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第4章*想いの糸は絡まり合う
48・特別な貴女は(マクシミリアン視点)
しおりを挟む「それにしても、意外といえば意外だな」
中庭を後にしながら、ハイリ殿下が呟いた。
いきなりそう言われたものだから、マクシミリアンとしては一体何が意外なのか分からず首を捻ってしまう。
「……何がです?」
聞き返すと、少し前を歩く殿下は一瞬マクシミリアンの方へちらりと視線を向けた。
「お前が、誰かと深く関わるなんて」
感慨深げに言われてどきりとする。
それは、昨夜自分で思ったばかりのことだった。
自分は、積極的に他人に干渉しようとするタイプではなかったはずだと。
友人にしろ恋人にしろ、誰かと深い関係を築くことを今まで避けてきていたはずなのにと。
「……そうですね」
(ルーナさんは……ルーナさんだけは。特別なのかもしれない)
自主的に関わりたいと思うなんて。
マクシミリアンはそう感じる自分の変化に小さく笑みをこぼした。
存外、悪くない気分だ。
****
「…………?」
(なにか、おかしい)
王子を部屋に送り届けて、使用人控え室まで戻り。扉の前で、マクシミリアンはふと首をひねった。
違和感を感じる。
(何が、と言われたら困るのだが……)
と、マクシミリアンが固く閉ざされた扉をじっと見つめたその時。
音もなく薄紫色の霧が立ち込め始めた。
「……っ!?」
(なんだ……!?)
城内に突然霧が、それも紫の霧が立ち込めるなど尋常ではない。
マクシミリアンは反射的に扉から1歩距離をとる。
「そんなに警戒しないでおくれよ」
薄紫の霧の中から響く声。
聞き覚えのあるその声に、マクシミリアンは瞬時に身構えた。
ゆらりゆらりと、霧が揺らめく。
ふわりと揺れる、銀の髪。
霧の中、きらりと輝く濃紫の瞳。
「アステロッド様……」
なぜだか姿が透き通っているように思えるが、間違いない。
得体の知れない城付きの魔法使い、アステロッド・フェン・クリムナフが、霧の中からぼんやりと姿を現した。
「やぁ、侍従長殿。ご機嫌よう」
「……なんの用です」
今更警戒心を隠してもどうしようもないだろう。
マクシミリアンは警戒をあらわにアステロッドを見据える。
しかし、アステロッドは特に意に介した様子もなく、薄い笑みを浮かべた。
「何も? ただ、挨拶に来ただけさ」
「挨拶?」
挨拶とはなんだ、挨拶とは。
なんの挨拶かは知らないが、この胡散臭い魔法使いが今更挨拶などと薄気味悪いだけだ。
「ルーナは俺が貰ったっていう、挨拶にね」
たったその一言に、マクシミリアンは呼吸をすることを一瞬忘れてしまった。
「……は?」
(何を言っているんだ、この男は)
アステロッドの口からルーナの名前を聞いて、途端マクシミリアンの鼓動がどくりと跳ねる。
この得体の知れない魔法使いは、なぜだかルーナに執着しているのだ。
嫌な予感がする。
つうと、インクが滲むように。
嫌な予感が胸に広がり始める。
(落ち着け。ルーナさんはきっと控え室にいるに決まっている)
「そこをどきなさい」
マクシミリアンは目の前で飄々としているアステロッドに強い視線を向けた。
しかしアステロッドは特に気にすることも無く、へらりと笑う。
「どうぞ?」
言葉通り身を横へずらしたアステロッドに、嫌な予感が募っていく。
(お願いですから、この部屋にいてください……!)
がちゃりと、扉を開ける。
書類が山積みにされた執務机。
マクシミリアンが部屋を出ていった時と何も変わらない。
(……いない)
誰も、いない。
ルーナの姿は、そこにはなかった。
(落ち着け)
もしかしたら、ここではない別の場所にいるかもしれない。
もしかしたら、ほかの仕事を手伝っているのかも。はたまた自室に戻ったかもしれない。
だが、とマクシミリアンは考える。
(彼女はそんな人ではない)
専属の使用人という仕事を放置して他所へ行くなど、ルーナがするわけが無い。
マクシミリアンが見てきたルーナは、そんな人間ではないのだ。
(となれば、現段階で最も可能性が高いのは……)
やはり後ろにいる魔法使いにほかならない。
「……アステロッド様、ルーナさんをどこへやりましたか」
マクシミリアンはアステロッドの方を振り返らずに低く尋ねた。
「言ったよね? ルーナは俺が貰ったって。もう彼女は俺のものだ」
「……っ!」
カッと、瞬間的に頭に血が上るのをマクシミリアンは感じた。
思わず掴みかかりそうになるのを必死で抑える。
(落ち着け。落ち着け、私)
ここでアステロッドにつかみかかったところで、自体は好転しないだろう。
この魔法使いのことだ。どうせ暖簾に腕押し状態にしかならない。
「……返しなさい」
溢れそうな怒りの感情を抑えながら発した言葉は、低く脅すようだった。
「彼女は私の恋人です」
(誰にも、ルーナさんは渡さない。……渡せない)
はっきりと宣言したマクシミリアンに、アステロッドは珍しくも不愉快そうに顔をゆがめた。
「あーあ! ほんとずるいなぁ、侍従長殿は!」
吐き出すようにアステロッドが言う。
「俺の方が先にルーナを好きだったのに、俺の方がルーナを愛しているのに、後から出てきたくせに俺からルーナをかっさらって!」
「……っ!?」
まくし立てながら一瞬で距離を詰められ、マクシミリアンは虚をつかれてしまった。
ほんのわずかなその隙に、胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。
「ほんと、ずるいよ。お前には、絶対、ルーナは渡さない」
アステロッドがここまで感情をあらわにしたところを、それなりの付き合いになるというのにマクシミリアンは初めて見た。
間近で濃紫の瞳が怪しく光り、マクシミリアンは息を飲み込む。
(それでも……)
「珍しく気が合いそうです。貴方にだけは、ルーナさんを譲れそうにありません」
マクシミリアンは真っ直ぐにアステロッドの瞳を見返した。
はっきりしていることは二つ。
一つは、ルーナがアステロッドと一緒にいたところで、幸せにはなれないだろうということ。
もう一つは……。
(私が、ルーナさんを誰にも奪われたくないということ)
胸ぐらを掴むアステロッドの手を、ぱしりと払い除ける。
「失礼致します」
この場にいても埒が明かない。
どうせこの魔法使いは、ルーナの居場所を教えてくれやしないだろう。
(早く、ルーナさんを助けなければ……!)
マクシミリアンは急ぎ足でアステロッドの前を立ち去った。
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