空間魔法って実は凄いんです

真理亜

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★登場人物紹介2(読み飛ばして頂いて問題ありません)

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 二度目の登場人物の紹介をしていきたいと思います。

 タイトルにも記しました通り、読み飛ばして頂いて問題ありません。こんなに長く続くとは思わなかったので、作者の備忘録も兼ねておりますw

 本当はこういうのって章分けとかして章の先頭か終わりに追加するものなんでしょうが、今からじゃ面倒なんでこのスタイルのまま続けますw

 今回は粗筋とストーリーの振り返りも最後の方に追加してます。よろしかったらご覧下さい。


◇◇◇


 主要登場人物その1

 ☆カリナ・ベルトラン → カリナ・フォーサイス。肩書きは伯爵令嬢。
  
 本作の主人公であり語り部。物語開始時10歳。
 実の母親が儚くなった7歳の頃から継母や義姉、そして実の父親から冷遇されて来た。
 そして10歳の誕生日の日に貴族としての地位も尊厳も全て奪われた。
 そのまま使用人として飼い殺しにされる所だったが、それを厭って出奔。隣国へと避難する。
 得意なのは亜空間を自在に操る空間魔法。
 対人戦では無類の強さを発揮する。主に亜空間に隠れての暗殺はお手の物。
 それに比べて体力がないため魔物戦は苦手。血を見るのが嫌いなので魔物の解体も出来ない。
 本人に自覚は全くないが、輝くような長い銀髪に意志の強そうな紫の瞳。まだあどけなさの残る顔立ちにスラリと伸びた長い手足。とてもじゃないが10歳には見えない大変な美少女である。
 しかもこれまた無自覚に男女問わずタラシ込んでしまうため、男に言い寄られることもありながら、百合百合な展開になってしまうということもしばしば。
 だが本人は年相応に性の知識が乏しいので気付いていない。
 現在はパーティーとケンカ分かれしてソロで活動している。

 

 主要登場人物その2

 ☆セリカ。肩書きは冒険者。物語登場時15歳。

 カリナが冒険者活動を始めた時の一人目の仲間。カリナと同じ空間魔法が得意。
 ただ同じ空間魔法でもカリナとは違って、瞬間移動や時間停止する収納空間などを使うことが出来る。
 なのでパーティーの中では主に食糧係として重宝されている。
 だがその反面、戦闘能力は皆無でカリナ曰く「他に類を見ない程のポンコツ」と称されることしばしば。
 元々は『ペガサスの翼』というパーティーに所属していたが、役立たずと評され追放された所をカリナに誘われて今に至る。
 黒い髪に黒い瞳。体格はやや小柄で儚い印象を受ける。
 なんとなく冒険者というよりは、どこか良家のお嬢様といった風にも見えたりする。
 パーティーから抜けたカリナを必死に探し求めている。


 主要登場人物その3

 ☆ステラ。肩書きは冒険者。物語登場時18歳。

 二人目の仲間。鳥の獣人。魔物の群れに襲われて怪我を負った所を、カリナに救われてパーティーに勧誘され今に至る。
 得意なのは鳥の姿になって空を飛ぶこと。パーティーの中の移動担当。
 なのに高所恐怖症という謎な面も持ち合わせている。
 本人曰く「自分で飛ぶ分には問題ないが、乗り物に乗って高く上がるのが怖い」とのこと。
 ロープウェイにビビり捲っていたのは記憶に新しい。
 戦闘スタイルは徒手空拳で敵に立ち向かう所謂脳筋スタイル。
 雪のように真っ白な髪に赤い瞳。目鼻立ちが整った美人で、日焼けしているのか肌は少し黒くて健康的な印象を受ける。
 元々は『女神の風』というパーティーに所属していたが、セリカ同様役立たずと評され追放されてソロで活動していた。
 こちらもセリカ同様、パーティー抜けたカリナを必死に探し求めている。


 主要登場人物その4

 ☆ラウム。肩書きは冒険者。物語登場時19歳。

 三人目の仲間。虎の獣人。魔物の群れをたった一人で蹴散らしている姿にカリナが惚れ込み、パーティーへ勧誘して今に至る。
 パーティーメンバーの中ではお色気担当? バスターソードって言うんだろうか。やたらデカくて長い剣を振り回している。
 真っ赤な長い髪を靡かせて、タンクトップからは今にもはみ出しそうなたわわに実ったお胸に、ショートパンツから伸びる足はムチムチしていて張りがある。
 元々は別のパーティーに所属していたが、獣人というだけで差別を受けていたために辞めてソロで活動していた。
 性格は豪放磊落。大食いでしかもお酒も大好き。飲み過ぎて二日酔いで苦しむこともしばしば。
 こちらも先の二人同様、パーティーを抜けたカリナを必死に探し求めている。


 主要登場人物その5

 ☆アスカ。肩書きは冒険者。物語登場時25歳。

 四人目の仲間。魔道士。5歳になる娘ルキノが居る。ラウム曰く「腕の良い魔道士」とのこと。
 元々は夫婦で冒険者をやっていたが、ルキノを妊娠中にソロで活動していた旦那が魔物に殺られてしまった。
 そこからは女手一つでルキノを育てて来たが、ルキノが流行り病に罹ってしまい治療のため王都に急ぐ途中で魔物の群れに囲まれてしまった。
 そこをカリナ達が助ける。その後パーティーに誘って今に至る。とても5歳の娘が居るとは思えないくらい若々しい金髪碧眼の美人だ。
 ちなみにルキノは母にそっくりだったりする。将来美人になるのは間違いないだろう。
 こちらも先の三人と同様、パーティーを抜けたカリナを必死に探し求めている。


 主要登場人物その6

 ☆ルキノ。肩書きはアスカの娘。物語登場時5歳。

 アスカの一人娘。母親譲りの金髪碧眼の美幼女。
 カリナに一番良く懐いていた。
 母親であるアスカには絶対にカリナを連れて帰るようにとお願いした。
 カリナの亜空間シールドで守護されている内の一人。


◇◇◇


 ここからは過去に登場していた主要人物になります。もう一度出て来るかも知れません。あくまでも予定ですw


 ・アクセル・フォン・オスマルク。オスマルク王国の第二王子。物語登場時15歳。

 狼の群れに囲まれて危なかった所を間一髪カリナに助けて貰った。その瞬間カリナに恋してしまった。
 自分の護衛をして欲しいとカリナを誘い、王宮まで連れて来た。
 その後、何度もカリナに命を救われた。カリナを婚約者にしようと裏で色々と画策する。
 具体的にはカリナの身分を伯爵家の養子にすることで伯爵令嬢に戻したり、護衛をする上での教育と偽り王子妃教育を受けさせたりとか。
 そのせいでカリナは自称婚約者を名乗るミネルバ(故人)に命を狙われる羽目になった。
 腹違いの兄が起こしたクーデター未遂をカリナが阻止した際、自分の想いをカリナに告げるが、元婚約者であるイアンに嫉妬したせいでイアンを危険な目に遭わせたことなどで、カリナから不信感を抱かれフラれてしまう。
 火の魔法が得意。ただし魔力はあんまり高くない。 


 ・イアン・コリンズ侯爵令息。物語登場時15歳。

 カリナの元婚約者。カリナが実家で酷い目に遭っていたことに激怒し、カリナの家族を断罪した。
 その後カリナの行方を追うが、中々足取りが掴めなくて苦労する。
 ようやく見付けたと思ったら、カリナはアクセルの護衛として王宮に勤めていると言う。
 会いに行くがアクセルの命で玄関払いを食らってしまう。
 途方に暮れた所をミネルバに利用され王宮へと忍び込むことに成功する。
 やっとカリナには会えたが、実はミネルバによるカリナの暗殺に加担させられていたことを知る。
 カリナの活躍でミネルバを倒し、その後改めてカリナに想いを伝えるが、カリナにとっては兄のように想っている存在だと告げられフラれる。
 氷の魔法が得意。魔力は高く範囲攻撃の威力は広範囲に及ぶ。


 ・マリス男爵令嬢、クリス子爵令嬢。

 共にカリナがソロで護衛任務を引き受けた依頼人。それぞれカリナに命を救われたことでカリナに対し百合百合な感情を抱くようになる。ただしカリナは気付いていない。


 ・ナタリア、ヒルダ。

 どちらも裕福な商人の娘。身代金目的の誘拐団に狙われた所を、初めてペアを組んだカリナとセリカに救われる。


◇◇◇


 そして最後に現在の時巻軸で登場している人物になります。

 ・フローラ。

 居酒屋の店員。カリナが初めて訪れた鉱山都市『ビエン』で、暴漢に襲われている所を助けた。
 それが縁でカリナと護衛契約を結ぶことになる。
 実は町の有力者の息子にストーカーされていた。


 ・ナディア。

 鉱山都市『ビエン』の冒険者ギルドマスター。
 とは言っても、実は閑古鳥が鳴いている廃れたギルドを押し付けられただけの苦労人。 
 本人曰く、逃げ時を誤ったらしい。


 ~ 粗筋 ~

 伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。
 後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。
 そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。
 普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。
「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。
 虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。
 空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。
 婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。
 しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃって、なぜか懐かれました。
 しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? 
 いやこれどーなっちゃうの!?


