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第6章

64話

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「ヴィンス……っ」
 
 冬が訪れ始めた空からはちらちらと雪が降り始め、澄んだ冷たい空気が二人を包んだ。
 リーナに合わせて歩調を緩めてくれているが、 それでもヴィンスは歩くのが早い。
 ヴィンスに置いていかれないようにと、リーナは足を動かす。

(さ、寒い!)

 容赦なく吹き付けてくる冷たい風に、リーナはぶるりと身震いした。
 リーナの格好はといえば、就寝前だったせいで簡素なネグリジェにカーディガンを羽織っているだけだ。
 繋がれた手に、つい力を入れてしまう。

「……」

(あ、れ?)

 あれだけ冷たく吹き付けていた風が、急に収まった。
 風が止んだのかと、リーナは周囲の木々を見回してみる。
 吹き荒ぶ風に枝は揺れ、降りはじめた雪は風に乗って舞っていた。

「……お前、薄着だったな」

「え、ええ」

 ヴィンスの羽だ。
 ヴィンスが、吹き付ける風からリーナを守るように背中の黒い羽を広げてくれていた。 
 風を遮ってくれているおかげで、随分寒さが和らぐ。
 そっと包むように、ヴィンスはリーナの肩を抱き寄せた。

 人より体温の低い悪魔の身体。
 それでも、リーナの心の中にじんわりと熱が広がっていった。
 身体より何より、心が暖かい。

「洞窟までだから、少し我慢してくれ」

「……ええ」

(……あれ?)

 ヴィンスの足どりが、さらに緩やかになったように思う。

(……嬉しい)

 そこからヴィンスの気遣いや優しさが感じられて、リーナは頬が緩むのを止められなかった。
 

 ◇◇◇◇◇◇
 

 森の奥深く。
 人が誰も立ち入らないほど奥深くに、ヴィンスの住む洞窟がある。
 そこは、リーナが最後に見た時と何も変わらず、ひっそりと入口を開いていた。
 この洞窟に足を踏み入れるのは久しぶりだ。
 二人が洞窟の中に入ると、蛍のような光がぽうと灯る。
 ふわふわと浮かぶ光の玉が、リーナを歓迎するようにくるくると周囲を回った。

「ヴィンス、私に逢わせたい人って……?」

 ここに居るのだろうか。
 リーナがヴィンスを見上げて尋ねると、ヴィンスは静かに頷く。
 その時、黒いカラスが闇から抜け出るように洞窟の奥から飛んで来た。
 
(ルシェ……!)

「お帰りなさいマセ、ヴィンス様」

「ああ、ただいま」

 ルシェはヴィンスの足元に降りると、いつもの様に優雅に翼を胸に当てて頭を下げる。
 リーナはしゃがみこんでルシェと視線を合わせた。

「おや、聖女のお嬢サン。お久しぶりでございますね」

「元、よ。もう聖女じゃないわ」

 あの日から、ひと月。
 もうリーナは、シスターでも、聖女でもない。

「ルシェ、久しぶり。元気そうで良かった……」

 あの日、エフェルに床に強く叩きつけられて弱っていたから心配していたのだ。
 リーナがそう告げると、ルシェはえへんと黒い羽で覆われた胸を反らした。

「この私が、ヨワるわけがないじゃありませんか!」

「ふふ、そうね」

 ルシェの自信満々な態度が微笑ましい。
 リーナはくすりと口元に手を当てて、笑いを零した。
 
(……?)

 なんだろう。
 洞窟の奥から、パタパタと足音が聞こえてくる。
 リーナは顔を上げた。
 目を凝らしても洞窟の中は薄暗くて、奥の方まではよく見えない。
 徐々にだが、近づいてきた足音の主がぼんやりと光に照らされてようやく見えるようになってくる。
 現れた姿に、リーナは思わず息を飲んだ。

 癖のある柔らかな桃色の髪。
 ヴィンスのものよりも淡い、赤の瞳。

(……まさか)
 
「ヴィンス兄さん、帰ったの!? お帰りなさい!」

「ただいま、エフェル」

 
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