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 ファリスはミハエルを自分の部屋に連れ込んだ。

「どうぞ、殿下。お掛け下さい。今、お茶を入れますので」

「いや、お構い無く」

 ゆっくりするつもりのないミハエルはそう言って断ったのだが、ファリスは意に介さずキッチンへと向かった。

 そしてお湯を沸かしながらミハエルに背を向け、自身の首から下げているロケットをそっと開いた。

 ロケットの中にはとある錠剤が入っていた。実は即効性の媚薬なのである。ファリスはその媚薬をミハエルのカップの中に入れた。

 レイチェルが毒殺未遂事件を起こした時、他の候補者達にも身体検査やら部屋の探索やらが行われた訳だが、その際もこのロケットの中身まで調べられることはなかった。

 ファリスとしては念のための奥の手として用意した物であり、本来であれば使うつもりも予定もなかった。

 万が一、ただ持っていることがバレただけでも、心証が悪くなるのは必須だと思われた。

 だからこうして見付からないように隠し持っていた訳だが、今となってはその用心が吉と出た。

 ファリスはミハエルのカップにお茶を注ぎながら愉悦の表情を浮かべていた。そして錠剤が良く溶けるようにスプーンで掻き回した。

「お待たせ致しました」

 表面上は何事もなかったかのように冷静な態度で、ファリスはミハエルの前に媚薬入りのお茶をしずしずと差し出した。

 だがミハエルはお茶に見向きもせず、覚悟を決めたような表情でこう言った。

「...先に断っておくが、僕は王族としてあらゆる脅迫に屈するつもりはないからな。そのつもりで居てくれ」

「脅迫だなんてとんでもない。私はただ殿下の真意をお聞きしたかったのです」

「...真意とは?」

「私は候補者合宿に入る際の殿下の説明を受けて、ここに集まった全ての人が平等にスタートライン立ったんだと思っていました。少なくとも表向きはね。でも実際は違った。殿下のお目当ては最初っから決まっていて、この合宿は謂わば出来レースのような物だったってことですよね?」

「それは違う!」

「だったらなぜあんな真似を?」

「そ、それは...」

 勢い良く否定したミハエルだったが、ファリスの冷静な突っ込みに思わず言葉を失った。

「これじゃせっかく集まった私達ってとんだピエロじゃないですか? 三ヶ月もの長期に渡って拘束された挙げ句にこんな仕打ちを受けるなんて許せませんよ。そう思いません? 殿下、ご自分の身に置き換えて考えてみて下さいな?」

「そ、それはその...な、なんと言うか...」

 ミハエルは冷や汗をダラダラと流していた。
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