聖女になんかなりたくない少女と、その少女を聖女にしたがる王子の物語

真理亜

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第2章 聖女と聖獣

第39話 対峙

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『ほら、ちゃんと目を開けて前を見なさい』

 そう言われてセイラが恐る恐る目を開けると、凄い勢いで周りの景色が飛んで行く。かなりのスピードが出ていると思われるが、風圧をあまり感じない。

 ちょっとだけ余裕が出て来たセイラは、いい加減ちゃんと聞かなければと思い、

「なぁ、あんた一体誰だよ?」

『あら、夢で会ってるはずよ?』

「へ? あ、もしかして巫女さん?」

『えぇ、梓巫女。名前はアンジュよ』

 あの巫女さんの衣装可愛かったよなぁ、なんてセイラはつい場違いな事を思った。

「その巫女さんがなんで私に?」

『今に分かるわ。それよりあなた、弓を持ってない?』

「も、持ってるけど?」

 セイラはリュックからクロスボウを取り出した。

『よろしい。いつでも撃てるように準備なさい』

 なんでこいつ偉そうなんだっ!? 釈然としないまでも言われた通り弓の調整をするセイラだった。


◇◇◇


 灰色の竜はゆっくりと腮を開き、魔力を収束させる。竜の口元から目映い光が溢れ、それが徐々に大きくなって行く。

 ブレス!? クロウの時と同じ、いやそれよりも遥かに強大な...逃げなければっ! そう思うものの体は石化したように動かない。

 諦めて目を閉じようとした瞬間、後方から凄い勢いで飛んで来た何かが竜を直撃した。放たれる直前だったブレスが霧散する。

 何が起こったのか訝しんでいるリシャールの耳に、ここに居るはずのない者の声が響く。


「リシャール~!!!」


 驚いて振り返ったリシャールの目に飛び込んで来たのは、黒光りする巨大な竜の背に乗ったセイラの姿だった。

 夢を見ているのかと思った...王都で別れたはずのセイラが何故ここに? しかも巨大な黒い竜の背に乗っている。あれはまさかクロウ? なんであんなに大きく?

 リシャールは思考が纏まらず混乱していた。そこへ竜の背からセイラの声が響く。

「この竜は私が相手するっ! リシャール、皆を出来るだけ遠くに避難させろっ!」

 その声にやっと思考が追い付いた...が、避難しろだって? セイラを置いて? あんなバカデカい竜の相手をさせて? 冗談じゃ無いっ! そんなこと出来る訳が無いっ! セイラに守られるなんて本末転倒じゃないかっ! 僕が、いや僕達がセイラを守るべき立場なのにっ!...そう叫びたかった。

 だが自分の意思に反して口から出た言葉は、

「...住民を避難させるぞっ! 急げっ! 動けない者には手を貸してやれっ!」

「で、殿下っ! 本当によろしいのですか!?」

 レイモンドが慌ててそう言ってくるが、リシャールにはもう分かっていた。

「いいんだ。我々がここに居ても何の役にも立たない。むしろ邪魔になる。さあ避難を開始するぞ!」

 そう、我々は足手纏いにしかならないと、悔しいがリシャールには理解出来てしまったのだ。だったらセイラが戦い易くなるように、我々は引っ込んでいるべきだろう。

 後ろ髪を引かれながらリシャールは心から祈った。

 (セイラ...どうか無事で...)

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