 ~ プロローグ ~

「カリナ、10歳の誕生日おめでとう! いやぁ、この日を待っていたよ! これでようやくお前を我が伯爵家から勘当できる! 今日からお前は私の子じゃなくなるのだから、私のことを父と呼ぶのも禁止だ! 分かったな!? だが安心しろ、私とて鬼じゃない。これまで養ってやったんだ。多少の情もある。お前を追い出したりはせんよ。だたし! お前は明日から使用人として働くんだ! 今まで育ててやった恩を働いて返せ! いいな!? お前の部屋は屋根裏部屋に移す。分かったら、さっさと移動しろ!」

 私、カリナ・ベルトランは10歳の誕生日に実の父親ダレンから勘当を言い渡された。普通の伯爵令嬢だったら嘆き悲しむところだろう。だが私は違った。

『その言葉を待ってました!』

 なぜなら私は、もう何年も前からこうなることが分かっていたから。その原因がこれだ。

「まぁまぁ、お可哀想に。いきなりこんなことになって、さぞやお辛いことでしょうが、これも運命だと思って諦めて頂戴ね。あの女の娘に生まれたことを後悔することね。明日からは厳しく躾てあげますから覚悟してね」

 私の母をあの女呼ばわりして薄気味悪く笑っているのは、元父の浮気相手である娼婦のベロニカだ。私から見れば元継母にあたる。そしてもう1人、

「キャハハ! お姉さまったら惨めね! 貴族から平民の、それも使用人に落とされるなんて! でも安心して! お姉さまの持ち物は全部私が貰ってあげるから! 伯爵令嬢としての地位と婚約者のイアン様も含めてね! 明日からは奴隷のようにコキ使ってあげるわ! 楽しみ~♪」

 母親そっくりの顔で醜悪な笑みを浮かべているのは、元義妹にあたる1歳違いのダリヤだ。

 3年前、私の最愛の母であるマリナが儚くなった。その僅か1ヶ月後にこの恥知らずな元父は、愛人とその連れ子を屋敷に引き入れた。

 以降、私は虐待こそされなかったものの、居ない者として扱われた。全ては今日という日を無事迎えるためである。それまでに児童虐待などの醜聞を回避する必要があったからだ。

 この国では成人と認められるのは15歳からだが、勤労自体は10歳から認められている。つまり10歳になれば権利が派生するのだ。

 私の場合で言えば、我がベルトラン伯爵家の家督を継ぐ権利が派生する。元々、伯爵家の正統な血筋を引くのは私の母で、元父は入婿であるから相続権を持たない。私が正統な相続権を持つ後継者なのだ。

 ただし、実際に権利を執行できるようになるのは、成人してからである。それまでは後見人が付いてサポートすることになっている。

 その後見人が元父にあたる訳だが、さてここで問題です。私から相続権を取り上げるにはどうしたら良いでしょうか? 

 答えは簡単、私が自発的に相続権を放棄するか、あるいは後見人の目から見て、後継者に相応しくないと判断されるか、その2つである。

 もうお分かりの通り、このロクデナシどもは後者を選んだ訳で。こうして私は何の落ち度もないのに勘当され、後継者失格のレッテルを貼られた訳である。

 ヤツらが私のことを虐待したくて堪らないのに、ずっと我慢して来たのはこのためでもある。もし私を虐待していることが外に漏れたら、後見人として失格の烙印を押され、この家から追い出されるハメになるからだ。

 私の婚約者であるイアンは侯爵家の子息なので、もしバレたらただでは済まないだろう。だからヤツらは私に手を出せなかった。今日までは。

 先程、魔力契約による家督放棄の書類にサインさせられた。偽造防止のため魔力を使って契約した書類は、1度サインしたら取り消しは利かない。つまり私はもう後継者ではない。貴族でもない。

 明日からヤツらは嬉々として私を虐待することだろう。だがそうは問屋が卸さない。私だってずっとこの時を待ってたんだ。ヤツらの好きにさせてなるもんか!

 私は深夜、こっそりと屋根裏部屋を抜け出し、ある場所に向かった。

 
  私が向かった先は元父の執務室だ。

 元々は母の執務室だった。つまり当主の部屋という訳で、歴代の当主の肖像画がズラリと並んでいる。決して元父のような部外者が我が物顔で使っていい部屋じゃない。

 この部屋には隠し扉があり、そこを開けると隠し部屋に入ることが出来る。その部屋には大きな金庫があり、魔力のロックが掛かっている。魔力を編み込んだ特殊な金属で出来ているので、壊して開けることは不可能だ。

 元父...いやもうこの呼び方は止めよう。私の体は100%母の遺伝子で出来ていると思っている。あの男の因子なんて1ミクロンも入っていないと断言する。あの男がしたことは、母の子宮をノックしただけだ。
 
 おっと話が逸れた。要するにあの男もなんとかこの金庫をこじ開けようとしたが、叶わなかったということだ。それも当然で、この金庫は正統な血筋の後継者が発する魔力にしか反応しないようになっている。

 ただし、開けられるようになるのは、私が成人して正統な後継者となる誓いを立ててからだ。今の私では開けることが出来ない。ではなぜ私がここに人目を忍んでやって来たかと言うと、何事にも例外があるからだ。

 先程私は不本意ながら家督放棄の書類にサインした。つまり不幸になった訳だ。母は生前、私の行く末をとても心配していた。あの男の本性を見抜いていたからだ。体の弱い自分が早くに逝くことになった場合、残された私が不幸になることが目に見えていた。

 それが分かっていて離婚に踏み切れなかったのは、あの男の実家が格上の侯爵家だからだ。政略目的の結婚で初めからそこに愛はなかった。それでもなんとか愛そうと努力していたみたいだが、愛人の元へ足繁く通う姿に愛想が尽きたようだ。私と1歳違いの元義妹が存在している時点で推して知るべしである。

 そこで母は一計を案じた。私が不幸になって困った時には、制約に関係なく金庫が開くように細工をしたのだ。今、私は不幸になった。となればこの金庫は当然開くはずだ。私は金庫の取っ手に手を掛けてゆっくりと引いた。

 ギイィィッ...

 やった! 開いた! お母様ありがとう! 私は金庫の中身を見て目を見張る。そこは大量の現金と貴金属類、宝石類で溢れていた。あの男が目の色変えて開けたがった気持ちが良くわかる。あの男が領主代行になってから、我が家は借金まみれだし。良い気味だ。しかし、これだけあれば当分遊んで暮らせるんじゃ? 

 いやいや、それはダメだ! このお宝はいざという時のために残しておかないと! 私は誘惑を振り切って、当初の予定通り動くことにした。

 まずはお宝を全て収納する。バッグに? いやいや、そんな不用心な真似はしない。第一、重過ぎて全部は運べないし。

 私は魔法を発動した。空間魔法。亜空間に物を収納する魔法だ。私はこの魔法を駆使して冒険者になる。そう決めていた。

 
  お宝を全て亜空間に収納した私は、そっと屋敷を抜け出した。

 この亜空間には無制限で物を収納できるのでとても便利だ。1度だけ振り返る。生まれ育った屋敷だ。愛着がない訳がない。母と過ごした日々が思い出される。だがもう2度と戻る気はない。心の中で母にお別れを言って、私は暗闇に溶けるように屋敷を後にした。

 向かう先は馬車乗り場だ。明日の朝1の馬車に乗ってこの国を離れる必要がある。私が逃げ出したことがバレたら追っ手が掛かるかも知れないからだ。その前に出来るだけ遠くに離れておきたい。

 自堕落な生活を送るヤツらは昼近くまで起きないはずだ。私が居ないことに気付いた時にはもう遅い。馬車は走り出した後だ。十分に距離を稼げる。

 私は馬車乗り場の待ち合い室で夜を過ごすつもりでいた。ん? こんな夜遅い時間に10歳の子供が1人で居たら目立ってしまうんじゃないかって? 

