上 下
2 / 9
旦那親戚の持ち家

予定外の出産、そして新居へ

しおりを挟む
ボロい家(失礼)を前に、何故かノリノリの彼と彼の一家。私は何も言えなくなった。

あまり人の話を聞いていない気もするが、基本はいい人たちだからまぁ何とかなるだろう。何より多頭飼育している猫と住むため選り好みはできないだ。そう気持ちを切り替えて、引っ越しの準備を淡々と進めていった。

新居のリフォームは着々と進んでいき、私は住んでいた極小の一軒家で引っ越しの準備をぼちぼちしながら暮らしていた。
出産予定日まで残すところ1ヶ月。荷物をあらかた箱詰めし終わり、拭き掃除をしていたその時。それは突然にやってきた。

「へぇっくっしょい!」

盛大なくしゃみが出た。そして下腹部の違和感に思わず「あっ!」と驚いた。

超特大のくしゃみと拭き掃除。妊婦にとって、こんな最悪のコンビネーションがあるだろうか?私のお腹は耐えられなかった。

お腹にガッツリ圧が掛かってしまい、まだ出産1ヶ月前だというのに盛大に破水してしまったのだ。

ザバザバと溢れる羊水。
「えーと」脳が思考を停止している。

水は低い方に流れるんだっけ。だったら横になってみたらどうだろう。少しは流れる勢いが収まらないだろうか?

なんとかの浅知恵。羊水は横になっても溢れてくる。私の腰周りはすぐにビショビショになって背中まで濡らしてしまう。恐るべし破水。

出口を上に向けたら、いや待て、私は逆立ちできない。というかでかいお腹で逆立ちできるものなのか?いやいや、妊婦が逆立ちってヤバいだろ、絵面とかバランスとか色々と。

完全に予定外の出来事に動揺した私は、羊水の水溜まりの中で出産経験のある友人千鶴に電話した。
「千鶴さん、ちょっと聞きたいんだけどさ~」
「あら、千里。どうしたの?」
「今日さ~、掃除してたんだけどさ~」
「ウンウン」
「くしゃみ出ちゃってさ~」
「ウンウン」
「破水しちゃったみたいでさ~。これどうしたらいい?」
「なっ!」
電話の向こうから驚愕の声が聞こえた。

「今夜病院に行ったほうがいい?それとも明日診察時間が始まってから病院行ったほうがいい?」
「えええええっ、何言ってるの?今行け!すぐ行け!」

千鶴に病院に行けと言われてしまった。そうか。破水したら病院に行くのか。

まずいな、これからお産の準備しようと思ってたのに。夫に準備をお願い出来るだろうか?不安な気持ちのままお礼を言って電話を切った。

そして夫に電話した。
「どうした?」
「あ~ごめん、仕事中に。」
「いや良いけど」
「えっとね~、破水しちゃったので帰ってきてから病院に連れてってほしい。」
「は?破水?」
「うん破水」
「えっ?マジで?」
「マジ」
電話の向こうで焦る夫。そうだよね。前倒しにしても1ヶ月は早すぎる。

「で、羊水サバサバだから、何か車のシートに敷くものを準備してきてほしい」
唖然とする夫に電話して大急ぎで帰ってきてもらい、そのまま病院に向かった。当然すぐ入院になった。

破水したため感染を予防する為に抗生剤を飲み様子を見ること1日。その間、病院の売店で必要なモノを揃えるというウキウキ感が皆無の準備をした。

陣痛が起きる様子もないので人工的に陣痛を起こして無事出産。予定日より1ヶ月も早かったため病院に子供はあまりにも小さく私の退院後さらに1週間入院することになったのだった。

そして私が病院で入院している間に例の新居のリフォームが終わった。

そして、引越しという大騒動が出産1週間たった自分の最初の仕事になった。とは言え当然だが体は出産でボロボロ。ほとんどの引越しを夫に任せることになった。

しかし猫の引越しは飼い主の自分でないとできない。それは動物を飼ったことのない夫には荷が重すぎる。

8匹の猫たちを捕まえて落ち着かせながらキャリーバッグに入れて、移動させて、新しい部屋で落ち着かせる。猫を順次引っ越しさせては入院している子供のところに帰り授乳して泊まり、また次の日に猫を引っ越しさせて病院に戻るという生活を1週間した後、子供が無事退院することになった。

