【番外編追加】冷酷な氷の皇帝は空っぽ令嬢を溺愛しています~記憶を失った令嬢が幸せになるまで~

柊木ほしな

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第1章

1・婚約話は突然に

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 それはヴィエラにとって、あまりにも突然の話だった。

 窓の外から暖かな日差しの差し込む、穏やかな昼下がり。
 ヴィエラの養父であるエルンスト公爵は静かに告げた。

「隣国ルーンセルンの皇帝が、お前を娶りたいそうだ」

「…………はい?」

 話がある、と呼ばれて養父の書斎にやってきてすぐに告げられた衝撃的すぎる言葉に、ヴィエラの頭がついて行かない。

 (それは、結婚しろということ?)

 混乱するヴィエラに、エルンスト公爵はさらに付け加えた。
 
「お前を、今すぐにでも嫁に欲しいらしい。行ってくれるな?」

「……っ」

 有無を言わせないエルンストの視線に、ヴィエラは息を詰まらせる。

 これは、命令だ。養父といえど……否、恩義のある養父だからこそヴィエラは逆らえない。

 しかも相手は一国の皇帝。
 話を聞く限り、この縁談は向こうから持ちかけてきたものだろう。
 一公爵の身で、皇帝などという高身分からの求婚を、おいそれと断ることができるものではない。

 (それにしても、お義父様がこんなに厳しい顔をしているのは珍しいわ)
 
 エルンスト公爵は、ヴィエラにとって穏やかで優しい養父だった。
 そんな彼がここまで硬い表情をしているのは珍しい。

 (ああ、もしかして、国王様からも何か言われているのかしら)

 ヴィエラの住まう国・メーベルは、一年を通して温暖な気候であることから別名『花の国』とも呼ばれている。小国ながら豊かな国だ。
 対してルーンセルン帝国は、一年を通して雪が降り積もる寒冷な土地。永久凍土の不毛な大地には実りも少ない。
 歴史上、メーベルとルーンセルンは豊かな大地を奪い合って、対立することがしばしばあった。
 現在は互いに不干渉の条約が結ばれて、表面上平和になってはいるが……。

 この結婚は、政略結婚だろう。両国の関係に影響を与えることは間違いない。
 国王からの圧力が、エルンスト公爵にかけられていてもおかしくは無い。

 でも、とヴィエラは疑問を感じて首をひねった。

 メーベル国には王女が三人いたはずだ。ちょうど三人とも結婚適齢期で未婚。
 一国の主である皇帝陛下の結婚相手ならば、公爵家に拾われた出自のしれないヴィエラよりも、王女の方がふさわしいのではないだろうか。

 (なんで、私……?)

 
 ◇◇◇◇◇◇


 エルンスト公爵から話を聞いたその日から、ヴィエラが隣国ルーンセルンへ向かう準備は着々と進められていった。
 エルンストはあれからすぐに、皇帝へ婚姻を承諾する返事を出したらしい。

 そうして一ヶ月後。
 隣国へと向かう馬車に揺られながら、ヴィエラはため息をついていた。

 (いつかこうなることは覚悟していたけど……)

 ヴィエラはエルンスト公爵夫妻の実の子どもではない。
 7年前の肌寒い夜、ヴィエラは何故か記憶を失い街のはずれをさまよっていた。
 ただ一つ覚えていたのは、自分の名前がヴィエラ・ホワイトリーだということだけ。
 今までどこで何をしていたのか、どうしてここにいるのか、ヴィエラには何も分からなかった。

 メーベルの国民は、赤毛や茶髪に緑や琥珀の瞳をした人間が多い。
 それに対して、ヴィエラは雪のように白い肌に、金の髪、薄紫の瞳。
 ヴィエラのもつ容姿は、どれ一つとってもメーベル国では珍しいらしく、街の人はヴィエラが近寄ると慌てたように去っていった。
 
 そんなヴィエラを救ってくれたのがエルンスト公爵夫妻だ。
 あの時助けてもらわなかったら、今のヴィエラはいない。
 だから、皇帝と結婚することで恩返しができるのなら安いものだ。
 実際この婚姻で、滞っていたルーンセルンとの貿易が再開したそうで、国王陛下もエルンスト公爵夫妻もとても喜んでいた。

 (だけど……)

 気が重い。

 ヴィエラは馬車の窓から流れていく景色に視線を移した。
 馬車は祖国メーベルをどんどん離れ、遠く離れたルーンセルンへ向かっていく。
 草木芽吹くメーベルの景色は、次第に雪の降り積るルーンセルンの景色へ。
 気温もどんどんと下がっていくのを感じて、ヴィエラは持ってきた上着を羽織る。

 (会ったこともない人の妻になるなんて、私、上手くできるかしら。私は、空っぽなのに)

 エルンスト公爵に拾われてから7年間、ヴィエラは公爵令嬢として生きてきた。
 それ以前の素養なのかは不明だが、貴族としての礼儀作法が体に染み付いていたらしく、令嬢として問題なく過ごすことが出来た。
 だが、心が欠けていて満たされない思いをヴィエラは抱えていた。

 (それに――)

 ヴィエラの気がかりはそれだけではなかった。ルーンセルンの皇帝にはある噂があるのだ。

 考えれば考えるほど気が重くなっていく。
 ヴィエラは馬車の中でもう一度、深いため息を吐き出した。
 
 
 
 

 
 
 
 
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