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第4章

34・薬

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 ヴィエラの記憶が戻ってから二日後。
 次第に体調も回復してきて、普段通りに生活できるようになったヴィエラは、オズウェル、セリーンとともに宮廷医師のもとを訪れていた。

「ヴィエラ様が飲まされた薬は、一般的に流通しているものではなく、やはり特殊に調合されたものでした。使われている材料から推察して真似たものを作りましたが、使用した実験体は飲んだ直後に昏睡、昏倒、意識混濁、中には死亡する個体まで……。恐ろしい薬物です」

 (……ええと。たしかに恐ろしいんだけど、一体で実験したんだろう)

 宮廷医師は「ああ、恐ろしい」と震えてみせる。
 彼の言葉の意味を深く考えていたら余計怖くなるような気がして、ヴィエラは意識的に思考を逸らすことにした。

「しかもこれ、15年前の集団貴族昏倒事件に使われたものと成分が同じです」

「……なるほどな。これがロレーヌから出てきたということは……」

「……おそらくそういうことだと。かなり特殊な材料でつくられていましたので、その線が濃厚かと思われます」
 
 (15年前の事件?)

 オズウェルと宮廷医師はなにやら話し込んでしまった。ヴィエラには一体なんの話をしているのか分からずに首を傾げる。
 二人が神妙な顔をして黙ったのを見て、ヴィエラは聞いてもいいだろうかと躊躇いがちに口を開いた。

「あ、あの、私この薬と多分同じものをレミリア様に過去に飲まされたことがあって……」

「……おお……。いろいろと決定的ですね……」
 
 ヴィエラの言葉に、宮廷医師は思わず苦い表情を浮かべて乾いた笑いを漏らしている。
 ヴィエラはその反応に多少戸惑いつつも続けた。

「私が昔記憶をなくしたのも、この薬のせいだったりします……?」

 先ほど宮廷医師が並べあげたこの薬の作用の中には記憶喪失はなかった。
 結局自分はどうして忘れていたのだろうと、ヴィエラは疑問に思ったのだ。
 ヴィエラの質問に、宮廷医師は少し考え込んでいるようだった。

「そうですね……。資料によると、過去の事件では一時的に記憶を失ったものもいるようですので、否定は出来ないかと。ですが、ここまで長期で思い出せなかったのは、お話を聞く限り、ヴィエラ様自身が心を守るために自己防衛されていた面もあるのではないですかね」

 当時の出来事を考えれば、心を守るために思い出さないようにしたというのは納得ができるものだった。 
 事故で亡くなったと思っていた両親が実は殺されていて、その主犯が知り合いの貴族で、挙句薬を飲まされて異国へ捨てられるなど、簡単に受け止められるような出来事ではない。
 
 (もしかしたら、薬の味や匂いで思い出したのかもしれないわ)

「今回症状が軽い方だったのは救いでしたね」

「……一つ質問していいか」

 しばらく黙っていたオズウェルが、宮廷医師に静かに尋ねた。
 
「はい、なんでしょう」

「ヴィエラが過去飲まされた時と今回で、症状が微妙に異なるのはなぜだ?」

「個人差やその時の体調にもよるかとは思いますが、量も影響しているかと。完全に解明できている訳ではありませんので、断言は出来ませんが……」

 (なるほど。たしかに以前と今回では状況がまったく違うわ)

 一度目は、原液そのままを幼い体に大量に飲まされた。
 今回は紅茶に溶かされたものをほんの一口。

 だがそのほんの一口で三日間も昏睡するとは……。
 解毒薬を飲ませてもらってこれだと考えると、恐ろしくてたまらなくなる。
 
 (やっぱりこの薬は危険だわ)

 薬だけでなく、この薬を作ったと思われるロレーヌ家も同じように危険だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 医務室を出て、ヴィエラは扉の前ではぁとため息を吐き出した。
 ヴィエラの様子に気づいたオズウェルが、顔をのぞきこんでくる。

「どうした。疲れたか」

「あ、ううん! 大丈夫!」

 これ以上、オズウェルに心配をかけたくない。
 ヴィエラは慌てて首を横に振って笑顔を作った。

 ヴィエラの作り笑顔に気づいたのか、オズウェルは顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。
 
「……お前さえよかったら、今から気晴らしに出かけないか」

 思ってもみなかったオズウェルの誘いに、ヴィエラは薄紫の瞳をぱちぱちと瞬かせてしまう。
 確かにまだ日が高い時間ではあるから、外出しても問題はないだろう。
 だが、ヴィエラが一番気になったのはそこではなかった。

 (それって城の外ってこと?)

 ヴィエラがルーンセルンの城で暮らすようになってから一ヶ月と少し。
 城の中庭や温室には立ち寄ったが、完全に城から出たことはまだない。
 
「それはうれしいけれど……どこへいくの?」

 内心ワクワクしながら尋ねるヴィエラに、オズウェルは安堵したようだった。
 
「……ホワイトリーの屋敷へいこう」
 

 
 
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