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第6章
62話
しおりを挟むエフェルとの一件から、ひと月が経った。
エフェルという天界の族長が消えても、教会本部の枢機卿が一人いなくなっても、世界は止まることなく動いている。
リーナはその事に僅かな痛みを感じながら、日々を送っていた。
ヴィンスは、あの日別れた時に「また来る」とリーナに告げたにも関わらず、ひと月経ってもリーナの前に姿を表さなかった。
(ヴィンスの馬鹿)
こんな中途半端なまま居なくなられてしまっては、忘れることも出来ない。
あれからひと月。
リーナは聖女もシスターも辞め、教会のすぐ側にある孤児院で、身寄りのない子どもたちの世話を手伝っていた。
シスターを辞めた今も、リーナは神父の許しを貰い、教会で暮らしていた。
戦争孤児だったリーナにとって、神父は自分を救ってくれた恩人だ。
そんな彼を一人にしたくなかったし、教会での仕事を手伝って、神父の負担を少しでも減らしたかった。
朝は教会でお祈りを捧げ、昼間は孤児院に行き子どもたちの世話を手伝い、夜は修道院に戻って神父のために家事をしたりする。
そんな生活が、慌ただしくも穏やかに過ぎていた。
だけど、ヴィンスがいない。
森に探しに行きたいが、今まで散々抜け出して神父に心配をかけてきた手前、自分の思いのままに森へ行くことははばかられた。
(ヴィンスの、馬鹿)
茜色の空に、かあかあとカラスが鳴く。
黒いカラスの影が、焼ける西の空を飛んでいく。
教会への道を急ぎ足で進みながら、リーナは考えることを止められなかった。
(ルシェは……どうしているかな)
エフェルに床へ打ち付けられたあの時、弱っている様子だったが、大丈夫だろうか。
(ヴィンスは……)
また、苦しんでいないだろうか……。
今、何をしているのだろうか。
今もあの洞窟で、一人でいるのだろうか。
それとも……。
(私の他に、女の人が出来た……?)
「……っう……」
寂しくて不安で、たまらなくなる。
どうしてヴィンスは逢いに来てくれないんだろう。
約束したのに。
また来ると言ってくれたのに。
考えが止まらなくなる。
リーナは零れそうになった涙を堪え、目頭を強く押さえた。
もうすぐ教会だ。泣いて真っ赤な目で帰ってしまったら神父にまた心配をかけてしまうだろう。
◇◇◇◇◇◇
濃紺の空に、きらきらと星が瞬いている。
神父と共に夕食を食べ、身を清め、あとはもう寝るだけなのだが、日が完全に落ちきったこの時間になると、リーナの心の中の不安がさらに増す。
そんな不安を消すために、リーナは夜になると毎日のように修道院を抜け出して、教会の中で一人祈りを捧げていた。
目の前には、美しい聖女像が穏やかな微笑みで佇んでいる。
よく見れば、その姿かたちはリリアによく似ていた。
(もしかして、エフェルが似せてつくるように命じたのかもしれない)
だが、もう確認のしようがない。
だってもう、エフェルはいないのだから。
あの時、エフェルに堕天の術が跳ね返ったということは、エフェルは堕天しているかもしれない。
しかし、どこにいるのか分からないリーナには、エフェルを探しようもなかった。
(……逢いたい)
ふとした瞬間に、押し寄せてくる。
考えたくなくても、いつの間にかそれはリーナの思考を支配する。
(ヴィンスに、逢いたい)
もし、願いが叶うなら。
ヴィンスに逢わせて欲しい。
リーナはぎゅっと両手を重ね合わせて強く祈った。
「ほう……お前はやはり、随分と信心深いな」
「……!?」
足音も何も聞こえなかった。
入口の扉を開ける音も何も。
だが、響いてきたその声は、ずっとリーナが待ち焦がれていたものだった。
考えることもなく、その声に釣られるようにリーナは振り向いた。
「ヴィン、ス……?」
襟足の長い、艶やかな黒い髪。薄闇の中爛々と輝く赤い瞳。
背中に生えた、黒い羽。
リーナが逢いたくて逢いたくてたまらなかったヴィンスその人が、教会の入口に佇んでいた。
「ヴィンス……どうして……っ!」
(もう来てくれないと思ってた)
ヴィンスは聖女像の前で立ち尽くしているリーナに近づくと、リーナの腕を引き寄せた。
「お前を迎えに来たんだよ」
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