26 / 52
第3章
26・来訪
しおりを挟む翌日。
(昨日、仲良くできる気がしないって思ったばかりなのに……!)
ヴィエラとセリーンは、困り顔でお互い顔を見合わせていた。
何故かと言うと、ヴィエラの部屋に突然レミリアが押しかけてきたからだった。
当のレミリアはというと、堂々とした様子で椅子に座り、興味深そうに部屋の中を見回している。
もちろんだが、ヴィエラは部屋に招き入れてはいない。
レミリアが勝手に押し入ってきたのである。
「まぁ、仮にもオズウェル様の婚約者なのに随分と質素な部屋なのね。わたくしならもっと飾り付けますのに」
レミリアは扇子で口元を隠しながら大袈裟な口調で言う。
(そんなことを言われても……)
ヴィエラの部屋には元々設えられていた調度品と、オズウェルが毎日贈ってくれるアネモネの花が飾ってあるくらいだ。
確かに、一見飾り気がないように見えるかもしれない。
だが、オズウェルから贈られた花を見るだけでヴィエラは幸せな気持ちになる。品の良い家具で揃えられたこの部屋は、ヴィエラにとってすっかり落ち着く空間になっていた。
「レミリア様、申し訳ありませんが約束のない訪問はお控え頂けますか」
セリーンが不満をあらわにレミリアへ進言する。
対してレミリアは、わざとらしく目を見開いた。
「あら、わたくしホワイトリーさんとお友だちになりたいと思ってわざわざ来たのよ? お友だちならアポイントは必要ないのではなくて?」
「……お友だち……?」
親しき仲にも礼儀あり、という言葉があるように、たとえ友だちであっても訪問する場合は約束が必要なようにヴィエラは思う。
しかしそれよりもヴィエラを混乱させたのは、レミリアの口から発された「友だちになりたい」という台詞だった。
「ええ! わたくしたち、いいお友だちになれると思わない?」
「え、ええと……」
真意の読めない笑顔を浮かべるレミリアに、ヴィエラはつい顔をひきつらせてしまった。
ヴィエラからしたら、まったくもって「いいお友だち」になれる気がしないのだ。
昨日「絶対に許さないわ」と息巻いていたレミリアの甲高い声がヴィエラの耳には残っている。
「そうね、手始めに模様替えでもしてさしあげるわ!」
「え」
「まずは……この花瓶、邪魔でしょ? 花なんて飾っても無意味よ」
レミリアは椅子から立ち上がると、サイドボードに置かれていた花瓶に手を伸ばした。
(それはダメ……!)
ヴィエラは咄嗟にレミリアを止めようとするが……。
「や、やめてください……!」
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ」
止めるよりも先に、レミリアの手から花瓶が滑り落ちた。
ガシャンと音を立てて、花瓶が割れる。
水が床に広がり、無惨にもアネモネの花が散らばっていく。
「でもこれ、オズウェル様がお育てしている花じゃないの? まさか勝手に摘んだの? まぁさすがね、男爵家の方はやることが違うわ」
レミリアは、わざわざアネモネの花をピンヒールの先で踏みつけた。
ぐり、と花を踏みにじられて、ヴィエラの頭が真っ白になる。
(……ひどい)
「……違います。オズウェルから頂いたんです」
ヴィエラは涙をこらえるように俯いたままぎゅっと拳を握りしめた。
「……っ! わたくしが何度お願いしてもいただけなかったのに……!」
先程まで笑顔で取り繕っていたレミリアの顔に、さっと怒りが滲む。
ヴィエラもさすがに我慢できなくて口を開こうとしたそのとき、今まで黙って控えていたセリーンがヴィエラの前に進み出た。
「……レミリア様」
セリーンが黒く冷たい微笑みを浮かべている。こめかみに青筋が浮いているように見えるのは気のせいだろうか。
セリーンはつかつかとレミリアに近寄ると、彼女の腕をぐいと掴んだ。問答無用で引っ張っていく。
そのままぽい、とレミリアを部屋の外に放り出した。
「お帰りください」
「ちょっと! 離しなさいよ! わたくしを誰だと思っているの!?」
セリーンの指示を受けて、廊下にいたほかの使用人がレミリアを連行していくのがヴィエラにも声でわかった。
ようやく室内に静寂が訪れて、ヴィエラはほっと息を吐き出す。
(せっかくオズウェルにもらったのに……)
ヴィエラはしゃがみこんでレミリアに踏まれたアネモネの花に手を伸ばした。
無事なものもあるが、花びらが散り、踏み潰された花を見ると、どうしても悲しくなってしまう。
「……すぐに新しい花瓶をお持ちいたしますね。無事な花をすぐに飾りなおしましょう」
ヴィエラの背中に、セリーンが声をかけてきた。
彼女の声が労わるように優しいから、余計泣きたくなる。
「……ありがとう」
「レミリア様のことも、すぐにオズウェル様にご報告して参ります。出禁にして頂きましょうね!」
なぜだかヴィエラよりもセリーンの方が、レミリアに怒ってくれている気がする。
セリーンの態度が嬉しくて、ヴィエラは小さく微笑んだ。
だけれどヴィエラは、同時に心の片隅で感じていた。
(これで終わり、なわけがないわよね)
そもそもレミリアは、なんの為にヴィエラの部屋に来たのだろうか。
嫌がらせのためにわざわざ来たのか。
もしそうなら、これだけで彼女の気が済むとはヴィエラには思えない。
胸に湧いた一抹の不安をかき消すように、ヴィエラは小さく頭を振った。
81
お気に入りに追加
802
あなたにおすすめの小説
【R18】身代わり令嬢は、銀狼陛下に獣愛を注がれる
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
人間の国で王太子妃となるべく育てられた公爵令嬢エマ。だが、エマの義妹に獣人国との政略結婚が持ち上がった際に、王太子から「君の妹を好きになってしまった」と言われて義妹に奪われた挙げ句、エマが獣人国に嫁がされることになってしまった。
夫になったのは、獣人国を統べる若き皇帝ファング・ベスティエ。狼獣人と人間の混血である彼は、ほとんど人間といって差し支えのない存在だ。だが、あまり愛のある結婚とは言えず、妻として求められるのは月に一度きりであり、満月の前後には全く会うことが出来ない。
そんな状態が1年近く続いたある時、豹令嬢から「私は満月の日の前後、ファング様から夜の呼び出しがあっている」と告げられてしまい――?
※ムーンライトノベルズで日間1位になりました。
※10000字数程度の短編。全16話。
※R18は正常位(半獣人)→対面座位(獣人)→後輩位(獣姦)、苦手な人は避けてください。
ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?
yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました*
コミカライズは最新話無料ですのでぜひ!
読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします!
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。
王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?
担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。
だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった
ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。
あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。
細かいことは気にしないでください!
他サイトにも掲載しています。
注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった
春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。
本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。
「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」
なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!?
本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。
【2023.11.28追記】
その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました!
※他サイトにも投稿しております。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる