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第1章

1話

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「リーナ・エテルナ。今をもって聖女に任命する」

 教会の壁一面に貼られたステンドグラスがキラキラと光を反射し、カラフルな色が木の床に踊る。
 厳かなパイプオルガンの音色が響く教会の中、くるみ色の髪のシスター――リーナは神父の前に膝をついた。

(ああ、夢のようだわ……)

「その命、謹んでお受け致します」

 リーナはそっと薄紫色の瞳を閉じる。
 
 今この瞬間を、リーナはどれほど望んできただろう。
 それこそ、夢に見るほど何度も想像した。
 それが今、現実となる。

 聖女というのは、この国で数百年に一度選ばれる、神に祈りを捧げる特別な女性のことだ。
 清らかなる乙女であり、かつ枢機卿が神託を受けた、選ばれた者しかなることが出来ない。
 
 つまり、どんなになりたいと願っても努力でどうにかなるようなものではないのだ。
 全ては神のお告げしだい。

(まさか私が選ばれるなんて!) 

 聖女は、この国に暮らす全女子憧れの職だ。
 リーナもなりたいと願ってはいたものの、まさか戦争孤児の自分が本当に選ばれるなんて、思ってもみなかったことだった。

 今までの聖女は皆、貴族の子女だったと聞く。
 夢見ていたけれど、先代、先々代が貴族出身だったので、半ば無理だろうなと諦めていたのだ。
 今までリーナはシスターとして祈りを捧げてきたが、これからは聖女として祈りを捧げることになる。

 幼い頃に親と死別したリーナにとって、聖女は心の支えだった。
 教会のステンドグラスに描かれた聖女にただひたすらに憧れた。
 だからこそ、かつて自分を救ってくれた存在のようになりたかったのだ。ずっとずっと、無性に焦がれていた。

 先代、先々代の聖女は貴族だったためか王都にある教会本部で任命式が行われた。だが、今回は色々特例らしい。今回の任命式は、リーナが所属している王都から少し西に外れた位置にある地方教会で行われていた。
 式の代行は、リーナの父親代わりでもあるこの教会の神父が一任されていた。齢60をこえる神父が、かしこまった仕草でリーナの頭にレースのヴェールをかけてくれる。
 このヴェールは、聖女しか付けることが許されないものらしい。
 
 薄いレースがリーナの目の前で揺れる。
 リーナは深く頭を垂れた。


 ◇◇◇◇◇◇

 
 その日の晩。
 リーナは、教会内にある十字架の前で祈りを捧げていた。

 任命式の後、街の皆からたくさんの祝福を受けた。
 明日からは聖女としての仕事が待っている。
 今夜はまだ、ただのリーナで居られるひと時だ。

(私は……)

「へぇ、此度の聖女は随分と信心深いことだな」

「!?」

 低い声が響いて、リーナはびくりと肩をふるわせた。
 
 足音も何も聞こえなかったのに。
 入口の扉を開ける音も何も。

  突然現れた来訪者の声に、おそるおそる振り向く。

「な……っ」

 襟足の長い艶やかな黒い髪。薄闇の中爛々と輝く赤い瞳。背中に生えるのは、大きな黒い羽。
 
 教会の入口に手をかけて立っていたのは、気だるそうな雰囲気のとても美しい青年だった。

「あ、あなたは……?」

「俺か? 俺は悪魔だ。お前を食べる、な」


 
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