上 下
36 / 52
第4章

36・思い出の場所②

しおりを挟む

「ヴィエラ」
 
 オズウェルは、真っ直ぐにヴィエラをみつめてくる。
 真剣な眼差しを向けられて、ヴィエラの胸がどきりと跳ねた。

「ど、どうしたの、オズウェル?」

 逸らされることなく注がれる視線にヴィエラが戸惑っていると、オズウェルはすっとその場に片膝をついた。
 衣服が汚れるのもいとわず地面へひざまずいたオズウェルに、ヴィエラは慌てて声をかける。

「ち、ちょっと、やめてちょうだい……! あなたが膝をつくなんて似合わないわ……!」

 この皇帝様は、いつだって泰然たいぜんとしている。皇帝として君臨するにふさわしい風格を持った人だ。
 そんな人が、自分の前に膝をついて見上げてくるなんて、ヴィエラは思ってもみなかった。

「いや、今はこうするべき時だ」

 しかしオズウェルははっきりとそう言い切ると、上着のポケットから小箱を取り出す。
 蓋を開けたそこには、静かな輝きを放つブルーダイヤの指輪が収められていた。

「婚約指輪を贈る時くらい、格好をつけさせてくれ」
 
「……っ!」

 オズウェルは箱から指輪を取り出すと、ヴィエラの手をぐいと掴む。

「ずっと、贈りたいとは思っていたんだ。遅くなってしまってすまない」

 ヴィエラがオズウェルの婚約者となったのはまだ、メーベルにいた時だった。そこから数えると、約二ヶ月が経とうとしている。
 たったそれだけの期間で、多くのことが変わった。
 ヴィエラとオズウェルの関係も、少しずつ、少しずつ、変化していっている。

「私は気の利いた男ではないし、口数が多い方では無い。お前を不安にさせることも、あるだろう」

 (……そんなことは、ないわ)

 ヴィエラは唇をぎゅっと引き結んだまま、首を横に振った。
 
 ヴィエラにとってオズウェルは、今も昔も心根が優しい男性だ。
 確かに本人が言うように、女性の心の機微に聡い方ではないだろう。『氷の皇帝』と呼ばれ、周囲から恐れられていることも、それがただの噂ではないことも、ヴィエラは理解している。
 だが同時に、オズウェルが自分のことをよく見て、何をしたら喜ぶかを考えて行動してくれていることも知っていた。

「それでも、何があろうともお前だけを愛し続けることだけは保証できる」

「……オズウェル」

 (どうしよう。上手く言葉がでない)

 両親に先立たれたあの日、一人ぼっちになってしまったと思った。
 自分には誰も、そばにいて支え続けてくれる人はいないのだと。
 7年前、レミリアに墓地で指摘されて、底のない落とし穴に落とされたような気分だった。

 (この人は、そばにいてくれる……? 私を一人にしないでいてくれる……?)

 ああ嫌だ、と泣きそうになるのをこらえながらヴィエラは思う。

 (私、過去を思い出してから弱くなってしまったみたい)

 もう子どもではないのに、子どもに戻ってしまったみたいだ。忘れていた時は平気でいられたのに、今はオズウェルに甘えてしまいたくなる。
 
「指輪を、はめてもいいか」

「え、ええ」

 ヴィエラが頷いたのを確認してから、オズウェルへヴィエラの左手薬指に指輪をはめてくれた。
 ヴィエラの指にピッタリとはまった指輪を見て、満足気に微笑んでからオズウェルは立ち上がる。
 
 (甘えてもいいのかしら)

 だけど、甘えるだけではなく、オズウェルを支えられるようになりたいとヴィエラは強く思う。
 個人としてだけではなく、将来オズウェルの隣に立つ皇妃としても。

「オズウェル、私……。あなたにふさわしい皇妃になれるように頑張るわ!」

 左手を包むようにぎゅっと握りしめ、ヴィエラはそう宣言した。
 オズウェルは驚いたのか青い瞳を見開く。
 しかし、次に驚くのはヴィエラの番だった。

「お前はまた……そうやって私を惑わせる……」
 
 オズウェルが、突然ヴィエラの体を引き寄せて唇を塞いできたから。

「ん……ぅ……」

 オズウェルの舌がヴィエラのものに絡んできて、ゆっくりと擦り合わされる。
 何度もそうされていると、次第にヴィエラの体から力が抜けていった。
 呼吸さえも奪うくらいに深く口付けられて、くらくらと目眩がする。

  後頭部と腰をオズウェルの手が支えてくれているおかげで崩れ落ちたりはしないが、その代わりにヴィエラは逃げることもできない。

「オズウェル……っもう少しゆっくり……っんんッ」
 
 唇が離された一瞬、ヴィエラは涙目でオズウェルに訴えるがオズウェルはどこ吹く風だ。
 
「ここしばらくお前に触れるのを我慢しているのだから、キスくらい許せ」

 オズウェルがヴィエラをようやく解放してくれたのは、日が落ち始めてからだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「……すまない。本当は墓にも参ろうと思っていたのだが……」

 オズウェルは帰りの馬車の中、いつもよりも暗い声で呟いた。
 結局ホワイトリー家(というより温室)でそれなりの時間を過ごしてしまった。
 外はすっかり暗くなり、雪も酷くなり始めているようだった。
 ヴィエラも両親の墓に花を供えたいところではあるが、帰れなくなる前に帰ろうということになったのだ。

「また今度で大丈夫よ」

 ヴィエラはオズウェルの気持ちだけで嬉しくて、くすと笑みをこぼした。
 両親の墓にはきっと、また訪れる機会があるだろう。
 今日はかつて住んでいたホワイトリーの屋敷へ来られただけで十分だ。

 ヴィエラは左手薬指にはめられた指輪をそっとなぞった。
 その様子に気づいたオズウェルは、幸せそうに目元を細めてヴィエラの手を取って包み込む。

 (私は一人じゃない)
 
 まだ解決していない不安なことはたくさんある。
 それでも、少しずつ進んでいるのだ。
 レミリアとも、いずれ向き合わなくてはならないだろうとヴィエラは感じていた。

 (レミリア様のことは怖いけど……。でも、オズウェルがそばにいてくれるなら、きっと大丈夫だわ)

 ヴィエラは決意を固めるように、オズウェルの手を握り返した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

処理中です...