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第二章:すれ違う横顔
第七話:すれ違う横顔
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----- 一週間後 -----
「お久しぶり。え?うん。ああ……結局、警察来ちゃったんだ。フルチンのとこ、踏み込まれたの?うわぁ、変態じゃん。笑える」
タバコを吸おうとした望月リクは、ここが学校である事を思い出して、右手をポケットにしまった。フェンスにもたれて座り、空を仰ぐ。
俺は、誰もいない屋上が好きだ。
長野セツナが、スマホの向こうで、ギャーギャー怒鳴り続けていた。
――うるっさいなあ……
スマホを放置してフェンス越しに、クラスの体育の授業を眺めた。リクは殴られた右目がまだ良くなっていない。しばらく体育は休むよう、登校してきたその日に保健師の下田から言われていた。
校庭の脇にあるプールで、半井ゼンジが泳いでいる。一年の時は別のクラスだったから知らなかったけれど。半井は去年、一度も水泳の授業には出なかったらしい。同じクラスの奴らが、そう騒いでいるのを聞いた。
あの傷痕だもんな……気にするか、普通は。
リクはゼンジの背中に広がった傷痕をなぞるようにして、指で空を切った。自宅での出来事を思い出しては、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
幾度となく、俺の喉を流れていったスポーツドリンク。
半井の唇。
慈しむような優しい、瞳。
何となく、もう戻ってはいけない気がする。
あんな普通の――――……
優しいSEXをしそうな男に惹かれる様な事は、もう止めないといなけない。
「聞いてんのかよ!カイ、てめー!」
ハッっと我に帰ったリクは、好都合とばかりにスマホを手に取った。
「聞いてるって。ねえ、セツナ。またしようよ……めちゃくちゃにしてくれるならさあ。俺、セツナの男になってもいいよ」
「――まじかよ」
セツナの声に嬉しさと躊躇いが入り混じっていたが、リクはその事にまるで気づいていなかった。
プールから上がってきた、ゼンジの背中が視界に入ってきた。リクの視線が、自然と切なくなる。
美しくひきつれた傷痕。
誰もその美しさには気づかない。
気づかなくていい。
けれど
今は見ているだけで、辛い。
「うん。じゃあいつものホテルで。えっ制服?セツナ、そんな趣味あったっけ。ハァ?スカート?ばっかじゃないの。俺、女装の趣味ないよ。じゃあね」
着信を切ったリクは、立ち上がって歩き始めた。雲の切れ間からは所々、空が覗いている。
「次は蓮波か……」
リクはゼンジの存在そのものから逃れるように、プールサイドのフェンスに背を向けていた。
蓮波綾
結局、タオルを取り上げたあの日から、ずっとアイツからは避けられたままだ。
リクは顔を怪我した日の事を、都合よく忘れてしまっていた。彼女が心配して職員室に来ていた事も、リクを保健室に連れて行こうとした事も。
分かってるよな、蓮波。
俺たちは、二人で一人なんだよ。
この世界は、俺たち二人だけで十分なんだ。
◆
7月も中旬に差し掛かり、ぼちぼち期末試験の時期が迫っていた。九州が梅雨明けしたと、今朝のニュースが告げていた。関東も、じきに梅雨明けするだろう。
ひとしきりクロールで泳いでいた半井ゼンジは、プールからあがってくると、スイムキャップを外してプールサイドに腰掛けた。肩にかかる髪を絞って、ゴムで結び直す。その引き締まった筋肉質の長身は、褐色に日焼けし始めていた。
去年も同じクラスだったヤツが、チラッとこちらを見ていた。何だ、そんな事が理由だったのか、とでも言いたげな顔をしている。ゼンジは無意識に、背中の傷痕へ手をやっていた。女子は体育館で授業なので、ここにはいない。
----- 一週間前 -----
結局、眠ってしまって目が醒めたのは、真夜中の3時過ぎだった。膝にはタオルケットが掛けてあった。あれから一度は、望月リクも起きたのだろう。ゼリーを食べた跡と、解熱剤を飲んだ形跡が残っていた。間接照明もついている。
右目のアイシングが気になって、リクに近寄り手をやる。始発で帰るまでに、もう一度変えておくか……台所へ行ったゼンジはタオルを冷やしてくると、起こさないようそっと取り替えた。
スースー、というリクの寝息が聞こえる。
その痛々しい顔に手をやり、しばしその寝顔を見つめた。
望月はどうして蓮波にあげた、俺のタオルなんて持っているんだろう。マジマジと見たわけではなかったが、血で汚れていた。二人は、知り合いのようだった。だとしたら、あの血液は蓮波のもの?
