ダニエルはお酒が好きというより、わいわいガヤガヤした雰囲気が好きらしい。
でも、私が次々にお酒を勧めれば何の警戒もなしに、嬉しそうにそれに応える。
ああ…… そんなだから悪い女に付け入られちゃうのに。ふふふっ。
*******
「おいボーズ、ぼちぼち店仕舞いだが何かいるか?」
「うーん、今日はもういいや。先に勘定だけ、よろしくー」
「毎度。それ、誰か人手を貸すか?」
「いや、慣れてるから大丈夫」
「そうか。それにしてもお前ら仲いいよな」
「まぁねー」
ダニエルとの逢瀬を重ねる内にすっかり常連になって、店主とのこんなやり取りも慣れたものですよ。
一杯、二杯、三杯…… あれ、今日は七杯半で記録更新だ~。パチパチパチパチ。
ダニエル選手、まだ杯から手を離してはおりません。更に記録を伸ばすのかっ!?
ここでエリスちゃんチェック入りまーす。
テーブルにくったりと伏せ、目はとろーんとしてますね。これは、かなり酔っているように見えますが? ふむ。ダニエルの手から杯を外して反応をみましょう。
チックタック、チックタック、チックタック―― カンカンカンカンカーン!
ざんねーん、ダニエル選手動かなーい! 試合しゅーりょー。
ここから判定に入ります。
うーん、そうですねぇ。私の見る限り………………。
ダニエルの愛らしさは最強です! Winner!!
やはり、ダニエルしか勝たんっ!!!
って、はぁ~……。
すっかり一人遊びが染みついちゃってるなぁ。ボッチバンザイ(棒)
それにしても、いつもなら潰れる前にくだを巻いて、私を賞賛しながら報われない切ない恋心を語り出すのに、今日は聞けてない。むむぅ、つまんなーい。
まぁ、報われないと思っているのはダニエルだけで、とっくに両想いだけどね。
早く私をダニエルのモノにしてくれたらいいのになぁ~。
あらあら、瞼が重そうですねー。お顔が真っ赤ですよ~っと、つんつん。
ほっぺたを人差し指で軽く突っついて、ダニエルがくすぐったそうにモゾモゾするのを眺めていると―― はぅ、可愛いやされるぅぅぅ。
それにしても、ダニエルったら随分と『リース』を信用しちゃってるなぁ。
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