 大丈夫。自分で言うのもなんだが、私の見た目はとても10歳には見えない。成長が早かったからだ。同世代の子に比べて頭2つ分くらいは背が高い。胸は年相応だが...と、とにかく、帽子を深く被っていれば顔立の幼さも隠せる。

 15、6歳くらいには見えるはずだ。実際に実年齢で呼ばれたことの方が少ないくらいだから。これで悪目立ちしなくて済むはず。 

 そう思っていた時期が私にもありました...

「いよぅ、姉ちゃん。こんな時間に1人かい?」「俺達と遊ばない?」「良いことしようぜぃ」

 迂闊だった。成長したら成長したで、こういう輩を引き寄せることになるのか。私は歯噛みした。ここで騒ぎを起こしたくない。衛兵の世話にでもなったら大変だ。ヘタすりゃ家に戻されてしまう。だから逃げることにした。

 亜空間転移発動!

「なぁ!? き、消えた!?」「ウソだろ!? どこ行った!?」「ま、まさか幽霊なんじゃ...」

「「「 ...うわぁっ! 逃げろ~! 」」」

 いや、ここに居るんだけどね。一瞬で亜空間に隠れたから、ヤツらにはその場から急に消えたように見えたんだろうな。それこそ幽霊みたいに。まぁ、ある意味私は幽霊みたいなものかな。それはともかくやれやれ、やっと静かになった。


◇◇◇


「ふわぁぁぁっ~」

 あぁ~ 良く寝た。結局あの後、また同じような輩に絡まれたら敵わないから、ずっと亜空間で過ごしていた。そろそろ朝1の馬車が出る時間なので、そっと魔法を解いて待ち合い室に戻る。

 何食わぬ顔で列に並び、馬車に乗り込む。これでこの国ともお別れだ。私が居なくなったことに気付いたらヤツらは大騒ぎするだろうが、知ったことか。

 あとは野となれ山となれ!
 
「なにぃ! カリナの姿がどこにもないだとぉ!」

 執事からの報告を受けて、ダレンは激昂していた。

「は、はい、屋根裏部屋にも屋敷の中にも...」

「まさか!? 家出したのか!? あの恩知らずめが! 探せ! 必ず探し出して連れて来い!」

「ど、どこを探せば...」

「そんなこと知るか! とにかく探して来い!」

 役立たずめ! と罵られた執事は、バカらしくてやってられないとばかりにその場を後にした。探したいなら自分でやれ! と心の中で吐き捨てながら。もちろん真面目に探す気などない。適当にお茶を濁すつもりだ。

 ダレンがカリカリしながら階下に下りて行くと、こちらも憤懣遣る方無いといった様子のベロニカが寄って来た。

「あなた! カリナが居なくなったってどういうことですの!? せっかく躾のために色々と仕込んだというのに!」

「そんなこと私が知るか! 大体お前がしっかりと見ていないから、こんなことになったんじゃないのか!?」

「まあ、私のせいだと仰るの! ? そもそもあなたが当主としてしっかり」

「やかましい! 口答えするなぁ!」

 バシィ!

「キヤァァッ!」

 ダレンにおもいっきり殴られたベロニカがすっ飛んで行った。


◇◇◇


 ダレンとベロニカの二人が醜悪な争いを繰り広げていた頃、ダリヤはカリナの部屋で呆然としていた。

「な、なによこれ!? なんにも無いじゃないの!?」

 カリナの私物を奪いに来たのに、ドレスも普段着も靴も下着もアクセサリーも宝石も何も残っていない。本棚にあった本すら全てなくなっている。まるで引っ越しした後の部屋のようだ。

 もちろん全てカリナが亜空間に収納したからなのだが、カリナは家族の誰にも自分の能力を話さなかったので、そんなことをダリヤが知る由もない。

「やってくれたわね、お姉さま! 絶対に許さないんだから! 見てなさい! 思い知らせてあげるわ!」

 そう息巻いて両親の元へと向かった。


◇◇◇


「お父様、お母様、聞いて下さ...い!?」

 両親の元へ辿り着いたダリヤは、母が頬を抑えて床に踞っていて、それを父が冷たく見下ろしている異様な光景を目にして一瞬息を止めた。

「...どうした? なにがあった?...」

 ベロニカに手を上げたことで少し冷静になったダレンが静かに尋ねる。色々と気になることはあるが、まずは父に報告するのが先だと思い直してダリヤはこう告げた。

「え、えぇ、それがお姉さまの部屋から私物が全てなくなっているんですの!」  

「な、なんだと!? 本当か!?」

「えぇ、ですからお姉さまを捕まえて取り戻して下さいませ! お姉さまのモノは全て私のモノですわ! ドレスも宝石も全部!」

 ドレスはお前じゃサイズが合わないだろうと思いながらダレンは考える。こんな短時間で全ての私物を持ち出せる訳がない。ということは、カリナはなにか能力を隠していたのかも知れない。

「ま、まさか!?」

 急になにか思い当たったのか、ダレンは大急ぎで自分の執務室に走った。取り残されたダリヤは呆然としている。執務室の隠し扉を開けて、隠し部屋に入り金庫を見た瞬間、絶句した。金庫が開いている!

 急いで金庫の中身を確認したが、当然もぬけの殻だった。

「カリナ~!!」

 ダレンの地を這うような呪詛の声が響いた。


◇◇◇

 
 一方その頃、カリナの婚約者であるイアン・コリンズ侯爵令息は、ベルトラン伯爵家を訪れていた。昨日渡せなかったカリナの誕生日プレゼントを渡すためである。

 本当は昨日渡したかったのだが、誕生日は家族のみで祝うと言われて遠慮したのだ。自分より5歳年下の婚約者はまだまだ子供だと思っていたが、最近のカリナの成長には目を見張るモノがある。

 幼女から少女へと変貌しつつある美しい彼女に、イアンはすっかりメロメロになっていた。会うのが楽しみで仕方ない。

「カリナ、喜んでくれるかな?」

 イアンはプレゼントを抱きながらベルトラン家の呼び鈴を鳴らした。


 怒り心頭に発したダレンが執務室から戻って来ると、ベロニカとダリヤの姿はどこにもなかった。

 そこへ侍女が来客を告げに来る。こんな時に誰だ? 怒鳴りつけてやろうと思ったダレンだったが、客の名前を知らされて一気に冷静になった。
 
「イアン様がお見えです」

 侍女はそう言ったのだ。これはマズい! 今一番来て欲しくない相手だ。玄関まで出迎えに出て事情を話し、なんとかして引き取って貰わねば! そう思ったが一足遅かった。

「やぁ、ベルトラン伯爵。ご無沙汰してます」

 勝手知ったるイアンは、ズカズカと上がり込んで来てしまった。

「こ、これはどうも、イアン殿。本日はどのようなご用件で?」

「カリナの誕生日プレゼントを持って来ました。今どちらに?」

 ダレンの体温が一気に下がる。

「も、申し訳ありません。カリナは今、具合が悪く寝込んでおりまして...」

 こう言えば今日のところは帰って貰えるだろう。というダレンの目論見は脆くも崩れ去る。

「なんですって!? それは一大事だ! カリナのお見舞いをさせて頂きます!」

 そう言ってイアンはスタスタと、これまた勝手知ったるカリナの部屋の方へ歩いて行ってしまう。

「なっ!? ちょ!? まっ!?」

 ダレンは止める間もなかった。イアンのカリナに対する愛を甘く見ていた。急いで追い掛けるも、既に手遅れだった。イアンは変わり果てたカリナの部屋で呆然としている。

 やがてダレンの方に振り返ったイアンは、

「どういうことか説明して貰えますか? 伯爵?」

 と、氷点下を下回る冷たい声で尋ねた。ダレンはそれだけで凍り付きそうになって固まってしまった。


◇◇◇


 ここは伯爵家のリビング。イアンの前にはダレン、ベロニカ、ダリヤの3人が正座していた。

「ほう、なるほど。そんな卑劣な手を使ってカリナから家督を奪ったと。まぁ、そうでしょうね。彼女が自分から家督を譲ったりする訳がない。そうでもしないと無理だったでしょうね。更にその上、あなた方は彼女の貴族としての身分まで奪ったと。更に更に彼女の後釜として、その頭の悪そうな妹とやらを僕の婚約者に仕立て上げようとしたと。舐めてんですか? そりゃカリナが家出して当然でしょう。ふざけるなよ!」

 イアンの厳しい追及に洗いざらい白状させられていた。今やリビングはイアンの放つ冷気で凍り付きそうだ。3人はガタガタと震え上がっていた。

「伯爵、このことは王宮に報告します。あなたの実家であるフィッシャー家にもね。追って沙汰が下るでしょう。覚悟することですね。では僕はこれで。急いでカリナを探さないと」

「ま、待って下さい!」

 ダレンが必死に追い縋るが、待つ訳がない! 

