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第3章

26・来訪

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 翌日。

 (昨日、仲良くできる気がしないって思ったばかりなのに……!)

 ヴィエラとセリーンは、困り顔でお互い顔を見合わせていた。
 何故かと言うと、ヴィエラの部屋に突然レミリアが押しかけてきたからだった。
 当のレミリアはというと、堂々とした様子で椅子に座り、興味深そうに部屋の中を見回している。

 もちろんだが、ヴィエラは部屋に招き入れてはいない。
 レミリアが勝手に押し入ってきたのである。

「まぁ、仮にもオズウェル様の婚約者なのに随分と質素な部屋なのね。わたくしならもっと飾り付けますのに」

 レミリアは扇子で口元を隠しながら大袈裟な口調で言う。
 
 (そんなことを言われても……)

 ヴィエラの部屋には元々設えられていた調度品と、オズウェルが毎日贈ってくれるアネモネの花が飾ってあるくらいだ。
 確かに、一見飾り気がないように見えるかもしれない。
 だが、オズウェルから贈られた花を見るだけでヴィエラは幸せな気持ちになる。品の良い家具で揃えられたこの部屋は、ヴィエラにとってすっかり落ち着く空間になっていた。
 
「レミリア様、申し訳ありませんが約束のない訪問はお控え頂けますか」

 セリーンが不満をあらわにレミリアへ進言する。
 対してレミリアは、わざとらしく目を見開いた。

「あら、わたくしホワイトリーさんとお友だちになりたいと思ってわざわざ来たのよ? お友だちならアポイントは必要ないのではなくて?」

「……お友だち……?」

 親しき仲にも礼儀あり、という言葉があるように、たとえ友だちであっても訪問する場合は約束が必要なようにヴィエラは思う。
 しかしそれよりもヴィエラを混乱させたのは、レミリアの口から発された「友だちになりたい」という台詞だった。
 
「ええ! わたくしたち、いいお友だちになれると思わない?」

「え、ええと……」
 
 真意の読めない笑顔を浮かべるレミリアに、ヴィエラはつい顔をひきつらせてしまった。
 ヴィエラからしたら、まったくもって「いいお友だち」になれる気がしないのだ。
 昨日「絶対に許さないわ」と息巻いていたレミリアの甲高い声がヴィエラの耳には残っている。

「そうね、手始めに模様替えでもしてさしあげるわ!」

「え」

「まずは……この花瓶、邪魔でしょ? 花なんて飾っても無意味よ」

 レミリアは椅子から立ち上がると、サイドボードに置かれていた花瓶に手を伸ばした。

 (それはダメ……!)
 
 ヴィエラは咄嗟にレミリアを止めようとするが……。

「や、やめてください……!」

「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ」

 止めるよりも先に、レミリアの手から花瓶が滑り落ちた。
 ガシャンと音を立てて、花瓶が割れる。
 水が床に広がり、無惨にもアネモネの花が散らばっていく。

「でもこれ、オズウェル様がお育てしている花じゃないの? まさか勝手に摘んだの? まぁさすがね、男爵家の方はやることが違うわ」
 
 レミリアは、わざわざアネモネの花をピンヒールの先で踏みつけた。
 ぐり、と花を踏みにじられて、ヴィエラの頭が真っ白になる。

 (……ひどい)

「……違います。オズウェルから頂いたんです」

 ヴィエラは涙をこらえるように俯いたままぎゅっと拳を握りしめた。
 
「……っ! わたくしが何度お願いしてもいただけなかったのに……!」

 先程まで笑顔で取り繕っていたレミリアの顔に、さっと怒りが滲む。
 ヴィエラもさすがに我慢できなくて口を開こうとしたそのとき、今まで黙って控えていたセリーンがヴィエラの前に進み出た。
 
「……レミリア様」

 セリーンが黒く冷たい微笑みを浮かべている。こめかみに青筋が浮いているように見えるのは気のせいだろうか。

 セリーンはつかつかとレミリアに近寄ると、彼女の腕をぐいと掴んだ。問答無用で引っ張っていく。
 そのままぽい、とレミリアを部屋の外に放り出した。

「お帰りください」

「ちょっと! 離しなさいよ! わたくしを誰だと思っているの!?」

 セリーンの指示を受けて、廊下にいたほかの使用人がレミリアを連行していくのがヴィエラにも声でわかった。

 ようやく室内に静寂が訪れて、ヴィエラはほっと息を吐き出す。

 (せっかくオズウェルにもらったのに……)

 ヴィエラはしゃがみこんでレミリアに踏まれたアネモネの花に手を伸ばした。
 無事なものもあるが、花びらが散り、踏み潰された花を見ると、どうしても悲しくなってしまう。

「……すぐに新しい花瓶をお持ちいたしますね。無事な花をすぐに飾りなおしましょう」

 ヴィエラの背中に、セリーンが声をかけてきた。
 彼女の声が労わるように優しいから、余計泣きたくなる。

「……ありがとう」

「レミリア様のことも、すぐにオズウェル様にご報告して参ります。出禁にして頂きましょうね!」

 なぜだかヴィエラよりもセリーンの方が、レミリアに怒ってくれている気がする。
 セリーンの態度が嬉しくて、ヴィエラは小さく微笑んだ。

 だけれどヴィエラは、同時に心の片隅で感じていた。

 (これで終わり、なわけがないわよね)

 そもそもレミリアは、なんの為にヴィエラの部屋に来たのだろうか。
 嫌がらせのためにわざわざ来たのか。

 もしそうなら、これだけで彼女の気が済むとはヴィエラには思えない。

 胸に湧いた一抹の不安をかき消すように、ヴィエラは小さくかぶりを振った。
 
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