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終章

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 1ヶ月後。
 数日の休暇を終えたルーナたちは、いつも通りの慌ただしい日々に戻ってきていた。

「なあお前、本当に仕事を続ける気なの?」

 王子の部屋に紅茶を持ってきたルーナに対して、王子は執務机に頬杖をついて言った。

「だから、辞める気はないって言っているじゃないですか」

 王子の前にティーカップを置きながら、ルーナは何度目かの返答を王子に返す。
 何度も繰り返し答えていると言うのに、納得してくれないらしい。

「でも結婚したんだろう? マクシミリアンと」
 
 ルーナがマクシミリアンと結婚したのは、1ヶ月も前のことだ。
 お互いの仕事が王子の専属の使用人であるために忙しすぎて、式はまだ挙げられていないが……。
 一応準備は進めている。

「あいつは僕の専属としての給金もあるし、あれでも貴族だ。お前が仕事なんてしなくても、暮らしていけるだろう」

 確かにそれは、王子の言う通りなのだろう。
 第3王子の専属使用人という仕事は、仕事量が多い分給金も良い。マクシミリアンの給料だけで、十分に二人暮らしていける額をいただいている。
 
「……僕なら、お前にそんなことはさせないのに」

 王子はルーナから視線を逸らしたまま、ティーカップを手に取った。
 飲むでもなく、ただゆらめく琥珀の波を見つめている。
 
「……私が働きたいんですよ」

 ルーナは苦笑しながら小さく告げた。

 王子の専属メイドの仕事を続けたいと言ったルーナに、マクシミリアンは「あなたがしたいように」と特に咎めることもなく認めてくれた。
 
 (この王子様は、きっと心配してくれているんだろう)

 Sな一面こそあれど、彼は根が優しいから。
 親しくなった人間に、意地の悪いことができない素直な人だ。
 一応マクシミリアンにもルーナが働くことへの了承を得ているから、王子が心配する必要はないのだが……。そういうふうに、主から気にかけてもらえるのは存外嬉しいものだ。

「それに、私がいなくなったら王子も寂しいでしょう?」

 冗談めかして言ったが、ルーナは王子が自分にかなり気を許してくれていることを知っていた。
 策謀の渦巻く貴族社会で生きる王子が、自分がそばにいることで少しでも落ち着けるのなら。
 微力ながらマクシミリアンと共に王子を支えていきたいと、ルーナは思っていた。
 それくらいには、王子のことを主君として慕っている。

 (専属メイドになった時は、『専属メイドなんて辞退したい』『平和な人生を望む』って思ってたのにな)

 人生、何があるか分からないものだ。
 
 ルーナがイタズラっぽく笑うと、王子もふっと笑みをこぼした。
 
「それもそうだな」

 一口紅茶を口に含むと、王子は静かにティーカップをソーサーの上に置く。
 ゆっくりと顔を上げた王子は、先ほどよりはすっきりとした表情をしていた。

「……どうか、未来永劫僕に仕えてくれ。……夫婦共々」

「はい」


 ◇◇◇◇◇◇


「やっとおわった……」

 王子に紅茶を届けた後、ルーナは使用人控え室に戻りひたすら書類仕事をしていた。
 専属の仕事というのは、一般的な使用人の仕事のほかに王子に関する事務作業も行う。いわゆる王子の補佐的な役割がある。
 今は、次の夜会に招待する予定の貴族の方々を一覧にしてまとめていたところだ。
 普段なら、この手の作業はマクシミリアンがしている。だが、今回ほかにしなければならない仕事がある、ということでルーナに任されたのだった。

 (信頼して任せてもらえるのはうれしいけど、こういう頭を使う作業は苦手なんだよね)

 まあ、どうにか終わったのだからよしとしよう。
 ルーナが机に散らばった書類を片付けようと手を伸ばす。
 そのとき、使用人控え室の入り口が開かれた。
 音にハッと顔をあげれば、そこにいたのはマクシミリアンだった。
 
「ルーナさん、お疲れ様です」

「お疲れ様……!」

 ルーナは席から立ち上がるとマクシミリアンの方へと駆け寄った。

「頼んで仕事は終わりました?」

「うん。マクシミリアンの方の仕事は終わったの?」

「ええ。……あなたさえ良ければ、一緒に帰りませんか?」

「え、いいの? 嬉しい!」

 結婚前は、ルーナもマクシミリアンも王城の一角にある部屋で寝起きをしていた。
 だが、今は少しだけ違う。
 1ヶ月前、2人で暮らす用にと城にほど近い家を借りたのだ。

 ただここ最近はお互い仕事で忙しくしていたこともあり、こうして2人揃って一緒に帰宅するのは久しぶりになる。
 ルーナは急いで帰る支度をすることにした。


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