 イアンは彼らを一顧だにせず、愛する婚約者を探すために走り出した。


 隣国へと向かう馬車の中で、私は物思いに耽っていた。

 唯一心残りがあるとすれば、婚約者のイアン様のことだ。私より5歳年上の彼は、年齢差があるせいか私にとっては恋人というより兄のような存在だった。

 政略目的の婚約だったはずなのに、とにかく私に優しく接してくれた。あの味方が誰も居ない屋敷の中で、イアン様と会っている時だけが心穏やかでいられた。安らぎを与えてくれた。イアン様のお陰で辛い日々を乗り越えられたと言っても過言ではない。本当に感謝してもしきれないくらいだ。

 だからこそ、何も言わず、何も言えずに出て来てしまったことは、悔やまれてならない。だが、家のゴタゴタにイアン様を巻き込んで、迷惑を掛けることになるのだけはどうしても避けたかった。

 お慕いしていたからこそ、余計にそう思うようになっていた。だからイアン様に相談することもしなかった。助けを求めることも出来なかった。

 もしもそうしていたら...助けを求めたり、相談したりしていたら、違う未来になったていたのかも知れない。だが今となってはもう遅い。過去は変えられないのだ。

 優しいイアン様のことだ。私が置かれた状況を知ったら、私が家出したことを知ったら、きっと私を探そうとするだろう。だけど私はそんなこと望んでない。探して欲しくない。

 どうかもう、私のことは死んだ者と思って忘れて欲しい。そして新しい人と幸せになって欲しい。今でもお慕いしているからこそ、心からそう願う。

 優しくしくれてありがとう。そして...さようなら...


◇◇◇


 馬車に揺られること約1日半、私は国境の町ヘインズに到着した。この町は、我が母国ウインヘルム王国と隣国オスマルク王国との国境線に接していて、両国の玄関口になっている。

 国境を目の前にして、私はホッと胸を撫で下ろした。今の所、追っ手が掛かった様子はない。このままオスマルクに渡ってしまえば、取り敢えずは安心だろう。

 私はウインヘルム側の国境警備所に向かった。

「身分証明書は?」

「へっ!?」

「だからお前さんの身元を証明するモノだよ。貴族だったら家の紋章付きの指輪とか、平民だったら渡航許可証とかだよ。何も無いのか」

「ありません...」

「ではここを通すことは出来ないな」
 
「そ、そんな...」

 なんてこった! ここまで来てそれは無いだろう! 私は頭を抱えた。

「あ、あのお金でどうにかなるってことは...」

「無いな」

 取り付く島もない! いっそ能力を使って強行突破しちゃろうかと思ったが、顔を見られている以上、ここで私が急に消えたりしたら大騒ぎになるだろう。それは避けたい。

「あの...許可証って発行までにどのくらい時間が掛かるモノなんでしょうか...」

「まぁ、人に拠るだろうが...自分の実家がある地域の領主に身元確認を書類を送って、それが返って来るまでだから、早くても2、3ヶ月は掛かるんじゃないか?」
 
 詰んだ...私の場合、自分の実家がある地域の領主に書類を送る=実家に書類を送るということだ。せっかく逃げ出しだってのに、わざわざ自分から居場所を知らせてどうするよ! 私は途方に暮れてしまった。

「なんだ? 今すぐ隣国へ行きたいのか? お前さんが魔力持ちならなんとかなるが、そうじゃなかったら諦めな」

「えっ!? それってどういう意味ですか!?」

「魔力持ちなら冒険者になれるだろ? 冒険者カードは身分証明書代わりになるんだよ」

「私、魔力持ちです! 今すぐ冒険者ギルドに行って冒険者になって来ます!」

 私は脱兎の如く走って、この町の冒険者ギルドに駆け込んだ。

 「ゼィハァ...ゼィハァ...あ、あの...冒険者に...なりたい...んですが...」

「は、はい、分かりました。で、では、こちらの用紙に記入頂いて...あの、大丈夫ですか?」

「ゼィハァ...大丈夫...です...」

 冒険者ギルドの受付嬢さんをビックリさせちゃって申し訳ない。これと言うのもあの門番? 警備兵? が悪い! こういう方法があるならあるって早く言えよな! 余計な時間食っちゃったじゃないか! プンプン!

 まぁ元々、冒険者にはなる気でいたからいいんだけどね。隣国に渡ってからゆっくりなるつもりだったし。

「はい、記入終わりました」

「カリナさんですね。それでは魔力を測定しますので、この水晶に触れて下さい。魔力持ちであればこの水晶が光ります。魔力持ちでなければ残念ながら冒険者登録は出来ません。ご了承下さい」

 私は躊躇わず水晶に触れた。すると当然ながら水晶は光り出す。

「はい、結構です。確認できました。冒険者カードに魔力を登録するので少々お待ち下さい。それと登録料として金貨5枚をお支払い願います」

「はい、どうぞ。よろしくお願いします」

「金貨5枚ちょうどお受け取り致しました。ありがとうございます。ではそちらの椅子に掛けてお待ち下さい」

 冒険者カードが身分証になるって意味、なんとなく分かった気がする。魔力を登録するってことは偽造不可ってことだ。魔力は指紋みたいに個人個人で異なっている。1つとして同じモノはない。たとえ双子であってもだ。だからこそ信用がおける。

 それと登録料の金貨5枚。一般的な平民の平均的な月収が約金貨1枚だから、平民が冒険者になろうとすると、約半年分の収入を支払うことになる。平民にとっては大金だ。つまり、それだけの金を払えるだけのステータスを求められるということだ。そういった意味でも信用に値する価値があるのだろう。
 
「お待たせしました」

 そんなことを熟々と考えてる内に出来たようだ。

「こちらが冒険者カードになります」

 そう言って手渡されたのは、真っ白なカードだった。

「冒険者ランクの説明をしますね。ランクは最初Fから始まってAまでの6段階、その更に上にSランクがあります。F~Aまでは依頼を熟して功績ポイントを上げたり、認定試験を受けたりして上げることが可能ですが、Sランクに上がるには国家的危機を救うなどの所謂偉業を達成すること、更にその国のギルドマスターや国王からの推薦も必要になります。そこまで到達する人はほんの一握です。ちなみにこの国には1人しか居ません。英雄と呼ばれるような方ですね」

 受付嬢さんはそこでいったん言葉を切って、

「次にカードの説明をします。最初はご覧のように白からスタートします。色付きになるのはCランクからで、Cランクがブロンズ、Bランクがシルバー、Aランクがゴールドとランクが上がる毎に色が変わります。Sランクになると虹色に変化します。ここまでで何かご質問は?」

「いえ、特には...」

 いきなりの情報過多に戸惑ったけど、要はランクが上がる毎にカードの色が変わるってことね。

「カードには、冒険者活動を通して得られた収入を貯めておく機能も付いています。具体的には、依頼達成料や魔物を倒した時に手に入る魔石やドロップアイテムの売買益などですね。いったん貯めたお金は、どこに行っても近くにあるギルドで下ろすことが可能です。国を渡っても大丈夫です。最後に、カードを壊したり紛失したりした場合、再発行に同じく金貨5枚掛かりますからご注意下さい。何かご質問は?」

「ありません」  

「ではご武運をお祈りしております。ご利用ありがとうございました」

 これでやっとこの国から脱出できる。私は国境警備所に急ぎ向かった。


「やっと着いた! ここがオスマルク王国かぁ!...ってなんもないじゃん!」

 思わずセルフ突っ込みをかましてしまった。だってさぁ、だだっ広い平原が見渡す限り続いてるだけなんだもん。そう言いたくなるじゃんか! どうなってんだ!? 文明どこ行った!?

