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第4章
41・慌ただしい一日③
しおりを挟む離れの塔から逃げ出して、中庭に隠れていたのだろうか。
レミリアは怒りで顔を真っ赤にしながら、ヴィエラのことを睨み据えていた。
「……っ」
真っ直ぐに強い視線で射抜かれて、ヴィエラは恐怖で動けなくなってしまう。
「わたくしは……生まれた時から皇妃になるために努力してきたのよ……?」
この回廊は、建物と建物を繋ぐためのものだが、中庭にも出られるようになっているため柱はあるが壁はない。
レミリアは、中庭からヴィエラたちのいる回廊目指してゆらりゆらりと進んでくる。
完全に頭に血が上っているのか、ヴィエラのすぐ近くにいるオズウェルやセリーンのことは、レミリアの視界に入っていないようだった。
「わたくしがあなたを憎むのも当然でしょ……? あなたがいなければ、オズウェル様を取られることもなかった」
(あれは……?)
レミリアの片手の先が、キラリと光を反射して光った。何かが握られているようだ、とヴィエラは気づく。
「今度こそ完全に排除しようとしたのに……やっぱり他人を使うとダメね。初めから、こうすれば良かったんだわ……!!」
しかし、気づいたところでヴィエラにはどうにも出来ない。
レミリアは甲高い笑い声を上げながら、ヴィエラに向かって突如走り始めた。
「きゃ……っ」
いつもはくるくると巻かれているレミリアのピンクブロンドの髪。
今はそれを振り乱しながら、ヴィエラに向かって駆けてくる。
レミリアが手に持っているのは、どうやらガラス片のようだった。
レミリアはそれをヴィエラ目掛けて高く振り上げる。
(もうダメ――……)
切りつけられるのを覚悟して、ヴィエラはギュッと目を瞑る。
その瞬間、ぐいっと強く後ろへ肩をひっぱられた。
「あ……」
後ろを見上げれば、オズウェルがいる。
ヴィエラに刃が当たる直前に、オズウェルが自分の方へ引き寄せてくれたらしい。
「きゃぁ!! 何するのよ!」
叫ぶ声にはっとそちらを見遣れば、地面にレミリアが引き倒されていた。
うつ伏せに倒されたレミリアの上にセリーンが乗っかり、いとも簡単に押さえつけている。
後ろ手に回されたレミリアの手から、ガラス片が滑り落ちた。
「それはこちらのセリフですよ。ヴィエラ様に何をなさるおつもりですか」
ヴィエラからは、俯いているセリーンの表情は伺うことが出来ない。
だがその声は、嫌悪感に満ち溢れていた。
「私の婚約者…….ひいては将来の皇妃となるヴィエラに手を出すということは、私に手を出すと同義。7年前も、この前も、そして今も……。ヴィエラを傷つけたのはお前だな、レミリア」
オズウェルはヴィエラの肩を抱き寄せると、セリーンを冷たい視線で見下ろす。
反論を許さない絶対君主の声だ。
オズウェルの凍った視線に、レミリアは息を飲む。しかし、どうにか気を持ち直したようだった。
「オズ、ウェル様……っ! わたくしはすべてロレーヌ家のためにやったのです……!」
レミリアは言い募るが、オズウェルの表情は微動だにしない。
それでもレミリアは声を上げ続けた。
「お父様をお呼びください……っ! お父様であれば、わたくしを守ってくださるはず……!」
「お前の父親か……? ロレーヌ公爵なら昨日『うちのバカ娘が勝手にやった、自分は関係ない』と言っていたはずだが」
オズウェルの平然とした言葉に、衝撃を受けたらしいレミリアはそこで動きを止めた。
琥珀の瞳を驚愕に見開き、口元がわなわなと震えている。
「そん、な……!」
「ええ。わたくしもそう聞きました」
オズウェルの言葉にセリーンも同意する。
レミリアはものすごい勢いで、ふるふると首を横に振った。
「う、うそよ……! お父様がわたくしを売るわけ……っ!」
「信じられないなら、地下牢で聞いてみたらどうだ? ……セリーン、連れて行け」
「はい、かしこまりました」
見ればセリーンは、どこから取り出したのかロープでレミリアの手首を縛り上げているところだった。そのままレミリアを引き立たせる。
「いやよ……! 離しなさい! 離しなさいったら……!!」
レミリアの声が次第に遠のいていき、ヴィエラはほっと息をついた。
正直、まだ体が震えている。
「ヴィエラ……怪我はないか」
「え、ええ……」
オズウェルに心配かけまいとどうにか返事を返したが、震えているのはごまかせない。
「怖かっただろう。だが、もう大丈夫だ。お前を傷つけるものからは、お前の両親に代わって私が守ろう。必ずだ」
オズウェルはそう言って、震えるヴィエラを抱き寄せる。
(私は、この人のそばで生きたい)
オズウェルが、自分以外にはここまで優しくないことをヴィエラは知っている。彼は基本的には情に左右されない人間だ。
だけれど、オズウェルがヴィエラに向けてくる情が本物であることも知っているのだ。
7年もの長い間、ヴィエラを探し続けてくれた。
守るものの無くなったヴィエラを、守ろうとくれている。
そんな皇帝陛下を、ヴィエラは守りたいと思うのだ。
低く優しい声が無性に胸に染みて、ヴィエラはオズウェルの胸にすがって静かに泣いた。
こうして、呆気なくもレミリアは捕まり、地下牢へと連れていかれた。
ヴィエラを巻き込んだロレーヌ家の騒動は、ようやく終幕へと向かおうとしていた。
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