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マルクはその日も朝から怒りを爆発させていた。
「崖崩れだとぉ!?」
「は、はい、今朝早く隊商の一人が連絡に参りまして...」
「それで復旧はいつ頃になりそうなんだ!?」
「それが見通しが立たないそうです...」
「なんだとぉ!?」
冗談ではない。やっとこのクソみたいな状況が、少しはマシになるかと思っていたのに。缶詰めばかりの食事には飽き飽きしているし、酒もワインしかないので飲み飽きた。何よりアテにしていた人手の確保が出来ないのは痛い。
今やこの屋敷はほとんど機能していない。うず高く積まれた汚れ物の山。台所から溢れんばかりの汚れた食器類。歩く度に埃が舞い上がる不潔な室内。まさにゴミ屋敷状態である。
一向に収まらない酷い痒みに加え、この状況は肉体的にも精神的にもマルクを追い詰めていた。
「仕方ない、街に向かえ! 食糧をあるだけ持って来いと伝えろ! それと人手だ! 特に女手が足りん! 無理矢理にでも連れて来い!」
屋敷に護衛という名の私兵が沢山居た時ならともかく、自分一人で嫌がる女を連れて来れる訳がない。家令はそう舌打ちしたが、今は逆らっても無駄だと悟ったので、取り敢えず伝えるだけは伝えようと街へ急いだ。
「な、なんだこれは!?」
家令は目を見張った。街の入口にある大きな門は閉ざされている。守衛は高い外壁の上に居る。何やら見慣れない白い服に身を包んでいて、顔まですっぽり覆う頭巾を頭から被っている。決して自分に近寄ろうとしない。
「おい、これはどういうことだ! さっさと門を開けろ!」
「知らないのか? 屋敷内で伝染病が流行ってから、感染防止のために屋敷に居た人間は街に出入り禁止だ。収束するまでは、街の人間が屋敷に近付くのも禁じられている。聞いてないのか?」
聞いていなかった。今はもう逃げてしまった使用人に任せていた為、家令である自分がわざわざ街に出向くことは今までなかった。
「ふ、ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか!? 誰の許しを得てこんな! いいからさっさと門を開けろ! こちらは領主様のご命令だ! 逆らったらどうなるか分かっているんだろうな!?」
「こちらは領主夫人の指示に従っている。不甲斐ない領主に代わって我々を導いて下さるお方だ」
「な、なに!? り、領主夫人だと!?」
誰だそれは? と言いそうになった言葉を慌てて呑み込む。あの日、我々が屋敷にも入れずに追い払った淫売が、街に根付き住民達を導いているだと!? 俄には信じ難いが、追い出した自分達に負い目がある。あまり強くは言えない。ましてや領主夫人の言葉ともなれば、領主の言葉と同じくらいの重みがある。
「わ、分かった。ではせめて食糧だけでも運んでくれないか? 屋敷にある食糧が底をついている」
「それは我々も同じだ。隊商が来るまで何とか遣り繰りしているような状況で、他に回せる余裕は無い、いつ来るんだ?」
「そ、それが...崖崩れが起こってしばらく来れない...」
「だったら尚更切り詰めないとな。ますます余裕は無い」
「そこをなんとか...」
「くどい! 我々に飢え死にしろとでも言うつもりか!」
「い、いや、そんなつもりじゃ...わ、分かった、もういい...」
「あぁ、缶詰めなら少し分けてやらんでもない」
「いや、それは結構だ...」
「そうか、済まんな。我々もそろそろ限界なんだ」
腐っても領主の屋敷だ。備蓄用の缶詰めならまだ沢山ある。家令はトボトボと肩を落として帰って行った。それを見送っている守衛に同僚から声が掛かる。
「お~い、交代の時間だぞ~」
「おう、分かった。今行く。今日のランチはなんだ?」
「肉じゃが」
「また肉か...」
守衛はぽっちゃりしてきたお腹を擦りながらため息を吐く。ここのところ毎日肉だ。
「まぁそう言うな。しばらくは我慢だ。ちなみに俺は肉抜きの肉じゃがにして貰った」
「それただの「じゃが」じゃねぇか」