 はぁ...嘆いてても仕方ない。取り敢えず歩くか。太陽の位置からして南はあっちだな。南に向かって歩きゃどっかに着くだろ。知らんけど。

 こんなことになるんなら、隣国の情報をもっとちゃんと調べておくんだったなぁ...いや少しは調べたんだよ? これからの時期、寒さが厳しくなる隣国に行く人はあんまり居ないって。

 だからほら、私以外誰も居ない。人に聞くことも出来ない。ハハッ! 使えない情報に笑うしかない。いったん戻ろうかな...戻って地図でも買うか人に聞いて情報集めて、あ、あと馬も要るな。歩きじゃ日が暮れるわ。

 その時だった。

「ウォォォン!」

 狼の遠吠えが私の進行方向の前方から聞こえた。思わず周囲を警戒する。だが周りは何も無い草原が広がっているだけだ。と、良く見ると前の方に丈の長い草が密集している場所がある。

 私はそっと近付いてみた。すると風に乗って僅かに漂って来るこの匂いは...血? そして微かに聞こえるのは...人の声? 誰かが狼に襲われてる? 私は急いで草の中に分け入った。


◇◇◇


 私は血の匂いと声を頼りに歩を進める。狼に警戒するのも忘れない。しばらく草をかき分けて進むと、居た! 人が倒れてる。私は急いで駆け寄る。若い男性のようだ。

「大丈夫ですか!?」

「うぅ...」

 どうやら腕と足を狼にやられたらしい。特に足の出血が酷い。早く止血しなければ出血死するだろう。私は亜空間から血止め薬と包帯を取り出そうとして手を止める。

「グルルル!」

 どうやら狼に囲まれたらしい。ここでは治療できない。私は男性の体に触れ魔法を発動させる。

 亜空間転移発動!

 私が触れていれば誰でも亜空間に引き込むことが出来る。狼達は私達が居た場所で右往左往している。獲物がいきなり消えたんで、さぞやビックリしていることだろう。

 そんな狼達を尻目に、私は男性の治療を開始する。

「ちょっと滲みるけど我慢して下さいね?」

 まずは出血の酷い足から始める。血止め薬を取り出してぶっかける。

「ぐおっ!」

 あ~...傷が結構深いから相当滲みるよねぇ...でも男なら我慢我慢! 死にたくないでしょ? 何度か薬を追加してやっと出血が止まったみたいだ。

 私は包帯を取り出して男性の足に巻いていく。その頃になってようやく男性も落ち着いたみたいだ。周りをキョロキョロ見回した後、私に視線を向ける。

「君は? ここは?」

「私は旅行者。ここは私の魔法で作った亜空間の中。あなたを助けます」

 男性は目を丸くした。


 足の治療を終え腕の治療に移る前に、私は男性のことをマジマジと観察した。年の頃は15、6歳くらいだろうか、金髪碧眼のキラキラ王子様スタイルのイケメンさんだ。着ている服が高そうだから余計にそう感じる。さぞやモテるんだろうな。 

 なんとなくだが、誰かに雰囲気が似てるなあと思ったら、そうか、イアン様に似てるんだ。年の頃も同じくらいだし。イアン様もイケメンだし。ただイアン様よりこの男性の方が体つきとか顔つきとか逞しい感じがする。イアン様はもっと優しい感じだもんね。

 おっと、今はそれどころじゃなかった。

「腕を見せて下さい」

「あ、あぁ...」

「こっちは足ほど酷くないですね。血止め薬を掛けます。また滲みますよ?」

「うぐっ!」

「これで良し。血は止まったみたいですね。包帯を巻きましょう」

「あ、ありがとう...」

「困った時はお互い様ですよ。気にしないで下さい」

「...名前を聞いてもいいかな?」

「カリナです」

「名字は?」

 私は言葉に詰まった。家名を名乗るべきか? いや、既に貴族じゃないんだから、名乗らない方が良いだろう。追っ手も隣国までは追って来ないとは思うが、念のために痕跡は残さない方が良いだろう。
 
「ただのカリナです」

「そうか。俺はアクセル・フォン・オスマルクだ」

「えっ!? えええっ!? そ、それって...」

「あぁ、この国の第2王子だ」

 ま、マジですかぁ~!


◇◇◇


「あ、あの、私、王子様に大変失礼なことを...」

 不敬罪とかにならないよね...

「それこそ気にしなくていい。っていうか治療してくれて感謝している。それと狼どもからも救ってくれた。君は命の恩人だ。本当にありがとう」

「め、滅相もございません...もったいないお言葉で...」

「ところで、この空間は亜空間だとさっき言ってたな?」

「は、はい、私は空間魔法が得意ですので。っていうか、それしか使えませんので。すいません、治癒魔法が使えなくて...」

 その分、薬は多目に亜空間へ収納しておいたんだ。役に立って良かったよ。

「それを言ったら俺なんか攻撃魔法しか使えないぞ? それもショボい威力しか出ない。だから情けないことに、たかが狼程度にこの様だ。君はもっと誇っていいと思うぞ?」 

 そういうもんなのかな...良く分かんないや。

「あ、ありがとうございます...」

「ところで...カリナって呼んでも?」

「は、はい、どうぞお好きに...」

「カリナ、この空間はいつまで維持できるんだ?」

「えっと、私が解除しない限りいつまでも...」

「それ凄いな...だが、このまま狼が諦めてどっかに行くのを待ってるしかないってのも癪だな...」

 王子様の怪我も早くちゃんとした治癒しないとマズいしね。だからここは私が動くことにする。

「あの、王子様。良ければその剣を私に貸して貰えませんか?」

「剣を? どうする気だ?」

「私が狼を仕留めて来ます」


「君が倒す!? どうやって!?」

 あぁ、王子様の疑問はもっともだよね。だから私は論より証拠だとばかりに、亜空間の一部を透明にした。今まで黒一面だった場所に、突如として現れた元の世界の光景を目の当たりにした王子様がビックリする。

「こちらをご覧下さい。ここに映っている光景は、私が亜空間を発動して王子様を保護した場所の現在の姿です。あぁ、向こうからは見えないので、ご安心下さいませ」

 見ると、狼どもが執念深く辺りを嗅ぎ回っている様子が分かる。

「これは驚いた...向こうは我々を感知できないのだな...」

「はい、私達の姿も匂いも音も全て遮断してますから」

「それでどうやって倒すのだ?」

「まぁ見てて下さい。では剣を」 

 先に話しちゃったら楽しみがなくなるでしょ?

「あ、あぁ...」

 うぐっ...結構重い...だがまぁ、振り回す訳じゃないからなんとかなるかな。

「じゃあちょっと行って来ますね。あ、王子様は動かないで下さいよ? 傷口が開いたら大変ですからね」

「あ、おい...」

 王子様の焦ったような声を背中に聞いて、私は亜空間の中に潜って行った。


◇◇◇


 最初の獲物は、私達の消えた場所のすぐ近くに居るヤツに決めた。私は亜空間の中を移動し、ヤツの背後に回る。そして腕だけを亜空間から出して、ヤツの急所、首の後ろにおもいっきり剣を突き立てる。端から見れば、何も無い所からいきなり剣が出て来たように見えるだろう。

「キャウンッ!」

 一撃でヤツは絶命した。私は再び亜空間に隠れる。すると仲間の声に反応したのか、狼どもがわらわらと集まって来た。仲間の死体を見付けて、興奮したり警戒を強めたりしている。

 私はその内の一匹に狙いを定める。最初のヤツと全く同じ要領でサクッと始末する。

「キャウンッ!」

 これで二匹目。さすがに狼どもも動揺したのか、この場から離れて行くヤツも出て来た。だがまだ性懲りもなく残っているヤツも何匹か居る。その中に、明らかに他の個体より体格の大きなヤツが居た。

 この群れのボスだろうか? ボスが殺られれば群れは敗走するだろう。そう思った私はボスに狙いを定める。だがさすがにボスだけあって、中々隙を見せない。

 背後を配下に守らせているので近付けない。だから私は...

