上 下
56 / 75
第4章*想いの糸は絡まり合う

48・特別な貴女は(マクシミリアン視点)

しおりを挟む

「それにしても、意外といえば意外だな」

 中庭を後にしながら、ハイリ殿下が呟いた。
 いきなりそう言われたものだから、マクシミリアンとしては一体何が意外なのか分からず首を捻ってしまう。

「……何がです?」

 聞き返すと、少し前を歩く殿下は一瞬マクシミリアンの方へちらりと視線を向けた。

「お前が、誰かと深く関わるなんて」

 感慨深げに言われてどきりとする。
 それは、昨夜自分で思ったばかりのことだった。

 自分は、積極的に他人に干渉しようとするタイプではなかったはずだと。
  友人にしろ恋人にしろ、誰かと深い関係を築くことを今まで避けてきていたはずなのにと。

「……そうですね」
 
(ルーナさんは……ルーナさんだけは。特別なのかもしれない)

 自主的に関わりたいと思うなんて。
 マクシミリアンはそう感じる自分の変化に小さく笑みをこぼした。
 存外、悪くない気分だ。


****


「…………?」

(なにか、おかしい)

 王子を部屋に送り届けて、使用人控え室まで戻り。扉の前で、マクシミリアンはふと首をひねった。
 
 違和感を感じる。

(何が、と言われたら困るのだが……)

 と、マクシミリアンが固く閉ざされた扉をじっと見つめたその時。
  音もなく薄紫色の霧が立ち込め始めた。

「……っ!?」

(なんだ……!?)

 城内に突然霧が、それも紫の霧が立ち込めるなど尋常ではない。
 マクシミリアンは反射的に扉から1歩距離をとる。

「そんなに警戒しないでおくれよ」

 薄紫の霧の中から響く声。
 聞き覚えのあるその声に、マクシミリアンは瞬時に身構えた。

 ゆらりゆらりと、霧が揺らめく。
 
 ふわりと揺れる、銀の髪。
 霧の中、きらりと輝く濃紫の瞳。

「アステロッド様……」

 なぜだか姿が透き通っているように思えるが、間違いない。
 得体の知れない城付きの魔法使い、アステロッド・フェン・クリムナフが、霧の中からぼんやりと姿を現した。

「やぁ、侍従長殿。ご機嫌よう」

「……なんの用です」

 今更警戒心を隠してもどうしようもないだろう。
 マクシミリアンは警戒をあらわにアステロッドを見据える。
 しかし、アステロッドは特に意に介した様子もなく、薄い笑みを浮かべた。

「何も? ただ、挨拶に来ただけさ」

「挨拶?」

 挨拶とはなんだ、挨拶とは。
 なんの挨拶かは知らないが、この胡散臭い魔法使いが今更挨拶などと薄気味悪いだけだ。

「ルーナは俺が貰ったっていう、挨拶にね」

 たったその一言に、マクシミリアンは呼吸をすることを一瞬忘れてしまった。

「……は?」

(何を言っているんだ、この男は)

 アステロッドの口からルーナの名前を聞いて、途端マクシミリアンの鼓動がどくりと跳ねる。
 この得体の知れない魔法使いは、なぜだかルーナに執着しているのだ。

 嫌な予感がする。
 
 つうと、インクが滲むように。
 嫌な予感が胸に広がり始める。

(落ち着け。ルーナさんはきっと控え室にいるに決まっている)

「そこをどきなさい」

 マクシミリアンは目の前で飄々としているアステロッドに強い視線を向けた。
 しかしアステロッドは特に気にすることも無く、へらりと笑う。

「どうぞ?」

 言葉通り身を横へずらしたアステロッドに、嫌な予感が募っていく。

(お願いですから、この部屋にいてください……!)

 がちゃりと、扉を開ける。

 書類が山積みにされた執務机。
 マクシミリアンが部屋を出ていった時と何も変わらない。

(……いない)

 誰も、いない。
 ルーナの姿は、そこにはなかった。

(落ち着け)

 もしかしたら、ここではない別の場所にいるかもしれない。
 もしかしたら、ほかの仕事を手伝っているのかも。はたまた自室に戻ったかもしれない。

 だが、とマクシミリアンは考える。

(彼女はそんな人ではない)

 専属の使用人という仕事を放置して他所へ行くなど、ルーナがするわけが無い。
 マクシミリアンが見てきたルーナは、そんな人間ではないのだ。

(となれば、現段階で最も可能性が高いのは……)

 やはり後ろにいる魔法使いにほかならない。

「……アステロッド様、ルーナさんをどこへやりましたか」

 マクシミリアンはアステロッドの方を振り返らずに低く尋ねた。

「言ったよね? ルーナは俺が貰ったって。もう彼女は俺のものだ」

「……っ!」

 カッと、瞬間的に頭に血が上るのをマクシミリアンは感じた。
 思わず掴みかかりそうになるのを必死で抑える。

(落ち着け。落ち着け、私)

 ここでアステロッドにつかみかかったところで、自体は好転しないだろう。
  この魔法使いのことだ。どうせ暖簾に腕押し状態にしかならない。

「……返しなさい」

 溢れそうな怒りの感情を抑えながら発した言葉は、低く脅すようだった。
 
「彼女は私の恋人です」

(誰にも、ルーナさんは渡さない。……渡せない)

 はっきりと宣言したマクシミリアンに、アステロッドは珍しくも不愉快そうに顔をゆがめた。
 
「あーあ! ほんとずるいなぁ、侍従長殿は!」

 吐き出すようにアステロッドが言う。

「俺の方が先にルーナを好きだったのに、俺の方がルーナを愛しているのに、後から出てきたくせに俺からルーナをかっさらって!」

「……っ!?」

 まくし立てながら一瞬で距離を詰められ、マクシミリアンは虚をつかれてしまった。
 ほんのわずかなその隙に、胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。

「ほんと、ずるいよ。お前には、絶対、ルーナは渡さない」

 アステロッドがここまで感情をあらわにしたところを、それなりの付き合いになるというのにマクシミリアンは初めて見た。
 間近で濃紫の瞳が怪しく光り、マクシミリアンは息を飲み込む。

(それでも……)

「珍しく気が合いそうです。貴方にだけは、ルーナさんを譲れそうにありません」
 
 マクシミリアンは真っ直ぐにアステロッドの瞳を見返した。

 はっきりしていることは二つ。
 
 一つは、ルーナがアステロッドと一緒にいたところで、幸せにはなれないだろうということ。
 もう一つは……。

(私が、ルーナさんを誰にも奪われたくないということ)

 胸ぐらを掴むアステロッドの手を、ぱしりと払い除ける。
 
「失礼致します」

 この場にいても埒が明かない。
 どうせこの魔法使いは、ルーナの居場所を教えてくれやしないだろう。

(早く、ルーナさんを助けなければ……!)

 マクシミリアンは急ぎ足でアステロッドの前を立ち去った。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

処理中です...