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第3章*パーティーと気持ちの行方

33・ダメです

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 王子はすたすたと廊下を歩いていく。
 ルーナもマクシミリアンも、黙ったままの彼に従うしかなかった。

「マクシミリアン。お前は少し外へ出ていろ」

 王子は自室に入った途端にそう言った。
 言われたマクシミリアンは怪訝な顔をする。
 しかし、何も言わずに頭を軽く下げた。

「……かしこまりました」

 部屋を出る直前、なにか言いたそうな視線をルーナに投げかけて。
 静かにマクシミリアンは部屋を出ていった。

(な、なんなの?) 

 王子が何をしたいのかも、マクシミリアンが何を考えているのかも、ルーナにはさっぱりだ。

「さて、ルーナ」

 王子はソファに腰掛けると、じぃとルーナを見据えた。
 その視線があまりにも強くて、ルーナは緊張してしまう。

「な、なんですか?」

「……こっちへ来い」

 有無を言わせない口調で呼ばれるから、断ることも出来ない。
 ルーナは王子の目の前まで近づいた。
 この体勢だと王子を見下ろす形になってしまって、ルーナは居心地が悪くなる。

(え、この体勢はまずいよね!? 膝立ちするべき!?)

 ルーナが内心慌てていると、王子にぐいっと腕を引かれた。

「ぅわっ!」

 ぶつかりそうになって、すんでのところでルーナはソファの背もたれの縁に手をつく。

「なっ、何するんですか!!」

 急に腕を引かれては危ないではないか。 
 そう言おうとして王子の顔を見れば、王子が思いのほか真面目な表情をしていた。
 ルーナは思わず息を飲み込んでしまう。

「……僕は今、兄上のことでイラついているはずなのに。どうしてかな……お前がそばにいると落ち着くんだ」

「え」

 ぼんやりと呟くような王子の声。
  今何か、信じられないような言葉を耳にした気がする。
 
(私がそばにいると落ち着く……?)

 この王子様は本気で言っているのか。
 そんな台詞……まるでルートに入っているようではないか。
 凍りついてしまったルーナにさらに追い打ちをかけるように、王子はルーナを引き寄せた。

「きゃ……っ」

 唇が触れ合ってしまいそうな距離で見つめられて、その近さにルーナの心臓が跳ねる。
 
「ルーナ。僕は、お前のことが好きだよ」

「な……」

「お前が欲しいものをなんでもやる。だから、僕のものになってくれないか」

 あまりにも王子の視線が真っ直ぐで、ルーナは困惑してしまう。
 王子の透き通った青の瞳には、冗談の色などまったく見られない。
 だからこそ、余計にどうしていいか分からなくなる。

(どうしよう……)

 どうにか王子を傷つけずに断る口実を探す。
 しようと思えば、王子はルーナの意思など関係なしに自分のものにできるはずだ。

 それこそ、初対面のあの日のように。

 それなのにそうしないのは、王子が体の繋がりではなく心の繋がりを求めているからなのだと、ルーナは察してしまった。

(どうしたらいいの)

「私、には……好きな人が、いて……」

 回りきらない頭で必死に考えて、ルーナの口から出たのは定番すぎるものだった。
 だが事実でもある。
 咄嗟にルーナの頭に浮かんだのは、マクシミリアンの顔だったのだから。

「……そう。相手は、マクシミリアン?」

「……っ」

 どうやら気づかれていたらしい。
 王子がルーナから手を離す。
 王子の顔には、落胆と同時に諦めの色が浮かんでいた。

「何となく察していたよ。……ルーナの、マクシミリアンを見る目が他と違うことくらい」

 王子にそう言われて、ルーナは顔が熱くなるのを感じた。
 自分はそんなに分かりやすいのだろうか。

(え、待って、じゃあもしかしてマクシミリアンにもバレているとか……?)

「安心しなよ。マクシミリアンは気づいていないだろう。あいつはこういうことにはとんと疎いからね」

 なんでこの王子様は、人が考えていることが分かったのだろう。
 考えていたことに答えを返されて、ルーナは目を見開いた。

「だが、まぁそうだな。あいつがルーナのことを好きでないなら、お前のことは僕が貰おうか」

「はい……っ!?」

 見れば、王子はとても楽しそうな顔をしていた。
 言っている意味を瞬時に理解できなくて、ルーナは目を瞬かせる。
 王子はその間に扉の外へ呼びかけた。

「おい、マクシミリアン! 入れ」

「……は」

 マクシミリアンの短い返事が、扉の向こうから聞こえる。

(え、ちょ、待って!?)

 王子が何をするつもりなのか分からなくて、ルーナは焦る一方だ。
 マクシミリアンが部屋の中に入ってきてしまって、ますます焦りが加速していく。

「マクシミリアン。今回のパーティーに、ルーナを同伴させることに決めた」

「…………はい?」

(はい?)

 マクシミリアンの声と、ルーナの心の声が重なる。
 
(パーティーに同伴? どういうこと?)

「それはメイドとして、ですよね。でしたら、ルーナさんは既に配置済みですが」

 マクシミリアンは意味がよく分からなかったのか、首を傾げながら王子に答えた。
 ルーナが感じた疑問もそこだ。
 
(だって、私はそもそも専属メイドだから、パーティーには参加するもの)

 もちろん使用人としてだが。
 しかし、王子はマクシミリアンの言葉を否定するように首を横に振った。

「違う。使用人としてではない。僕の恋人として連れていく」

「はぁ!?」

 今度はルーナが声を上げる番だった。
 メイドという立場も忘れ、素で言葉を発してしまう。
 それほど、王子の言葉は衝撃的なものだった。
 王子はソファに座ったまま、驚き固まっているルーナの腰を引き寄せた。

「なぁ。いいだろう?」

「……っ」

 まるで挑発するように、王子はマクシミリアンを見上げる。
 マクシミリアンは無表情を崩し、不快そうに眉を寄せた。

「…………めです」

 ほんの少しの無言の後、マクシミリアンか何事か呻く。
 だが、声がくぐもっていてよく聞き取ることができない。

(なに? なんて言ったの?)
 
 ルーナが聞き返そうとしたその時、ぐっとマクシミリアンに強く腕を引かれた。
 マクシミリアンがもう一度口を開く。

「駄目です」

(な……)

 突然のことに、声が出ない。
 マクシミリアンの言葉が信じられなくて、ルーナは腕を掴む彼の顔を凝視した。

「すみません、殿下。本日は失礼致します。あとのことは護衛騎士に任せますのでご安心を」

 そのままマクシミリアンが扉に向かうから、腕を取られたままのルーナまでついて行くことになる。

「えっ、ちょっと……!」

(なんなの!?)

 ルーナはマクシミリアンに引かれるままに、王子の私室を後にした。
 
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