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第4章

45話

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 長い夢を見ていた。

 とても、長い夢。

 とても、苦しい夢。

 かつての自分が招いてしまった、取り返しのつかない苦い過去の記憶。

 リーナの意識は、水の中から酸素を求めて浮き上がっていくように、ゆっくりと浮上していく。


 目を開けて最初に目に入ったのは、金で模様が描かれた白い天井だった。
 どこからか、花の香りが漂ってくる。

(ここは……)

 ゆっくりと体を起こすと、リーナはネグリジェを着せられ、ベッドの上に横になっていたようだった。

 リーナはきょろきょろと視線を動かす。

 床に敷かれた赤い絨毯。
 豪華なベッド。
 近くの出窓には花瓶が置かれ、みずみずしい白薔薇が生けられている。

 ここは、昨夜エフェルに連れてこられた教会本部の一室だ。

(エフェル……いいえ、エフィー……)

 リーナはすべて思い出してしまった。
 そして、思い出してしまったからこそ。

 昨夜エフェルに無理やりあんなことをされたというのに、彼を責められなくなってしまった。

(だって……)

 リーナは胸を押さえた。
 そのまま両腕で、自身の身体を抱きしめる。

(だって、エフィーを先に傷つけたのは私だ)

 リーナは完全にリリアというわけではない。
 リリアとして経験したことは全て記憶にあり、夢を見て思い出したが、それでも別人だ。

 この身体はリーナのもので、この魂はリーナのもので。
 直接リーナがエフェルを傷つけた訳では、決してない。

 しかしかつてリリアのしたことは、紛れもなくかつての自分がしたことだった。
 その記憶がある以上、他人事にはできなかった。

 ベッドから降りる。
 よくよく部屋を眺めてみると、この部屋は夢に出てきた一室によく似ていた。

(あの部屋は、かつての私の自室だった)

 毛足の長い、赤の絨毯。
 まだ時期ではないから薪はくべられてはいないが、暖炉だってある。
 この部屋に置いてある家具の好みも何もかも、リリアの趣味そのものだった。

「あ……」

 部屋の端に、リーナの背丈ほどの全身鏡を見つけた。
 縁に施された金細工がとても美しい。
 それは、夢の始まりで見たあの鏡と全く同じものだった。

 鏡をのぞき込む。

 ふわりとしたくるみ色の髪。薄紫の瞳。
 似ても似つかないはずなのに、鏡に映るリーナの姿にリリアの姿が重なる。
 ふわりとした金の髪。アメジストの瞳。
    
「あれー? よかった、起きたんだ。もうお昼だよ」

 後ろから急に声をかけられ、リーナの肩がビクリと跳ねる。
 振り返ると、扉のところにエフェルが立っていた。
 手には食事の乗ったトレーを持っている。

「ほら、ご飯だよ。リリアの好きなホットミルクもある」

 エフェルはつかつかと部屋に入ると、近くにあったテーブルにトレーを置いた。

 リーナは込み上げてくる切なさをどうにか堪えて、エフェルに近寄った。

「……どうしたの? 帰りたいって言っても帰さないよっ?」

 勝手に勘違いしたのか、エフェルが慌てたように言う。
 
 確かに帰りたいのは事実ではある。
 ヴィンスに逢いたい。
 けれどそれより先に、エフェルに伝えなければならないことがあった。

「……エフィー」

 リーナの唇から紡がれたその愛称に、エフェルが信じられないものを見るような顔をする。
 その変化に、リーナは構わず続けた。

「エフィー、あなたのことを忘れていてごめんなさい」

 
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