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第4章
36・思い出の場所②
しおりを挟む「ヴィエラ」
オズウェルは、真っ直ぐにヴィエラをみつめてくる。
真剣な眼差しを向けられて、ヴィエラの胸がどきりと跳ねた。
「ど、どうしたの、オズウェル?」
逸らされることなく注がれる視線にヴィエラが戸惑っていると、オズウェルはすっとその場に片膝をついた。
衣服が汚れるのも厭わず地面へ跪いたオズウェルに、ヴィエラは慌てて声をかける。
「ち、ちょっと、やめてちょうだい……! あなたが膝をつくなんて似合わないわ……!」
この皇帝様は、いつだって泰然としている。皇帝として君臨するにふさわしい風格を持った人だ。
そんな人が、自分の前に膝をついて見上げてくるなんて、ヴィエラは思ってもみなかった。
「いや、今はこうするべき時だ」
しかしオズウェルははっきりとそう言い切ると、上着のポケットから小箱を取り出す。
蓋を開けたそこには、静かな輝きを放つブルーダイヤの指輪が収められていた。
「婚約指輪を贈る時くらい、格好をつけさせてくれ」
「……っ!」
オズウェルは箱から指輪を取り出すと、ヴィエラの手をぐいと掴む。
「ずっと、贈りたいとは思っていたんだ。遅くなってしまってすまない」
ヴィエラがオズウェルの婚約者となったのはまだ、メーベルにいた時だった。そこから数えると、約二ヶ月が経とうとしている。
たったそれだけの期間で、多くのことが変わった。
ヴィエラとオズウェルの関係も、少しずつ、少しずつ、変化していっている。
「私は気の利いた男ではないし、口数が多い方では無い。お前を不安にさせることも、あるだろう」
(……そんなことは、ないわ)
ヴィエラは唇をぎゅっと引き結んだまま、首を横に振った。
ヴィエラにとってオズウェルは、今も昔も心根が優しい男性だ。
確かに本人が言うように、女性の心の機微に聡い方ではないだろう。『氷の皇帝』と呼ばれ、周囲から恐れられていることも、それがただの噂ではないことも、ヴィエラは理解している。
だが同時に、オズウェルが自分のことをよく見て、何をしたら喜ぶかを考えて行動してくれていることも知っていた。
「それでも、何があろうともお前だけを愛し続けることだけは保証できる」
「……オズウェル」
(どうしよう。上手く言葉がでない)
両親に先立たれたあの日、一人ぼっちになってしまったと思った。
自分には誰も、そばにいて支え続けてくれる人はいないのだと。
7年前、レミリアに墓地で指摘されて、底のない落とし穴に落とされたような気分だった。
(この人は、そばにいてくれる……? 私を一人にしないでいてくれる……?)
ああ嫌だ、と泣きそうになるのをこらえながらヴィエラは思う。
(私、過去を思い出してから弱くなってしまったみたい)
もう子どもではないのに、子どもに戻ってしまったみたいだ。忘れていた時は平気でいられたのに、今はオズウェルに甘えてしまいたくなる。
「指輪を、はめてもいいか」
「え、ええ」
ヴィエラが頷いたのを確認してから、オズウェルへヴィエラの左手薬指に指輪をはめてくれた。
ヴィエラの指にピッタリとはまった指輪を見て、満足気に微笑んでからオズウェルは立ち上がる。
(甘えてもいいのかしら)
だけど、甘えるだけではなく、オズウェルを支えられるようになりたいとヴィエラは強く思う。
個人としてだけではなく、将来オズウェルの隣に立つ皇妃としても。
「オズウェル、私……。あなたにふさわしい皇妃になれるように頑張るわ!」
左手を包むようにぎゅっと握りしめ、ヴィエラはそう宣言した。
オズウェルは驚いたのか青い瞳を見開く。
しかし、次に驚くのはヴィエラの番だった。
「お前はまた……そうやって私を惑わせる……」
オズウェルが、突然ヴィエラの体を引き寄せて唇を塞いできたから。
「ん……ぅ……」
オズウェルの舌がヴィエラのものに絡んできて、ゆっくりと擦り合わされる。
何度もそうされていると、次第にヴィエラの体から力が抜けていった。
呼吸さえも奪うくらいに深く口付けられて、くらくらと目眩がする。
後頭部と腰をオズウェルの手が支えてくれているおかげで崩れ落ちたりはしないが、その代わりにヴィエラは逃げることもできない。
「オズウェル……っもう少しゆっくり……っんんッ」
唇が離された一瞬、ヴィエラは涙目でオズウェルに訴えるがオズウェルはどこ吹く風だ。
「ここしばらくお前に触れるのを我慢しているのだから、キスくらい許せ」
オズウェルがヴィエラをようやく解放してくれたのは、日が落ち始めてからだった。
◇◇◇◇◇◇
「……すまない。本当は墓にも参ろうと思っていたのだが……」
オズウェルは帰りの馬車の中、いつもよりも暗い声で呟いた。
結局ホワイトリー家(というより温室)でそれなりの時間を過ごしてしまった。
外はすっかり暗くなり、雪も酷くなり始めているようだった。
ヴィエラも両親の墓に花を供えたいところではあるが、帰れなくなる前に帰ろうということになったのだ。
「また今度で大丈夫よ」
ヴィエラはオズウェルの気持ちだけで嬉しくて、くすと笑みをこぼした。
両親の墓にはきっと、また訪れる機会があるだろう。
今日はかつて住んでいたホワイトリーの屋敷へ来られただけで十分だ。
ヴィエラは左手薬指にはめられた指輪をそっとなぞった。
その様子に気づいたオズウェルは、幸せそうに目元を細めてヴィエラの手を取って包み込む。
(私は一人じゃない)
まだ解決していない不安なことはたくさんある。
それでも、少しずつ進んでいるのだ。
レミリアとも、いずれ向き合わなくてはならないだろうとヴィエラは感じていた。
(レミリア様のことは怖いけど……。でも、オズウェルがそばにいてくれるなら、きっと大丈夫だわ)
ヴィエラは決意を固めるように、オズウェルの手を握り返した。
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