 ボスの頭の上に回り込み、脳天目掛けて剣を突き立てた。

 ん? 誰が平行移動しか出来ないなんて言った? 立体移動だって出来るよ? だって空間を支配してるんだもん。

 ともあれ、ボスが死んだことで統制が取れなくなった群れは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。私は王子様の所に戻った。

「ただいま戻りました。如何でしたか? これが空間魔法の使い手の戦い方です」

 王子様は無言だった。


 俺は夢でも見ているのだろうか...

 目の前で次々と狼どもを倒して行く少女を見ながら、ぼんやりとそんなことを思っていた。

 一匹二匹と立て続けに倒し、最後にボスらしき狼を倒した。呆気ないほど簡単に。その鮮やか過ぎる手口には惚れ惚れする程だった。

「ただいま戻りました。如何でしたか? これが空間魔法の使い手の戦い方です」

 銀色の長い髪を靡かせながら戻って来た少女は、事も無げにそう言った。俺は咄嗟に言葉が出なかった。

「あぁ、剣が血で汚れちゃいましたね。ちゃんと拭いてからお返ししますね」

 いや、気になっているのはそこじゃないんだが...俺が無言でいたせいか、的外れな勘違いを彼女にさせてしまったようだ。

「そう言えば、ずっと気になっていたんですが、王子様は何故お一人でいらしたのですか? 普通、お供の方が側にいらっしゃるもんだとばかり思ってました」

「うっ! そ、それはだな...」

 俺は恥ずかしさを堪えながら、事ここに至った経緯をポツポツと語り始めた。


◇◇◇


 きっかけは単なる悪ふざけだった。

 この近くにある王家所有の別荘に滞在していた俺は、狩りに行くと言って馬に跨がり、護衛二人を引き連れて近くの森に出向いた。そこでちょっとした悪戯心が沸いて来た俺は、護衛二人を撒いてやろうと思ってしまった。
  
 その企みは上手く行った。いや、上手く行ってしまった。森を抜け平原に出た所で、馬が疲れて来たので休ませることにした。

 馬から降りちょっと横になっていたら、いつの間にか寝てしまった。

「ヒヒヒィン!」

 甲高い馬の嘶きに飛び起きた俺は、辺りを見回して愕然とする。馬が狼の群れに囲まれそうになっていた。辛くも馬は脱出に成功したが、獲物に逃げられた狼どもは、次のターゲットを俺に定めて襲い掛かって来た。
 
 俺は火の攻撃魔法を使えるので、なんとか抵抗しようとしたが、如何せん多勢に無勢。一匹を倒してる間に三匹が襲って来るような状況では勝負は目に見えていた。

 最初に腕を、次に足をやられた俺は、最後の力を振り絞って狼どもを魔法で蹴散らし、なんとかこの藪の中に逃げ込んだが、それが限界だった。狼どもが近付いて来る気配を感じながら死を覚悟した時、あの声が聞こえた。

「大丈夫ですか!?」

 誰だ? 誰か居るのか? 女の声だった。こんな所に女が? 確認したくても怪我の痛みとショックで目が開かない。女の声がまた響いた。

「ちょっと滲みるけど我慢して下さいね?」

「ぐおっ!」

 ちょっとどころじゃない! あまりの痛みに意識が完全に覚醒した。周りを見渡す。自分が今居る場所に違和感を覚えた。確か俺は藪の中に居たはず。ここはどこだ? 辺り一面が真っ黒な壁? に囲まれている。

 だが真っ暗闇という訳じゃなく、俺達が居る場所は明るく照らされている。俺達? そうだ、もう一人居る。そこで俺は初めて彼女に目を向けた。

 思わず目を見張った。
 
 年の頃は俺と同い年くらいだろうか。輝くような長い銀髪に意志の強そうな紫の瞳。まだあどけなさの残る顔立ちにスラリと伸びた長い手足。

 見たこともないような美少女がそこに居た。


「え~...ということは、今この瞬間にもお供の方々は王子様のことを探していると...」

「あぁ、うん、まぁ、そうなるな...」

「お気の毒に...」

「うぐっ...」

 さて、どうしたものか。狼は追い払ったけど、この王子様はここから動かせないし。私がお供の人達を探しに行くってのもなんか変だし。困ったな...

 いっそのこと向こうから見付けてくれないもんかな。狼煙でも上げてみるか? あ、そう言えば、

「王子様、火の魔法が使えるんですよね?」

「えっ!? あぁ、まぁ、そこそこは」

「今から亜空間を閉じますんで、そこら辺の草を燃やして狼煙を上げてくれません? そうすればお供の方々が見付けてくれるんじゃないですかね?」

「なるほど...やってみよう」

「じゃあ閉じますね」

「おぉっ! 元に戻った! 凄いな! なんか芝居のセットチェンジを見てるみたいだな!」

 王子様、上手い表現だな。言い得て妙というか。

「火を放つのちょっと待って下さいね?」

 私は周りの草を少しずつ刈り取って行く。延焼を防ぐためだ。狼煙を上げてたら火に包まれましたなんてシャレにならないからね。

 粗方刈り取った草を一ヶ所に集める。風下になるように。

「ふぅ...こんな所ですかね。じゃあ王子様、この草の山を燃やしちゃって下さい」

「分かった『ファイアボール』」 

 おぉっ! 火の玉が飛んでったよ! 私の魔法と違ってカッコいいな!

「うん、いい感じで煙が上がってますね。これならすぐに見付けてくれるんじゃないでしょうか?」

「だといいな...その、カリナ」

「はい?」

「さっきの戦い見事だった。あんな戦い方を見たのは初めてだ。凄かった」

「あ、ありがとうございます。そんなに誉められるとなんか照れますね」

 誉められ慣れてないからね。

「君は旅行者だと言ったな? ウインヘルムから来たのか?」

「はい、そうです」

「目的地はどこなんだ?」

「いえ、特に決めてないです」 

「そうなのか?」

「えぇ、自由気ままな旅なんで。冒険者ギルドのある町を巡ってみようかなって思ってます。私、これでも冒険者なんですよ」

「なるほど...だったら王都に来てみないか?」

「王都ですか。いいですよ。いずれは行こうと思ってましたし」

「良かった。王都に着いたらたっぷりとお礼をするから、そのつもりでいてくれ」

「そんな、お礼なんていいですよ」

「なにを言う! 命を救って貰ったんだぞ? お礼をしない訳にはいかないだろ?」

 え~...なんか面倒臭いことになりそうなんでイヤだなぁ...別にお礼が欲しくて助けた訳じゃないんだよなぁ。

「いえいえ、私なんぞが王子様にお礼を頂くなんて、恐れ多いと思う次第でありまして...」 

「アクセル」

「へっ!?」

「王子様じゃなくてアクセルと呼んで欲しい」

「アクセル...様?」

「ん、よろしい」 

 と、その時だった。

「殿下~! アクセル殿下~! どちらにおられますか~!」

 良かった! お供の人達、狼煙を見付けてくれたんだね!

「殿下~! よくぞご無事で~! って、怪我してるじゃないですか! 我々を撒こうなんてするからです! 自業自得ですよ! あぁ、全くもう! 我々がどれだけ心配したか分かってるんですか!? 大体殿下はですねぇ...」

 王子様...もといアクセル様が、護衛の方々に延々とお説教されている。自分が悪いことをしたという自覚があるアクセル様は「悪かった」「ホントにゴメン」「もうしませんから」などなど、時折謝りながら素直に怒られている。

 それを傍で見ていた私は、なんだか良い主従関係だなと思ってちょっとホッコリした。しばらくして、やっと私の存在に気付いたのか誰何してきた。アクセル様が私のことを命の恩人だと紹介したら、メチャクチャ感謝された。

 涙を流さんばかりにお礼を言われて、逆にこっちが恐縮したくらいだ。その後、私はアクセル様の怪我の状態を説明した。動かすと傷口が開いてしまうだろうということを。すると幸いなことに、護衛の方々の内お一人が治癒魔法を使えるとのこと。

 治癒魔法のお陰でアクセル様は動けるようになった。ただ出血が酷かったので、まだ多少ふらついてはいる。それでも馬に乗るのに支障は無さそうなので、アクセル様が滞在している別荘に戻るという。当然ながら私も一緒だ。その後に王都へ向かうらしい。

 藪を抜け、護衛の方々の馬を止めてある場所に行くと、アクセル様が喜びの声を上げる。どうやら狼に襲われた時、逃げて行ってしまった馬が戻って来てたらしい。

 ということで今、私はアクセル様と馬に相乗りしてる訳なんだが...アクセル様、距離が近くないですかね? 後ろから抱き締めるように密着されると、さすがに恥ずかしいんですが...最初はアクセル様の後ろに乗ろうとしたら、ガンとして拒否されたんだよね...あぁ、早く着かないかな...


