上 下
6 / 12

6

しおりを挟む
 バッカーノは思い出す。

 王都で大火事があって大変なことになっていると臣下から報告を受けた時、自分はなんと言った?

『知らん! そんなことを聞くのは今日の予定に入っていない! お前らでなんとかしろ!』

 とかなんとか言って結局、ビッチーナと二人で寝室に籠ったっきり事態が収束するまで出て行かなかった。

「俺は最低だ...」

 バッカーノは頭を抱えた。そんな彼の頭を

 パシーンッ!

 ヘンリエッタが容赦なくハリセンでひっぱたく。

「ほらほら陛下! 落ち込んでる暇なんてありませんよ! どんどん豚汁を配りますよ!」

「あ、あぁ、分かってる...」

 もう既に火に掛けられた大釜には、大量の豚汁が湯気を立て美味しそうな匂いを上げていた。炊き出しの列に並んだ貧民街の住民達にしばらく豚汁を配っていると、

「ゴホッゴホッ!」

 咳をしながら一人の老婆がヨロヨロとやって来た。ヘンリエッタがすかさず介助する。

「お婆ちゃん、大丈夫ですか!? 風邪引いてるんじゃないんですか!?」

「あぁ、済まないねぇ...老人ホームが焼け落ちちゃったんで、住む所が無いんだよ...路上で寝起きしてるんだけど、寄る年波には勝てないねぇ...」

「今、新しい老人ホームを造るべく急ピッチで工事してますからね? もうちょっと待って下さい」

「えぇ、えぇ、ありがとうねぇ...ゴホッゴホッ!」

 バッカーノは胸が詰まって言葉にならなかった。黙って豚汁を差し出すと老婆は、

「あぁ、温かいねぇ...お兄さん、ありがとうねぇ...3日振りの食べ物だよ...美味しそうだねぇ...ありがたや...ありがたや」

 バッカーノはもう限界だった。

「ご老人! せめてこれを!」

 そう言って自らが着ていたドカジャンを老婆に着せる。

「あらあら、まぁまぁ...お兄さん、こんなことまでして貰ったら申し訳ないよ。あんたが寒いだろ?」

「いいんです! 自分は若いですから!」

「そうかい...悪いねぇ...あぁ、温かい...ありがとう...ありがとうねぇ...」

 そう言って涙を流す老婆に向かってバッカーノは、

「すいません...すいません...こんなことしか出来なくてすいません...」

 と、号泣しながら何度も何度も謝っていた。

「陛下、バカですねぇ。まだまだ炊き出しは始まったばかりですよ? 風邪引いても知りませんよ?」

 ハンカチを渡しながらヘンリエッタは苦笑する。

「だ、大丈夫だ! さ、寒くなんかない! さぁさぁ! 温かい豚汁ですよ! 皆さん、沢山食べて下さいね!」

 意地を張って炊き出しを続けるバッカーノを見て、

「バカだけど、そういう姿は嫌いじゃないですよ?」

 そう囁いたヘンリエッタの言葉はバッカーノには届かなかった。


~ 翌日 ~


「ゴホッゴホッ! は~ハクションッ! クション! ズビスビ...」

 見事に風邪を引いたバッカーノを見て、呆れながらヘンリエッタが一言。

「おかしいですねぇ? 昔から良く『バカは風邪引かない』って言うのに。言い伝えの方が間違ってるんでしょうかねぇ?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

悪女と王子と王様と

碧水 遥
恋愛
「薄汚い汚れた女め。私たちが、貴様に相応しく、この城で飼ってやる!」  ……ええと。それ、誰のことですの?

「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です

朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。 ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。 「私がお助けしましょう!」 レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)

婚約者が可愛い子猫ちゃんとやらに夢中で困っております

相馬香子
恋愛
ある日、婚約者から俺とソフィアの邪魔をしないでくれと言われました。 私は婚約者として、彼を正しい道へ導いてあげようとしたのですけどね。 仕方ないので、彼には現実を教えてあげることにしました。 常識人侯爵令嬢とおまぬけ王子のラブコメディです。

お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。

有川カナデ
恋愛
憧れのお義姉様と本当の家族になるまであと少し。だというのに当の兄がお義姉様の卒業パーティでまさかの断罪イベント!?その隣にいる下品な女性は誰です!?えぇわかりました、わたくしがぶっ飛ばしてさしあげます!……と思ったら、そうでした。お兄様はお義姉様にべた惚れなのでした。 微ざまぁあり、諸々ご都合主義。短文なのでさくっと読めます。 カクヨム、なろうにも投稿しております。

この恋、諦めます

ラプラス
恋愛
片想いの相手、イザラが学園一の美少女に告白されているところを目撃してしまったセレン。 もうおしまいだ…。と絶望するかたわら、色々と腹を括ってしまう気の早い猪突猛進ヒロインのおはなし。

処理中です...