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第2章 聖女と聖獣
第49話 掃討2
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エルヴインは目前に広がる敵兵の布陣を睨み付けていた。
そう『敵』なのだ。つい先程、正式にルーフェン国より宣戦布告が成された。そうなるのは時間の問題で、最早避けるべき道など無かったのだが、それでも歯痒さは残る。
奥歯を噛み締めて耐え敵の動向を注視する。数の上ではほぼ互角。こちらの増援はまだ到着していないが、それは敵も同じだった。
数が同数である以上、砦に籠る我々の方が有利になる。敵がこの砦を落とそうとするなら我々の倍以上の戦力が必要となるはずであり、数が揃う前に敵が攻撃してくるのであれば、こちらは籠城に徹していれば良い。
耐えていれば恐らく明日にはこちらの増援が到着するだろう。そうすれば一気に敵を押し返す事も、逆にこちらから打って出る事も可能になるだろう。大丈夫、これで問題無いはずだ。
そう思っていた。
哨戒兵が慌てふためいて報告に来るまでは...
「ほ、報告します。て、敵の増援一個師団が、ま、間も無く到着するとの事ですっ!」
...どうやらこちらの考えはお見通しらしい。
エルヴインは臍を噛む思いで自分の考えた見通しが甘かった事を悔やんだ。知らず自らの胸元に下がるロケットペンダントを握り締める。そこには愛する妻と産まれたばかりの息子の姿絵が収められていた。
(アリス、レオ、俺はここまでかも知れん。だが心配するな。お前達を守る為に一人でも多く敵を屠ってやる! 死んでも奴らを通さん!)
この砦を落とされる訳にはいかない。味方の到着まで文字通り死守しなければならない。エルヴインが悲壮な決意を固めたその時、上空を何かが通過して行った。
「へっ!?」
思わず間の抜けた声が漏れる。見上げた先には黒い竜の巨体があった。そしてその背中に乗っているのは、
「あれはリシャール!? それに聖女様!?」
目の前の光景に頭の理解が追い付かず呆然としていると、敵兵が慌てて撤退して行くのが見えた。逃げて行く敵を追い掛けるように飛び回る竜の姿も。その背中で弟が何故か高笑いしてるような姿も。その隣で聖女様が呆れたようにしている姿も。
「一体、何が起こっているんだ!?」
エルヴインの問いに答えてくれる者は誰も居なかった。
◇◇◇
「あっははは~! ほ~ら早く逃げないと食~べちゃうぞ~!」
「...リシャール、もういい加減止めようぜ~」
「あっははは~! ほ~ら見てご覧、セイラ。敵兵がゴミのようだよ~!」
ダメだこりゃ! どっかの空に浮かぶ城の悪役みたいになってる。過ぎた力を与えるとこうなっちゃうのか...人は地に足を付けないと生きていけないっていうのに...
諦観したセイラがふと後ろを振り返ると、砦の櫓の上に男の人が立っているのが見えた。良く見るとリシャールにどことなく似ている気がする。その男性はこちらに向かって何か叫んでいるようだ。
「リシャール、リシャール」
「あっはははっ!? ん? どうしたセイラ?」
セイラは黙って後ろを指差す。振り返ったリシャールは叫んでいる兄の姿を見て、いっぺんに酔いが醒め、やり過ぎたかも知れないと冷や汗を流した。
「せ、セイラ、そ、そろそろ戻ろうか...」
「さっきからそう言ってたが?」
セイラから氷点下の眼差しを向けられ、リシャールは恐縮するしかない。
「すいません...」
櫓に近付くに連れ、エルヴインの怒号が段々と聞こえて来る。
「リシャールっ! これは一体どういう事だっ!」
「あ、兄上、え、え~と、これはですね...」
クロウの背中で土下座しながら必死になって説明しているリシャールと、櫓の上に仁王立ちしているエルヴインを見ながらセイラは、一旦地面に降りた方がいいんじゃね? って他人事のように思っていた。
そう『敵』なのだ。つい先程、正式にルーフェン国より宣戦布告が成された。そうなるのは時間の問題で、最早避けるべき道など無かったのだが、それでも歯痒さは残る。
奥歯を噛み締めて耐え敵の動向を注視する。数の上ではほぼ互角。こちらの増援はまだ到着していないが、それは敵も同じだった。
数が同数である以上、砦に籠る我々の方が有利になる。敵がこの砦を落とそうとするなら我々の倍以上の戦力が必要となるはずであり、数が揃う前に敵が攻撃してくるのであれば、こちらは籠城に徹していれば良い。
耐えていれば恐らく明日にはこちらの増援が到着するだろう。そうすれば一気に敵を押し返す事も、逆にこちらから打って出る事も可能になるだろう。大丈夫、これで問題無いはずだ。
そう思っていた。
哨戒兵が慌てふためいて報告に来るまでは...
