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 こんな時間に一体誰だろう? 好奇心に駆られたライラは、抜き足差し足でそっと近付いた。

 月明かりの元、その人物の顔がチラリと夜の闇の中に浮かび上がる。

「あれは...確かミハエル王子の秘書官...名前なんだっけな?」

 前に聞いたような気もするが、良く覚えていなかった。そもそもあんまり顔を合わせたこともなかった。

「なにやってんだろ? こんな夜中にこんな所で?」

 秘書官は中庭の奥の方にある古井戸の前で立ち止まっていた。ここは昔、庭の水撒き用に使っていたが井戸水が枯れ果ててしまったので、今は使っていないと聞かされていた。なので転落防止のために板を打ち付けてある。

「だからたとえ喉が渇いたんだとしても、水を飲むことはできないはずなんだけど...」

 見ると、秘書官は打ち付けてある板を一枚剥がしているようだ。一体なにをやっているんだろう?

 ライラはちょっと緊張しながら固唾を飲んで見守った。すると秘書官は懐からなにやら書類らしきものを取り出して、それを井戸の中に投げ入れていた。

 そして板を元通りに直し、何事もなかったかのように足早に立ち去って行こうとする。ライラは慌てて身を隠した。見てはいけないものを見てしまったような気がして、心臓がバクバクと早鐘のように音を立てていた。

 秘書官が立ち去ってしばらく経ってから、ライラはゆっくりと古井戸に近付いた。秘書官が外していた板の一枚にそっと触れてみる。それは簡単に持ち上がった。

「これは...打ち付けているように見せかけてあるだけなんだ...となると、これまでに何回も同じことをしてるって意味だよね...」

 恐らくはなんらかの通信手段なのだろう。さっき落としたのは暗号化した文書かなにかだろうか。井戸の中をこっそりと覗き込んでみたが、暗くてなにも見えなかった。

 ライラは板を戻して大きく息を吐いた。

「...なにか疚しいことをしているのは間違いないよね...急いでミハエル王子に知らせないと...」

 身を翻そうとした次の瞬間、ライラは後頭部に強い衝撃を受けて地面に倒れ込んだ。酷い頭痛がして意識が飛びそうになる。

 すると頭上から誰かの声がした。

「参ったな...まさか尾けられていたとは...困ったお嬢様だ...」

 それは秘書官の声だった。

 後ろから殴られたんだな...まだ帰ってなかったのか...迂闊だったな...と後悔した後、ライラの意識は闇に包まれた。

「好奇心は猫を殺すんだよ、お嬢様」

 その声がライラに届くことはなかった。
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