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第2章*専属メイドのお仕事?
24・過労死への心配と謝罪
しおりを挟む「まず最初に説明致しますが、専属というのはハイリ殿下に直に属する使用人ということです」
マクシミリアンは椅子から立ち上がると、静かに言った。
それは、今更説明されるまでもなく、前世の知識のおかげでルーナは今世でも知っていた。
「我々は王家に使える使用人でありながら、第一にハイリ殿下に仕えなければならない」
マクシミリアンの言葉にこくりと頷き、ルーナは続きを口にする。
「専属はその方だけにお仕えするもの。ハイリ殿下の最善を尽くすことこそが第一の主命となる」
「……よくご存知で」
マクシミリアンが一瞬目を見開いた。
まさかルーナが専属使用人の心得を、間違えることなく諳んじるとは思わなかったのだろう。
(ふふふ、私は何周も『MRL』をプレイしているのよ。こんなの常識!)
「事前に勉強なされたのですか? 良いことです」
「え、いや、ま、まぁ……」
マクシミリアンが感心したという調子で褒めるようなことを口にするから、ルーナは動揺してしまう。
(事前に勉強っていえば確かにそうかも)
と言っても前世の話だが。
ゲームのシナリオを一言一句間違わずに言えるくらいに『MRL』の大ファンだった。それはもはや、信者というレベルで。
かつての熱狂的な『MRL』ファンを舐めないでもらいたい、とルーナは内心得意げになる。が、決して顔には出さない。
前世のことなど……。誰も信じてくれないことを、わざわざ匂わす必要などないのだ。
「専属は普通のメイドとは仕事範囲がまた違います。基本的には、私と共に行動してください。指示を出しますから」
「はい」
「あとは、殿下が出かけられている間に部屋の掃除、給仕の手伝いをお願いします」
「はい」
「ほかは……ありません」
「はい……っ?」
(ない!?)
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったルーナに、マクシミリアンが無表情に困ったような色を滲ませた。
「……というのも、専属メイドが割と短期間で辞めてしまうからなんですよ」
「……辞める?」
「……殿下が、いじめて楽しくなかったメイドをすぐに辞めさせる、というのが正しいですかね」
「…………」
(あのドS王子め)
昨日、貞操の危機だった時に、王子が「前の子が逃げてから、しばらく専属はいなかった」とか何とか言っていたことをルーナは思い出す。
あれは、逃げたのではなく、逃げるように彼自身が仕向けたのではないだろうか。
(だって、マクシミリアンはそのあと言った)
「今までの専属メイドは皆、喜んで王子のお相手をしていた」と。
王子の専属メイドになることは、一種のステータスになる。
メイドとして箔が付く。
だからメイド側には、正直辞める理由などないのだ。
「メイドがすぐに交代してしまうため、重要な仕事を任せられないんですよ。ほかの仕事は私一人でもこなせますから、お気になさらず」
(いや、するに決まってるでしょ!?)
ゲーム内でマクシミリアンがやたらめったら忙しそうにしていた理由が、ここにきて初めて発覚してしまった。
どうりで常に忙しそうにしているはずだ。
本来なら他の人に回せるはずの仕事までもを、一人でこなしていたのだから。
「む、無理しないでくださいね? 何かあればすぐにお手伝いしますから……」
前世でも思っていたが、このマクシミリアンという男。
確実に過労死するタイプだ……。
(いや、見ていて不安しかないよ!)