◇◇◇


 別荘とはいえ、さすがは王族が使うだけのことはある。着いた場所はまるでお城みたいにデカい建物だった。私が圧倒されていると、使用人達が集まって来て歓迎を受けた。

 アクセル様は自分の血で汚れた服を着替えるとのことで、いったん別れて私は客間に通された。待っている間、お茶とサンドイッチなどの軽食を用意してくれた。腹が減っていたので正直とてもありがたかった。

 やがて着替え終わったアクセル様は、眩しいくらいのキラキラオーラを纏って現れた。

「待たせて済まない」

「いえ、美味しいお茶とお食事を堪能してましたんで」

「気に入って貰えたなら良かった。ところでカリナ、良ければ君のことを教えて貰ってもいいかな?」

「と言いますと?」

「君のように若い女性が一人で旅をしている理由だよ。冒険者だって言ってたけど、その若さで独り立ちするっていうのは何か訳があったんじゃないかと思ってね。言いたくないなら無理には聞かないけど、良かったら話して欲しい」

 あぁ~...そうだよね、やっぱり不審に思われちゃうよねぇ。どうしよう? 話しちゃっていいのかな...


 迷った末、私はアクセル様に全てを打ち明けることにした。

 この人になら知られても大丈夫だろう。特に根拠はないがそう感じたからだ。それと...誰かに聞いて貰いたかったのかも知れない。

 私が語る長い話を、アクセル様は時折眉を顰めながら黙って聞いてくれた。私の話が終わってからしばらく間をおいて、アクセル様が口を開いた、

「なんて言ったらいいのか...その...大変だったな...」

「えぇ、まぁ、でも...もう終わったことですから。今はスッキリした気分ですよ?」

「色々と確認したいことはあるが、まずは...本当にまだ10歳なのか!?」

 一番気になるところがそこなのね...

「アハハ、やっぱり気になりますか? 子供の時から...って、今もまだ子供ですけど、実際の年齢より上に見られていたんですよね。もう慣れましたけど」

「そ、そうなのか...」
  
 そうなんですよ。

「まぁ、そのお陰でここまで来れたとも言えますけどね。子供の一人旅なんて危ないって、どこかで止められていたかも知れませんし」

「確かに...そのお陰で俺も命を救われたってことになるな」

 なにが幸いするか分かんないね。

「アハハ、そうなりますね」

「話は変わるが、カリナ。家とそれから国に対する未練はあるか?」

「ありませんね。あの家にも国にも。全て捨てました。未練はありません」

 キッパリさっぱり。

「そうか。カリナが望むなら、君を貶めたヤツらに鉄槌を下して、君の名誉を回復させることに尽力してもいいと思ったんだが」

「望みません。たとえ私の名誉が回復したとしても、魔力契約を交わした以上、もう私が伯爵位に戻ることはありませんので」
 
 取り消し利かないからね...

「そうか、良く分かった。それじゃあこれからの話をしよう」

「これからですか?」

「あぁ、カリナに提案したいことがある。俺の護衛にならないか?」

「護衛って...私、剣とか振れませんよ?」

 筋力無いもん。

「いや、あの空間魔法だけで十分だよ。たとえ俺が暗殺者に狙われても、あの魔法があれば助けられるだろ?」

「まぁ、そうなんですけど。一つ問題が...」

「問題って?」

 デリケートな問題よ。

「私が触れた人しか亜空間に引き込めないんです」

「そうなのか? だったら尚更俺の側に居て貰わないとな」

 そう来るかぁ~

「それとこれは命を救ってくれたことに対するお礼も含んでいるんだが、護衛を引き受けてくれたら、王宮内に部屋を用意する。侍女も付ける。カリナが望むなら貴族としての身分も保証しよう。どうだろうか?」

 私は考えてみる。お礼含みとはいえこれは破格の待遇だろう。気ままな冒険者暮らしもいいが、安定した生活を手に入れるというのもまた捨て難い。だがそれとは別に、確認しておくべきことがありそうだ。

「アクセル様、もしかして命を狙われる心当たりが?」

「さすがに鋭いな。その通り。これからキナ臭くなりそうなんだよ」

 やっぱりそういうことか。この王子、意外と腹黒いな。まぁ、それでも...

「分かりました。お引き受けしましょう」

「そうか! 引き受けてくれるか! ありがとう!」

 どういたしまして。

 今、私はオスマルク王国の王都、へルンに向かう馬車の中に居る

 ヘルンまでは3日掛かる旅だそうだ。オスマルク王国は我が母国...いやもう元母国か...ウインヘルムて比べて、国土も国力も倍以上ある大国だ。

 ウインヘルムより北方に位置しているため冬の寒さは厳しいが、それを補って余りあるほど肥沃な大地が広がり、大穀倉地帯を形成している。農業がこの国の根幹を支えている。

 それに加えて鉱物資源も豊富で、あちこちに鉄や銅、金や銀のなどの鉱山があり、こちらも国の重要な基幹産業になっている。

 つまり一言で言い表すなら、とても豊かな国ということである。その国の王宮がキナ臭いとなれば一大事だろう。

「アクセル様、先程のキナ臭くなりそうの詳細をお聞かせ願えますか? アクセル様の護衛をする上で聞いておく必要があると思います」

「あぁ、確かにそうだな...実は現国王、つまり俺の父上だが、病に伏せっていてな。もう余り先が長くない。それで後継者問題で揉めてる」

 良くある展開だな。

「それは...お気の毒です...国王陛下は後継者を指名なさらないんですか?」

「まだ決めかねてるってところだ。順当にいくなら俺の兄上が継ぐべきなんだが、兄上は第一側妃の息子なんだ。俺は正妃の息子で腹違いの兄弟なんだよ」

 これまたベタな...

「なるほど...それでアクセル様を推す声が大きくなると...」

「そういうことだ。オマケに俺と兄上の思考は正反対でな。兄上は野心家で俺は保守派。どちらも相容れない」

「野心家というと...まさか...」

 イヤな予感が...

「あぁ、その通りだ。兄上は有り余る国力を生かして南下しようとしている。戦争を仕掛けてでもな」

 私は思わず絶句してしまった。だって南に位置する国と言えば...

「まぁ、兄上の気持ちも分からんでもない。この国の冬は厳しくて長い。凍り付かない土地を欲しがるのも無理はない。だが俺は、戦争を仕掛けてまで欲しいとは思わない。なぜなら、どちらが勝ってもお互いの国土は荒れ、復興するまでに時間も金も掛かるだろう。それに戦費が加わるんだ。今ある余剰分なんざ全部ふっ飛んでしまう。そんなことするくらいなら、内需に回して冬の寒さ対策を充実させた方がよっぽど効率的だ」

「...私もそう思います。アクセル様を全面的に支持します」

「ありがとう。その...やっぱりまだ母国のことは気になるよな...」

「えぇ、まぁ...未練はありませんが、戦争になるのはちょっと...」

 その時、私の脳裏にはイアン様の優しい面影が浮かんでいた。元家族がどうなろと知ったこっちゃないが、彼だけは危険な目に合わせたくない。そう思っていた。

「だよな...君のためにも兄上の野望は阻止してみせるよ」

「ありがとうございますっ!?」

 その時、馬車が急停止した。

「何事だ!?」

「殿下! 魔物です! 魔物が現れました!」

「なにい!?」

 私は急いで馬車から降りる。あれはオーク。豚頭人身の化け物の群れがこちらに向かって来ていた。

 前からやって来るのは5頭のオークで、後ろからも同じ数のオークがやって来る。

 つまり挟撃された訳だ。私は馬車から飛び出そうとするアクセル様に触れて、魔法を発動させる。

 亜空間転移発動!

