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「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」

 ここは王立学園の大講堂。今日は明日から始まる夏休みを前に、恒例の舞踏会が開催されている。学園長が開始の挨拶をする前に、この国の王太子であるカインが演壇に立ち、自身の婚約者である公爵令嬢のアリンを鬼のような目で睨み付けていた。

 その傍らには、可憐で小動物のように庇護欲をかき立てる儚げな容姿の男爵令嬢サーシャの姿があった。その周りをまるで彼女を守るナイトのように、カインの取り巻き達四人が囲んでいる。集まった他の生徒達はその光景を興味津々といった感じで眺めていた。
 
「えぇ、突き落としましたが、それが何か?」

 問われたアリンは何事もなかったかのようにそう答えた。

「な、何かだとぉ~!? 貴様ぁ! サーシャを殺す気か!?」

 カインは怒髪天を衝く程の怒りを込めてそう言った。

「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」

 アリンはまたもサラッと返す。

「き、貴様ぁ!? それでも人間か!? 人の心は無いのか!?」

 カインの顔は怒りで真っ赤に染まっている。

「だってその女、人の言葉が通じないんですもん。獣と一緒ですよ。害獣を駆除して何が悪いんですか?」

 アリンは心底不思議そうな顔をした。

「言葉が通じない!? それはどういう意味だ!?」

 そこで初めてカインが訝しげな表情になった。

「言葉通りの意味です。私、何度も何度も何度も何度も何度もその女に言いました『婚約者の居る男性に妄りに触れてはならない』『婚約者の居る男性のことを軽々しく愛称で呼んではならない』『婚約者の居る男性に馴れ馴れしく話し掛けてはならない』と」

 そこでアリンはいったん言葉を切った。そして更に続ける。

「それに対してその女の答えはいつも決まって『酷い! 私が身分の低い男爵家の娘だからそんな意地悪なこと言うんですね!』そして泣き出す。このパターンの繰り返しでした。これのどこに言葉の通じる要素があります? 狙ったように婚約者の居る男性にばかり粉を掛けるような害獣を、これ以上野放しにしておけませんので駆除しようと思ったのですが、階段から落ちたくらいじゃ死なないとは。やっぱり中々に強かな女ですわね」

 そう言われてカインは鼻白んだ。もしかしたら心当たりがあるのかも知れない。サーシャに確認しようと口を開き掛けた時だった。

「アリン様、害獣というより病原菌といった方が正しいかも知れませんわよ?」

 そう言ってアリンの後ろから現れたのは、辺境伯令嬢のイリンだった。ちなみにカインの取り巻きの一人、宰相子息の公爵子息キインの婚約者である。
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