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 エリザベートの興奮が止まらない。

「今日居るの!? どこに居るの!? 握手握手! 握手して欲しい! あ、サイン色紙持ってない!?」

 今にも屋敷中、兄を探して回りそうな勢いだ。

「え、エリザベート! だからちょっと落ち着きなさいって! 今日兄は出掛けてて居ないから!」

「なんだそうなの...」

 エリザベートが急に勢いを失くす。

「それに兄はサインなんか書いたことないから、サイン色紙もウチには無いわよ」

「あ、そりゃそうよね。言われて初めて気付いたわ。正体不明の作家だったんだもんね」

「そういうことよ」

「ん!? ちょっと、ちょっと待って!? そのお兄さんが後継者に復帰するってことは...」

「えぇ、そういう意味よ。本人は作家業を引退するって言ってるわ」

「そ、そんなぁ~! う、ウソでしょうぉ~!」

 エリザベートがこの世の終わりみたいな顔をする。

「残念ながら本当よ」

「どうして!? なんで!?」

「もう書けなくなったんですって」

「なんでよぉ~! あんな才能の塊みたいな人が! 心踊らせる熱い文章が、胸を締め付ける切ない物語がもう読めないって言うのぉ~!? そんなん嫌よぉ~!」

 ついにエリザベートは泣き出してしまった。その気持ちは良く分かる。私だって同じ気持ちだ。なにより兄の才能に気付いて、一番最初にファンになったのは他ならぬこの私なんだから。

「まぁ芸術家の考えることっていうのは、我々凡人には理解できないってことでしょ。それにね、あの物書きが天職みたいな兄のことだから、家督を継いだすぐ後は忙しくて無理でも、少し落ち着いたらなんだかんだでまた書き始めるんじゃないかしら?」

「ホントに!?」

 途端にエリザベートが泣き止んだ。期待に満ちた目を向けて来る。

「あ、ゴメン...今のは私の希望的観測が多分に入ってる...」

「あぁ、そりゃそうよね...」

 またもやシュンとなるエリザベート。見てて飽きないな。

「だからね、家督を継ぐのに慣れて貰うのもそうだけど、早目に身を固めて余裕が出来て欲しいなって思っているのよ」

「なるほど...ねぇ、アンリエット。私なんかどう?」

「バカ言わないで。あなたには私と違ってちゃんとした婚約者が居るじゃないの」

 いきなりなにを言い出すんだコイツは。

「あぁ、そういえば居たっけ...」

「そういえばって...いくらなんでもお相手のベンジャミンに失礼でしょ...」

 エリザベートの婚約者ベンジャミンは侯爵家の嫡男だ。

「そうなんだけどね...あの人は悪い人じゃないのよ? 良い人なんだけど...なんていうか全体的に覇気が無いっていうか...」

 確かに...私も会ったことはあるけど、エリザベートとは対照的に物静かなタイプだったな。というか存在感が無いと言えなくもないような...
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