「アクセル様、ダメですよ。病み上がりなんですから、ここで大人しくしてて下さい」

「し、しかしあの数では!」

「護衛の方々はお強いのでしょう? 前の方は任せておいて大丈夫ですよ。私は後ろの方を片付けて来ます。また剣を貸して下さい」

 そうは言ってもこちらの護衛2人に対し、オークは5頭だ。後ろをさっさと片付けて応援に向かうべきだろう。

「へっ!? 後ろ!?」

 あら? 気付いてなかったのね。

「はい、挟撃されています。さあ剣を」

 ポカンとしているアクセル様から剣を受け取って、私は後ろのオークと対峙する。まずは先頭を走る1頭に狙いを定める。足元に近付き、右足におもいっきり剣を突き立てる。

「ブヒィッ!」「フガッ!」「ピギッ」

 先頭が転んだので、それに巻き込まれてすぐ後ろを走っていた2頭も転がった。私はすかさず最初の1頭から順に、首の後ろに剣を突き立て仕留めていく。

 いきなり仲間が倒れて、混乱している様子の残りの2頭もサクッと倒す。後ろはこれで全部片付いた。前方に目をやると、やはり護衛の方々は苦戦しているようだ。多勢に無勢だから無理もないか。

 急いで応援に駆け付ける。今まさに、護衛の1人に襲い掛かろうとするオークの背後に回って、サクッと倒す。護衛の1人が私に気付いて目を丸くしている。

 そして護衛のもう1人と戦っているオークもサクッと倒して上げた。いきなり敵が倒れたので、こちらもビックリしている。これでオークの群れは全滅した。危険は去ったと判断した私は、亜空間魔法を解除した。

「お疲れ様でした。お二方ともお怪我はありませんか?」

「いやぁ、助かりました! 大丈夫です! 大した怪我じゃありません!」

「良かったです。後ろも全部倒しましたんで心配ありません」

「へっ!? 後ろ!?」

 あんたらも気付いてなかったんかい! 私は黙って後ろを指差す。倒れているオークの群れを見て、今度は2人して目を丸くしていた。そこへ、

「カリナ! 大丈夫か!? 怪我はないか!?」

「えぇ、大丈夫ですよ。あ、剣をお返ししますね。正式に護衛の任務に就く時は、私専用の剣が要りますね。この剣、重くって...」

「あ、あぁ、早速手配しよう。それと助けてくれてありがとう」

「いえいえ、私はアクセル様の護衛ですから、当然のことをしたまでですよ?」

「あぁ、そうだな。君を選んで正解だった。これからもよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

 護衛としての初任務? でいいのかな? 取り敢えず無事完了! 良かった良かった。

「えっ!? 護衛!? カリナ殿がですか!?」

 私達の話が聞こえたのか、護衛の方々の内のお一人が尋ねて来た。ちなみにこの方は、治癒魔法が使える方でカイル様というお名前だ。

「あれ? お前達に言ってなかったっけ? カリナは俺の護衛に就いて貰うことになったから」

「聞いてませんよ! そういう大事なことは、ちゃんと言って貰わないと困ります!」

 突っ込みを入れて来たこの方は、風の攻撃魔法が使える方でアラン様というお名前だ。なんとお二人は実のご兄弟とのこと。カイル様がお兄さんでアラン様が弟さんだそう。

 兄弟揃って王族の護衛を任されるなんて、よっぽど優秀な方々なんだろうなと改めて思った。しかもお二人ともまだ若い。20代前半くらいと思われる。

「では今後、カリナ殿は我々の同僚ということになりますな。よろしくお願い申し上げます」

「カリナ殿が居てくれたら心強いです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願い致します。至らぬ点多々あると思いますが、ご指導ご鞭撻の程何卒よろしくお願い申し上げます。どうか私のことはカリナとお呼び下さい」

 先輩のお二人に丁寧なご挨拶を頂いて恐縮してしまった。上手くご挨拶できたかな? 失礼に中らないといいんだけど...

「これはこれは丁寧なご挨拶で...」

「育ちの良さが伺えますな...」

 どうやら好評価だったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。

「良し。紹介も済んだことだし、そろそろ出発しよう」

 アクセル様の一言で私達は旅路に戻った。


◇◇◇


「それにしても見事だった。改めて礼を言う」

「恐れ入ります。ところでこの国では、あのような魔物がしょっちゅう街道に現れるものなんでしょうか?」

「いや、そんなことはない。主要な街道は定期的に騎士団が見回り、魔物を駆除してるはずなんだ。現に今までこのようなことはなかった」

 それもそうか。街道が安全じゃなかったら、経済が回らないもんね。

「ではやはり、キナ臭くなって来た事と何かしら関係がありそうですね?」

「かも知れん。兄上を支持してるのは所謂強硬派と呼ばれる連中でな。自分達の主張を通すためなら破壊工作も辞さないという、過激な思想を持ったヤツらの集まりだ。魔物を嗾けるくらいお手の物だろう」
 
 いやそれもう強硬派じゃなくてなくて過激派と呼ぶべきなんじゃ!?

「まだ何か仕掛けてきそうですね。私達だけで大丈夫でしょうか?」

「あの二人以外は信用ならない。ヘタに人数を増やすと寝首を掻かれる危険性がある」

 そんなにヤバい状況なの!? 

「アイツらは俺がまだ子供の時からずっと一緒だったからな。幼馴染みってヤツだ。だから絶対に俺を裏切らない。信頼してる仲間だ。そしてカリナ、君もその一員だ」

「ご、ご期待に沿えるよう精進します...」

 私は一抹の不安を感じながらそう言った。

 王都ヘルンまであと2日。今日はその途中にある割と大きな町で1泊する。

 ホテルの部屋を取る際、それぞれ1人部屋を取ろうとするみんなを止めた。

「大部屋を取りましょう。この5人部屋がいいと思います」

「い、いいのか?」

 女の身である私を気遣ってくれたのだろう。その気持ちはありがたいが、今は護衛任務中。余計な気遣いは不要だ。

「えぇ、何かあった時、部屋が別ではアクセル様を守れませんから」

「おぉ、なんたるプロ意識! 感服致しましたぞ!」

「確かに! 我々が浅はかでした! いかなる時も油断禁物ですな!」

 うんうん、みんなの気持ちが1つになったみたいで良かったよ。アクセル様だけが微妙な表情を浮かべてるけど、気にしない気にしない。

「あ、それと、私ちょっと出て来ますね。カイル様、アラン様、アクセル様をよろしくお願いします」 

「どこに行くんだ?」

「ちょっと武器屋に。この旅の間に使う武器を買っておこうかと思いまして」

「だったらみんなで行こう」

「そんな...みなさん、お疲れのところ申し訳ないですよ」

「気にするな。俺のために用意しようとしてるんだろ? だったら俺が金を払うべきだ」

「はぁ、分かりました。じゃあ、お願いします」

 こうしてみんなして武器屋に行くことになった。


◇◇◇


 初めて入った武器屋は、品揃えが多くて圧倒されてしまった。カイル様とアラン様は嬉々として自分達が使う武器選びに夢中になっているし...私の買い物に来たはずなんだけどな...

 どれにしようか迷っているとアクセル様が、

「カリナ、これなんかいいんじゃないか?」

「これは...レイピアですか。確かに軽くて私でも扱い易いですね」

「じゃあ、これにしよう。おい、お前達! いつまで見てるんだ! 置いてくぞ!」

 男の人ってやっぱり武器が好きなんだね...「置いてかないで下さい!」って2人とも慌てて戻って来たよ。


◇◇◇


 深夜、私はイビキが五月蝿くて目が覚めた。音源はカイル様とアラン様だ。アクセル様は慣れているのか熟睡している。このイビキ2重奏の中で良く眠れるなと感心しながら部屋の中を覗くと、闇の中に蠢く人影が3つあった。

 どうやら暗殺者のようだ。私達が寝てるはずのベッドに近付き、そして固まった。そりゃそうだろう。誰も居ないんだから。3人が寝た後、私が亜空間に引っ張り込んだんだから。

 ちょうどいい。買って貰ったばかりのレイピアのお披露目と行こう。途方に暮れてる暗殺者達の1人の背後に近付き、レイピアを首の後ろに突き立てる。おぉ、軽くて扱い易い!

 1人が殺られたことで、残り2人が周りを警戒している。敵がどこに居るか分からず混乱していることだろう。もう1人もサクッと倒す。すると最後の1人は逃げ出そうとした。逃がさない! 私は足を突いて転ばした。

「暗殺される気分はどう?」

 そう言って私は最後の1人にトドメを刺した。
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