自分一人でなんでも片付けて、周囲の人間にあまり頼らない。
それでは、いつか本当に体を壊してしまう。
心配からルーナがそう言うと、マクシミリアンは無表情を崩した。
まるで、そんなことを言われるとは考えてもいなかったとでも言うような顔。
少しだけ嬉しそうに、でも困ったように。
「あなたはどうして……。今まで、私にそういう言葉をかけてくれる人間などいなかった」
「え、え?」
(いや、どうしてって言われても)
ルーナとしては普通のことを言っただけだ。
いくらマクシミリアンが有能な侍従長であっても、一人でやれることには限度があるだろう。
「貴女もそのうち専属を辞めてしまうでしょうに……私は……」
「待ってください。私は辞めませんよ」
マクシミリアンの独り言のような呟きに、ルーナはぴくりと反応した。
どうしても、スルーすることが出来なかった。
(私まで「すぐに辞めてしまうメイド」だと思わないで欲しい)
「私は専属になったからには、精一杯ハイリ殿下にお仕えいたします。簡単に辞めるつもりはありません」
(第一私、負けず嫌いなのよね)
簡単に辞めてしまえば、何かに負けてしまう気がする。
強いて言うなら自分に負けてしまうような、そんな気が。
それに。
王子の専属には、ある程度以上の信頼が持てる人物が選ばれてきたはずだ。
今までの専属メイドはきっと、実家に帰れば身分があり、メイドを辞めても居場所があっただろう。
(だけど、私には無い)
悪い言い方をするなら、ルーナは家のために王家へ売られたようなものだ。
だからこそ裏切らないと思われて、専属に大抜擢されたに違いない。
「……信用、していただけませんか?」
「……貴女がそんなふうだから……。私は貴女のことが気になってしまう」
(は……っ!?)
ぽつりと呟かれたマクシミリアンの言葉に、ルーナの思考が止まる。
聞き間違いだろうか。
今、ルーナにとって都合のいい言葉が聞こえたような気がした。
(き、気のせい? 気のせい、よね?)
マクシミリアンはそれきり黙ってしまって、ルーナの言葉への答えは返してくれない。
(まあ、無理よね。出会ってすぐに信用してくれ、なんて)
馬鹿なことを言ってしまった自覚はあった。
マクシミリアンに気づかれないように、ルーナはため息を吐き出した。
「…………ルーナさん」
マクシミリアンはがたりと椅子から立ち上がる。
「は、はいっ?」
吐き出したため息を飲み込んでしまうほど驚いてしまった。
ルーナは思わず手で胸を押さえる。
マクシミリアンはゆっくりとルーナに近づき、ルーナに視線を合わせた。
「昨夜は、すみませんでした」
「は……っ!? え、ちょ……!」
マクシミリアンの誠実な視線がまっすぐに注がれて、ルーナはドギマギしてしまう。
「ずっと、謝らなければと思っていたのです。貴女の命が危険だったとはいえ、あのようなことを許可も取らず……。責任は取りますから、何かあれば言ってください」
言葉や、少しだけ赤くなっているマクシミリアンの表情から、昨夜の一件のことだろうとルーナは察する。
だが、まさかここで昨夜のことを蒸し返されるなど、思ってもみなかった。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってください……!」
珍しくマクシミリアンが饒舌だが、謝罪の言葉というのがなんとも言えない。
(責任取るとか! 出会ったばかりの私にそこまでしてくれるの!?)
たった一夜、されど一夜ではあるが……。
相手が相手なら、なかったことにされてもおかしな話ではないというのに。
マクシミリアン、律儀だ……。
だが、一番聞き捨てならなかったものがある。
「い、命が危険だった……?」
とんでもない言葉が出てきて、ルーナはつい聞き返してしまった。
そんなに自分は危機的状況だったのだろうか。
「あのままでは熱に侵され動けなくなり、そのうちに死んでしまうと、アステロッド様が仰っていました」
「な……っ」
ルーナはマクシミリアンから告げられた衝撃の言葉に、空色の瞳を見開いた。
(あいつ……!)
本当にあの男はろくでもない。
仮にも幼馴染だというのにそんな危険なものを盛るなど、もう開いた口が塞がらない。
(なんてものを人に飲ませてるのよ!)
「許せない……!」
マクシミリアンが見ていることも忘れ、ルーナがぐっと拳を握りしめたその時。
「へえぇ? 誰が許せないの? 俺が呪い殺してあげようか?」
「……っ!?」
後ろから、感情の読めない声がした。
ルーナはばっと振り向く。
マクシミリアンも、声のしたほうを鋭く見やる。
「アステロッド……!!」
部屋の外へ続く閉ざされた扉の前には、ルーナの宿敵であるアステロッドが得体の知れない微笑みを浮かべながら立っていた。
(いつの間に入ってきたのよ!)
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