「ほ、報告します。て、敵の増援一個師団が、ま、間も無く到着するとの事ですっ!」
...どうやらこちらの考えはお見通しらしい。
エルヴインは臍を噛む思いで自分の考えた見通しが甘かった事を悔やんだ。知らず自らの胸元に下がるロケットペンダントを握り締める。そこには愛する妻と産まれたばかりの息子の姿絵が収められていた。
(アリス、レオ、俺はここまでかも知れん。だが心配するな。お前達を守る為に一人でも多く敵を屠ってやる! 死んでも奴らを通さん!)
この砦を落とされる訳にはいかない。味方の到着まで文字通り死守しなければならない。エルヴインが悲壮な決意を固めたその時、上空を何かが通過して行った。
「へっ!?」
思わず間の抜けた声が漏れる。見上げた先には黒い竜の巨体があった。そしてその背中に乗っているのは、
「あれはリシャール!? それに聖女様!?」
目の前の光景に頭の理解が追い付かず呆然としていると、敵兵が慌てて撤退して行くのが見えた。逃げて行く敵を追い掛けるように飛び回る竜の姿も。その背中で弟が何故か高笑いしてるような姿も。その隣で聖女様が呆れたようにしている姿も。
「一体、何が起こっているんだ!?」
エルヴインの問いに答えてくれる者は誰も居なかった。
◇◇◇
「あっははは~! ほ~ら早く逃げないと食~べちゃうぞ~!」
「...リシャール、もういい加減止めようぜ~」
「あっははは~! ほ~ら見てご覧、セイラ。敵兵がゴミのようだよ~!」
ダメだこりゃ! どっかの空に浮かぶ城の悪役みたいになってる。過ぎた力を与えるとこうなっちゃうのか...人は地に足を付けないと生きていけないっていうのに...
諦観したセイラがふと後ろを振り返ると、砦の櫓の上に男の人が立っているのが見えた。良く見るとリシャールにどことなく似ている気がする。その男性はこちらに向かって何か叫んでいるようだ。
「リシャール、リシャール」
「あっはははっ!? ん? どうしたセイラ?」
セイラは黙って後ろを指差す。振り返ったリシャールは叫んでいる兄の姿を見て、いっぺんに酔いが醒め、やり過ぎたかも知れないと冷や汗を流した。
「せ、セイラ、そ、そろそろ戻ろうか...」
「さっきからそう言ってたが?」
セイラから氷点下の眼差しを向けられ、リシャールは恐縮するしかない。
「すいません...」
櫓に近付くに連れ、エルヴインの怒号が段々と聞こえて来る。
「リシャールっ! これは一体どういう事だっ!」
「あ、兄上、え、え~と、これはですね...」
クロウの背中で土下座しながら必死になって説明しているリシャールと、櫓の上に仁王立ちしているエルヴインを見ながらセイラは、一旦地面に降りた方がいいんじゃね? って他人事のように思っていた。
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