二人で苦笑した。
「崖崩れだとぉ!?」
「は、はい、今朝早く隊商の一人が連絡に参りまして...」
「それで復旧はいつ頃になりそうなんだ!?」
「それが見通しが立たないそうです...」
「なんだとぉ!?」
冗談ではない。やっとこのクソみたいな状況が、少しはマシになるかと思っていたのに。缶詰めばかりの食事には飽き飽きしているし、酒もワインしかないので飲み飽きた。何よりアテにしていた人手の確保が出来ないのは痛い。
今やこの屋敷はほとんど機能していない。うず高く積まれた汚れ物の山。台所から溢れんばかりの汚れた食器類。歩く度に埃が舞い上がる不潔な室内。まさにゴミ屋敷状態である。
一向に収まらない酷い痒みに加え、この状況は肉体的にも精神的にもマルクを追い詰めていた。
「仕方ない、街に向かえ! 食糧をあるだけ持って来いと伝えろ! それと人手だ! 特に女手が足りん! 無理矢理にでも連れて来い!」
屋敷に護衛という名の私兵が沢山居た時ならともかく、自分一人で嫌がる女を連れて来れる訳がない。家令はそう舌打ちしたが、今は逆らっても無駄だと悟ったので、取り敢えず伝えるだけは伝えようと街へ急いだ。
「な、なんだこれは!?」
家令は目を見張った。街の入口にある大きな門は閉ざされている。守衛は高い外壁の上に居る。何やら見慣れない白い服に身を包んでいて、顔まですっぽり覆う頭巾を頭から被っている。決して自分に近寄ろうとしない。
「おい、これはどういうことだ! さっさと門を開けろ!」
「知らないのか? 屋敷内で伝染病が流行ってから、感染防止のために屋敷に居た人間は街に出入り禁止だ。収束するまでは、街の人間が屋敷に近付くのも禁じられている。聞いてないのか?」
聞いていなかった。今はもう逃げてしまった使用人に任せていた為、家令である自分がわざわざ街に出向くことは今までなかった。
「ふ、ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか!? 誰の許しを得てこんな! いいからさっさと門を開けろ! こちらは領主様のご命令だ! 逆らったらどうなるか分かっているんだろうな!?」
「こちらは領主夫人の指示に従っている。不甲斐ない領主に代わって我々を導いて下さるお方だ」
「な、なに!? り、領主夫人だと!?」
誰だそれは? と言いそうになった言葉を慌てて呑み込む。あの日、我々が屋敷にも入れずに追い払った淫売が、街に根付き住民達を導いているだと!? 俄には信じ難いが、追い出した自分達に負い目がある。あまり強くは言えない。ましてや領主夫人の言葉ともなれば、領主の言葉と同じくらいの重みがある。
「わ、分かった。ではせめて食糧だけでも運んでくれないか? 屋敷にある食糧が底をついている」
「それは我々も同じだ。隊商が来るまで何とか遣り繰りしているような状況で、他に回せる余裕は無い、いつ来るんだ?」
「そ、それが...崖崩れが起こってしばらく来れない...」
「だったら尚更切り詰めないとな。ますます余裕は無い」
「そこをなんとか...」
「くどい! 我々に飢え死にしろとでも言うつもりか!」
「い、いや、そんなつもりじゃ...わ、分かった、もういい...」
「あぁ、缶詰めなら少し分けてやらんでもない」
「いや、それは結構だ...」
「そうか、済まんな。我々もそろそろ限界なんだ」
腐っても領主の屋敷だ。備蓄用の缶詰めならまだ沢山ある。家令はトボトボと肩を落として帰って行った。それを見送っている守衛に同僚から声が掛かる。
「お~い、交代の時間だぞ~」
「おう、分かった。今行く。今日のランチはなんだ?」
「肉じゃが」
「また肉か...」
守衛はぽっちゃりしてきたお腹を擦りながらため息を吐く。ここのところ毎日肉だ。
「まぁそう言うな。しばらくは我慢だ。ちなみに俺は肉抜きの肉じゃがにして貰った」
「それただの「じゃが」じゃねぇか」
二人で苦笑した。
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