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最終章
50・一人じゃない(最終話)
しおりを挟むヴィエラが正式に皇妃となってから、一年の月日が流れた。
かつてのホワイトリー領。その小高い丘の上に墓地がある。
その日ヴィエラは、墓地の最奥に眠る両親の元を訪れていた。
寒々しい空の下、白い雪を被った墓石が整然と並んでいる。
ここは、かつてヴィエラがすべてを失った場所だった。
記憶が戻ってから久しぶりに墓地を訪れた時は、どうしても恐怖を覚えて足がすくんでしまった。だが、何度かオズウェルと共に来ることで、ヴィエラの心に残る恐怖は薄れつつある。
今日も、ヴィエラの隣にはオズウェルがいた。
ヴィエラは手に持っていた白いアネモネの花束を墓石の前に置いた。城の温室で、オズウェルとともに育てたものだ。
ヴィエラはその場にしゃがみこみ、軽く手のひらを組みあわせて祈りを捧げた。オズウェルも同じようにしてくれる。
(お父様、お母様。私はどうにか皇妃として頑張っています。不安はあるけど、オズウェルがそばにいてくれるから頑張れるわ。それに……)
しばらくして立ち上がったヴィエラに、少し後ろで見守っていたらしいオズウェルは不思議そうな顔をして尋ねた。
「もういいのか?」
「ええ」
ヴィエラは小さく微笑みを返す。
(……それに、オズウェルだけじゃなくて……。今はもう一人いるから)
墓石に背を向けて歩き出そうとしたヴィエラの腰へ、オズウェルはそっと手を回した。
「ヴィエラ、段差には気をつけてくれ。お前はもう、一人の体ではないのだから」
「ふふ、大丈夫よ。オズウェルってば心配性ね」
確かにオズウェルの言うように、ここは丘になっているせいもあって、ところどころ階段のようになっている。
だが、ゆっくり歩いている上にオズウェルが腰を支えてくれているから大丈夫だろう。
ヴィエラは自分の片手を腹部へと当てた。
そこは、ワンピースの上からでも分かるくらいには膨らんでいる。
妊娠が発覚したのは、結婚してしばらく経った頃だった。
子どもはお腹の中で順調に育っているようで、ヴィエラは安心する。
「どんな子が生まれてくるか、楽しみね。オズウェル」
「……ああ」
生まれてくる子どもは、どちらに似ているだろうか。
どんな人生を歩むだろうか。
願わくば、ただ周囲の運命に翻弄されるのではなく、諦めず立ち向かい続ける強い子になって欲しい、とヴィエラは思う。
ヴィエラはそんなオズウェルの姿に救われたのだから。
「お前は今、幸せか? 私はお前を、幸せにできているだろうか」
緩やかな丘を下りながら、不意にオズウェルが尋ねてきた。
ぽつりと呟くようなその言葉が、彼に似合わず少しの不安を孕んでいて、ヴィエラは「ふふ」と笑いをこぼした。
(そこは、自信をもってくれていいのよ?)
ヴィエラがオズウェルと一緒にいて不幸だったことなんて一度もない。
この皇帝様は、いつだってヴィエラに優しくしてくれる。守ってくれる。
オズウェルがいてくれること以上に安心できることは無い。
(あなたのおかげで、私は空っぽじゃなくなったの)
心が幸福感で満たされている。
共にいるだけでこれほどまでに満たされることを、ヴィエラはオズウェルといて初めて知った。
「ええ、私は幸せよ」
ヴィエラはオズウェルの肩にそっと身を寄せた。
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