そして帰ったのは先に夫が待つ「あの家」だった。

しかし出産後すぐに猫の引っ越しをするというドタバタですっかり家の中で聞こえた声のことは私の中では本当にもう、どうでもいい事になっていた。

退院した新生児を抱っこして新しい我が家の玄関から入った。自分の頭の中には早く子供をベッドに寝かせて子供を休ませたいし、自分も一息付きたいということしかなかった。

そして家の中に入った時に何も声がしなかった。

なるほど。
あれはたまたまそういう霊が通っただけかもしれないな。

人間が集団で移動することだってあるのだ。修学旅行、ツアー旅行、ティッシュペーパーが品薄になるかもしれないという嘘にパニクった人々がスーパーに列を成して買う。

人間がそういうものなら、霊だって何かしら理由があって集団御一行様が通ることだってあるだろう。呑気な私はそう一安心して横になって休んだ。

新生児も疲れているのかよく寝てくれていた。しかし私は夜中の2時に目が覚めた。

なんかうるさい。

横で寝ている夫のいびきもうるさいのだが、違ううるささが気になった。

ガーン、、、、、
ガーン、、、、、
微かに何かを叩く音が聞こえる。少し遠くから音が響いてくる。何か声も聞こえてくる。

こんな夜中に何事か?横の夫を見る。寝てる。そりゃそうか、地震が来ても全く起きない人だからな。このくらいの音では起きるばずもないか。

しばらく聞いていると、何かを叩く音はドラの音だなと見当が付いた。そして声は熱心に読経をあげている声だ。しかも声の主は1人ではない。十数人から数十人という感じの集団だ。

ガーン、だ~ら~は~ら~
ガーン、は~ら~ひ~ら~

どこか近所から真夜中に集団で読経を大声であげているのだ。しかも段々と読経は熱を帯びていき、声が大きくなって行く。

部屋を移動すると、少し声が遠くなる。
寝ている部屋は北側の方、居間は南側で居間に移動するとかなり声が小さく聞こえた。という事は北側のどこかのお宅で読経を上げる会が何かをやっているという事だろう。

そんなご近所さんがいるなんて聞いてないし、こっちは体調がまだ悪いし、いやほんと勘弁して欲しいわと半分ぐったり、半分怒りでうんざりしながら読経を聞いていた。よくご近所から苦情が行かないものだ。こんな大らかなご近所なら子供が夜泣きをしてもスルーしてくれるだろう。

1時間以上経っただろうか?ふと気がつくと読経を上げる声もドラを叩く音も聞こえなくなり、やっと静かになった。これで眠れる。

もちろんこの寝ようとするタイミングで赤ちゃんが起きてしまい、うとうとしながら授乳をすることになるのは当然のお約束である。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。 第一章【きっかけ】 容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗) 他サイト様にも投稿されています。 毎週金曜、丑三つ時に更新予定。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

怪異相談所の店主は今日も語る

くろぬか
ホラー
怪異相談所 ”語り部 結”。 人に言えない“怪異”のお悩み解決します、まずはご相談を。相談コース3000円~。除霊、その他オプションは状況によりお値段が変動いたします。 なんて、やけにポップな看板を掲げたおかしなお店。 普通の人なら入らない、入らない筈なのだが。 何故か今日もお客様は訪れる。 まるで導かれるかの様にして。 ※※※ この物語はフィクションです。 実際に語られている”怖い話”なども登場致します。 その中には所謂”聞いたら出る”系のお話もございますが、そういうお話はかなり省略し内容までは描かない様にしております。 とはいえさわり程度は書いてありますので、自己責任でお読みいただければと思います。

いきすだま奇譚

せんのあすむ
ホラー
生霊、と言うか、生霊に憑りつかれたかのような常軌を逸した人間達の織りなす怖い話を、母が残したショートショートを再編成することで一つの物語にしようと思います。

壁の穴

麻生空
ホラー
旦那と子供三人とアパートで穏やかに?暮らしていた専業主婦。 でも、彼女には家族の誰も理解してくれない悩みがあった。 それは、時々現れる壁の穴。

処理中です...