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第1章
5・差し入れ
しおりを挟むヴィエラがルーンセルンにやってきて一週間が経った。
しかし、オズウェルとは最初の日に話したきり、そのあと一度もヴィエラは顔を合わせることができないでいた。
「ヴィエラ様、今日もオズウェル様から花が届いておりますよ」
「あ、ありがとう」
だが、話ができない代わりとでもいうように、オズウェルから毎朝アネモネの花が一輪届く。
そんな日々がこの一週間続いている。
セリーンいわく、メーベルとルーンセルンの国交が正常化されたせいもあって、皇帝であるオズウェルには大量の政務が押し寄せているらしい。
だが、しかしだ。
(さすがにこれは、妻としてまずいわよねぇ)
ヴィエラは食後の紅茶を飲みながら、うーんと考え込む。
厳密にいうとヴィエラはまだ妻ではなく、婚約者という立場ではある。
それでも、一週間も顔を合わせていない今の状況は、さすがに問題があるだろう。
オズウェルとは同じ城に暮らしている以上、下手に不仲だのと周囲に噂を立てられでもしたら厄介だ。
(それに、オズウェルから話を聞きたいのだけど……)
オズウェルは、何やら過去のヴィエラについて知っている風だった。
空白の記憶を埋めるためにも、これから夫婦となるためにも、オズウェルと会話をしたいところだ。
(どうしたものかしら……)
とりあえず、セリーンに相談でもしてみようか……。
思い立ったヴィエラは、サイドボードの上に置かれた花瓶に花を飾ってくれているセリーンに声をかけることにした。
◇◇◇◇◇◇
30分後……。
(ど、どうしよう)
ヴィエラはサンドイッチの載ったトレーを片手に、オズウェルの部屋の前で立ち尽くしていた。
(どうしたらいいの)
セリーンに相談した結果、ヴィエラはセリーンに何故か調理場へ連れていかれることになった。
そして、「これを持って差し入れにでもいかれたらいかがですか」とサンドイッチを渡されたのだ。
さらに、調理場にいた料理長に「これもどうぞ」と紅茶の入ったティーカップもトレーに載せられて、今に至る。
(さ、さすがに迷惑かしら……)
オズウェルはきっと仕事中だろう。
こんなものを持っていって、迷惑ではないだろうか。
(やっぱり、引き返そう……)
ヴィエラが踵を返そうとした矢先、目の前の扉が音を立てて開いた。
「そこで何をしている」
「あ」
低い声が上から降ってきて、ヴィエラは思わずそちらを見上げた。
びくりと身を固めてしまう。
そこには、不思議そうな顔をしたオズウェルが部屋の扉を開けてヴィエラを見ていた。
「あ、あの……オズウェル……」
「どうした、何か用か?」
「いえ、あの……その……」
用と言われてもヴィエラは答えに困ってしまう。
大した用事ではないのだから。
返答にならない言葉を繰り返すヴィエラを、オズウェルは訝しげに観察して。
そして、オズウェルはヴィエラが手に持っているものに気づいたようだった。
「これは……?」
「……あの、さ……差し入れで」
気づかれてしまってはどうしようもない。
ヴィエラはオズウェルの様子を伺いながら、そっと告げた。
(ああぁ、迷惑かしら……。多分政略結婚なのだから、必要以上にかかわって欲しくなかったりする?)
この城に迎え入れてくれた時の、オズウェルの妙に親しげな態度は気にかかるが、普通に考えてこれは政略結婚のはずだ。
どこまで距離を詰めていいものか分からない。
ぐるぐるとヴィエラが考えていると……、オズウェルはヴィエラの持つトレーからひょいとサンドイッチを一つ手に取った。
「えっ?」
そのまま口に運んで、サンドイッチを黙々と食べていく。
「え、え……オズウェル、ここ、廊下っ」
立ったままで食べるなど、立食でもないのにマナー的な問題は大丈夫なのだろうか。
ヴィエラが慌てている間に、オズウェルは皿に乗っていたすべてのサンドイッチを食べ終わり、ふわりと微笑んだ。
「美味かった。ありがとう」
(…………っ!)
その優しい微笑みに、どくんとヴィエラの胸が大きく跳ねる。
(私が作ったわけじゃないのに……)
ヴィエラは料理長が作ったサンドイッチを持ってきただけだ。功績の大半は料理長にある。
それなのに、頬が熱い。
オズウェルの顔を直視出来なくて、ヴィエラは俯いた。
「……よかった」
誰がオズウェルを冷酷だなどと言ったのだろう。
(こんなにも、優しいのに)
ふわふわとした甘やかな気持ちが胸に降り積もり始めるのを感じながら、ヴィエラはただオズウェルが部屋に戻っていくのを待っていた。
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