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第4章*想いの糸は絡まり合う

44・王子と侍従長

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(甘い……でも、仕事はちゃんとしなきゃ)

 恋にうつつを抜かして仕事を疎かにするなど、ルーナのプライドが許さない。
 ルーナがマクシミリアンに向き直ったその時、使用人控え室の扉が開かれた。

「ルーナ、マクシミリアン。まだこんなところにいたのか」

「殿下!」

「王子!?」

 涼やかな声にはっと振り返ると、入口の扉の前にいつも通りさわやかな雰囲気をたたえた王子が立っていた。
 いつも通り。
 そう、いつも通りだ。

「昨夜は楽しい夜だった?」

「…………」

 爽やかな顔で、王子様はとんでもなくあけすけなことをのたまう。
 それでも下品に感じられないのは、この王子様のなせる技だろう。
 マクシミリアンはルーナを隠すように一歩前に出た。

「そんなに警戒しないでよ」

「警戒しますよ」

(同じく)

 アステロッドに対する警戒とはまた種類が違うが、王子が今度は何を言い出すのかと気が気ではない。
 しかし、王子はルーナたちの緊張など知るわけもなく。

「ルーナ。ちょっとマクシミリアンを借りるよ。マクシミリアン、来い」

 さらりとそれだけ言って、王子は踵を返した。
 思いもよらなかったことを言われて、ルーナもマクシミリアンも一瞬固まってしまう。

「へっ? あ、ど、どうぞ」

「か、かしこまりました。殿下」

 動揺を隠せない2人の声が、静かに使用人控え室に響いた。


*****


 殿下はつかつかと廊下を進んでいく。
 マクシミリアンは内心何を言われるものかと考えをめぐらせながら、ただ無言で後を追う。
 どこに向かっているのかなど、マクシミリアンに分かるわけもなかった。

(主が欲しいと望んだものを、譲れないと言ったのは私だ)

 そのままルーナを連れ去って、結果的に自分のものにした。
 彼の孤独を知っているのに。それなのに、彼が心から望んだ唯一のものを渡さなかった。

(長い付き合いだからこそ。殿下がルーナさんに本気なことくらい分かる)

 分かっている。
 だが、それでも、ルーナだけは。

 他の何を失っても、ルーナのことだけは誰にも譲れない。

「マクシミリアン」

 殿下が立ち止まる。
 気がつけば、いつしか中庭まで来てしまっていた。
 緩やかな風が吹き、香しい花の香りが2人を包む。

「僕がルーナに好意を持っていること、知っているよね?」

 殿下はそこでようやくマクシミリアンの方を振り返った。
 碧い瞳が、真っ直ぐにマクシミリアンを捕らえる。
 花壇に植えられた薔薇を背景にこちらを見る殿下は、世の女性が想像するであろう“王子様”そのままだ。

「……存じております」

 マクシミリアンは静かに答えた。
 
「うん、だよね。僕が、欲しいもののためなら手段を選ばない人間だってことも、分かっている?」

「……ええ」

 知っている。
 この王子様は、目的のためなら手段を選ばないタイプだ。
 殿下がルーナに本気ならば、マクシミリアンは解雇されてもおかしくないし、家を没落させられてもおかしくはない。
 ……それどころか、殺されてもおかしくはないのだ。

(もちろん抵抗はするが、覚悟はしている)

「…………。お前が相手でなければ行動に移せたのにな」

「…………はい?」

 自嘲気味に呟かれた殿下の言葉に、マクシミリアンはつい聞き返してしまった。
 殿下は笑う。

「友の不幸を望むほど、僕は冷たい人間ではなかったらしい」
 
 友。
 友とは誰のことか。
 自分しかいないということを分かっていても、殿下の言葉を飲み込むのにわずかな時間を要した。

(殿下も、私のことを友だと思ってくださっていたのか)

 今まで殿下の口から直に聞いたことがなかったから、友だと思っていたのは自分だけだと思っていた。
 マクシミリアンの胸の内に、じんわりとした嬉しさが広がっていく。
 それと同時に、その友を傷つけたのだという罪悪感も。

「殿下……」

 自分はなんと情けない人間なのだろうと、マクシミリアンは思う。
 何を言えばいいのかすぐに思い付けなくて、ただ殿下、と呟くことしか出来ない。

 だが、謝ることだけははばかられた。
 
(私が謝るのは違う)

 マクシミリアンは殿下の碧い瞳を見つめ返す。
 それが誠意の伝え方だと思った。

「僕は、お前にならルーナを譲れる」

 言葉に込められた、確かな信頼を感じる。
 殿下はマクシミリアンから目をそらさずに、はっきりと告げた。

「だから、ルーナを必ず幸せにしてよ」

「…………はい」

 マクシミリアンは強く頷く。
 
 ルーナを幸せにしたい。
 それはマクシミリアン自身の願いでもある。

(殿下の分まで、私がルーナさんを幸せにしなくては)
 
 自分たち2人の幸せを願って身を引いてくれた、彼のためにも。

「ありがとうございます。殿下」

 柔らかな日差しが中庭を照らす。
 吹き込んだ優しい風が花々の間を流れ、ゆらゆらと揺れていた。
 
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