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第4章
43話
しおりを挟むぐるりと、リーナの目に映る景色が回る。
視界が一瞬暗転し、元に戻った時にはリーナは芝生の上に立っていた。
ヴィンスがリリアを抱えたまま、リーナの目の前へふわりと降りてくる。
ヴィンスはリリアを地面に降ろすと、背中に生えている羽をぱっと消した。
ヴィンスの背中からこぼれ落ちるように、僅かに白い羽根が宙を舞う。
羽は浮遊能力こそあるが、飛行能力はあまりない。
それに、飛んだままでは逆に目立ってしまう。
「ヴィンス……!」
「今は話している余裕はない、逃げるぞ」
そう小声で囁くと、ヴィンスはリリアの手を取った。
リリアも、躊躇いながらもヴィンスの手を握り返す。
その時だ。
「何をしているの!!」
二人が飛び降りたばかりのバルコニーから、悲鳴のような叫び声があがった。
エフェルだ。
「まずいな……。リリア、走るぞ……っ!」
「え、ええ……!」
ヴィンスに手を引かれて、リリアも走り出す。
だが、その逃走劇はすぐに終わりを迎える。
エフェルはすぐさまバルコニーから飛び降りると、駆け出した二人に向かって手のひらをかざした。
ひゅっと一筋の矢のように駆けた光は、リリアを捕らえようと一直線に進む。
「リリア……!!」
光の矢に気づいたヴィンスは、リリアを強く突き飛ばした。
「きゃっ……!」
突き飛ばされたリリアが、どさりと芝生に転がる。
それと同時に、パァンと甲高い音が響いた。
「……ヴィンス!!」
(ヴィンス!!)
離れた位置にいるリーナも息を呑む。
光の矢は、ヴィンスにぶつかった途端に丸く広がり、ヴィンスの背中を捕らえた。
その衝撃にか、ヴィンスの背からばさりと仕舞ったばかりの白い羽が広がる。
静かな表情をたたえたエフェルは、まるで磔のような状態のヴィンスにゆっくりと近づいた。
「あれー? 本当はリリアを捕まえようと思ったのに」
ヴィンスは渋い顔をして、エフェルを見返す。
「エフェル……」
「久しぶりだね? 裏切り者のヴィンス兄さん」
ヴィンスは全族長の息子で、エフェルは全族長の弟の息子。
つまりヴィンスとエフェルはいとこだ。
だから面識があって当然なのだが、感動の再会とはいかないようだった。
エフェルは高く足を上げ、身動きの取れないヴィンスを蹴りあげた。
「ぐ……っ!」
「エフィー! お願い、やめて!!」
何度も蹴られ、ヴィンスの表情が歪む。
リリアはエフェルにすがりついて懇願するが、彼はただにこりと笑みを向けるだけだ。
「リリア、大丈夫だよ。リリアの目、すぐに覚まさせてあげる」
不意にエフェルは蹴るのを止めると、ヴィンスに向かって手のひらをかざした。
そこから、黒い光が生まれる。
(その術は)
「……!? エフィー、やめて! ヴィンスを堕天させるつもり!?」
それは、天界を統べる族長へ代々受け継がれる秘術。
重大な罪を犯したものを罰する際に使用されてきた、断罪するためだけの力である。
堕天とは、天界から下の界へ堕ちることを意味する。
地上か、魔界か。
どちらに堕ちるかは、堕ちてみないと分からない。
それこそ運命のままに。
そして堕ちると、今まで天界で過ごした記憶を全て失ってしまう。
「ヴィンスは、罰されるようなことは何もしていないわ……!」
どうか考え直して欲しいと、リリアはエフェルに言い募る。
しかし、エフェルはリリアの言葉に耳を貸さなかった。
にこりと、さらに笑みを深める。
「罪なら犯したよ? 僕からリリアを奪った。重罪だ」
「エフィー!!」
「確かに……奪ったかもなぁ……。リリアは俺の女だよ」
ヴィンスはニヤリと笑うと、わざと挑発するような事を口にした。
その言葉に、エフェルが激怒する。
「この……っ!! 絶対に、お前は許さない!!」
「エフィー、やめて……!!」
リリアの必死の制止も虚しく、エフェルの手のひらから術が放たれる。
黒い光はヴィンスの周りを回る度に大きくなり、やがて、ヴィンスを飲み込んだ。
「リリア……ごめんな」
(……っ!!)
最後に、そんな言葉だけを置いて。
黒い光が消えた後には、何も残らない。
影も形も。
何もかも。
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