考えるだけで、頭がこんがらがりそうだったので、ゼンジは壁にもたれかかって目を瞑った。10分もしないウチに泥のような疲れがのしかかってきて、再び寝入ってしまった。
次に目が覚めた時には、5時を回っていた。エアコンの風が心地よい。大きな欠伸をしながら、伸びをして目を開けると、リクがベッドサイドに腰掛けていた。
「昨日は、悪かった」
部屋が真っ暗で、表情が分からない。ついていたハズの間接照明が、消えてしまっていた。扉も閉められており、ダイニングからの光が入ってこない。ベッドサイド側の半窓は、カーテンで閉めきられてしまっている。
少し位、開ければ……とベッドに近寄ると、リクが酷く醒めた口調で言葉を続けた。
「今は、こうしていたいんだ」
朝日がわずかにカーテンの隙間から差し込んで、細い横顔を照らしている。生気のないその顔は、まるで人形のようだった。それっきりゼンジは何も言えなくなってしまい、半窓から離れようとした。
腕を掴んで来たのは、リクの方からだった。暗闇の中で、小さな頭が動く。
「なあ…半井にとっての俺って、何?」
「え……」
ゼンジは答えられなかった。
一言「大事だ」そう答えるだけでいいのに。言葉に詰まって、どうにも声が出ない。
無性に、喉が渇く。
渇いて仕方ないから、早くこの部屋から離れたいと思ってしまった。
どのくらい沈黙が続いただろうか。
「――分からない……」
気づいたら、そう答えてしまっていた。
後悔しても、手遅れだ。
一番肝心な言葉を、俺は濁してしまった。
表情の見えないリクが心を閉ざしてゆく気配を、ゼンジは感じ取っていた。
「俺はさ。ヤりたいって言う好きしか分からないし、これからも知りたいって思わない」
リクは今にも消え入りそうな声でそう呟くと、ベッドへ潜り込んでそのままゼンジに背を向けてしまった。布団の盛り上がりを見て、改めて小さな背中だなとゼンジは感じていた。
喉が渇く。
傷つけてしまった後悔と大事にしたい想いが綯い交ぜになって、心をかき乱してゆく。抱きしめたい……ゼンジが手を伸ばそうとしたその時。
「これ以上、俺の中に入ってこないでくれ。嫌いなんだ、そういうの」
リクの拒絶の言葉が小さな部屋に響き渡って、ゼンジの心に楔を打っていった。
「……分かった」
それっきりゼンジが家を出るまで、お互いに何も話さなかった。
----- 現在に戻る -----
プールでは、アラタがクロールをしている。ゼンジは、ぼんやりとその姿を追っていた。
俺は好きの中に、セックスも含まれているものだとばかり思っていた。けれど、望月は違うんだな。じゃあお前があの日、新宿で見つめていた人は。あの人は、お前にとっての何だったんだ。
ヤりたいだけの相手に、あんな風に泣いたりしない。
大事にしたいって想いの中に、セックスは必ずしも同居しない。
パチャパチャと水が跳ねるプール。鼻を掠めるほのかな塩素の匂い。その水しぶきが映し出す空は、まだ夏になりきれていない。どこかどんよりと曇っていて、ゼンジとリクの心そのものだった。
正論の中に平然と矛盾が存在する、アンバランスな二人。
クラスメイトのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「半井、最近暗くね?」
「アイツ、元からあんなんだろ」
「てかさ、望月と仲良かったか?」
「それ、俺も思った。先週、一緒に帰ってたよな。アイツら」
「望月も変だよな。元から変だけどよ……」
「半井!背泳ぎしようぜ~!」
ゼンジは、アラタの声で我に返った。見ると、プールサイドの向こう側で手を振っている。立ち上がってクラスメイトを一瞥したゼンジは、スイムキャップを被るとプールへ飛び込んだ。
取り敢えず、今は何も考えたくない。
◆
「飯山、ちょっと悪い。この仕様書んとこなんだけどさ。クライアントに確認取ってもらっていいか」
「了解っす。議事録あげちゃった後でも、良いですか?」
「全然オッケー」
飯山ハルキ、28歳。中堅IT企業に、中途入社して3年目。その前は、教師をしていた。正直、今の職業の方がなんぼか性に合っていると思う。同僚や上司との関係も良く、居心地がいい。
半年前に恋人が出来て、今は笹塚で同棲生活を送っている。
二人でご飯を食べている時が、一番幸せだ。
恋人の名前は、瀬能ゴウ。名前はゴツいが、華奢で色白な雰囲気が、どことなくあの子と似ていた。単純に、見た目が好みなんだと思う。性格は似てない。ゴウは、青山で美容師をしていた。
「ハァ?生徒に手を出して居られなくなったあ?!」
「ゴウちゃん、そんなに引かないでよー」
「いや、引くっしょ。フツーに犯罪者じゃん。何それ」
まだ、付き合う前の話だ。ゲイ仲間とスポーツバーで飲んでた時、ハルキはゴウ相手に、ついうっかり過去の話をしてしまった。ゴウはあの子と似ているのに、あっけらかんとした陽気な性格をしている。
いま振り返ってみると、だからこそ話せたのかな、ともハルキは思う。
「で、最初に誘ったのはどっち?」
「それがさあ。向こうからだったんだよねえ……」
ゴウの目がまん丸になる。グラスを持つ手が、止まってしまっていた。
「はー、すご。イマドキの中学生、コワー。アンタ、前職でカミングアウトしてた訳じゃないんでしょ」
「してないって。出来るわけないでしょ、あんな仕事やってて。だからさー、何で俺がゲイって分かったんだろ。それが今でも、めっちゃ不思議でさ」
「まー、僕もさあ。中学の時には、自覚あったけどね。ハルキは?」
「言われてみたら、俺もそん位かなあ」
ジャックダニエルのグラスが、カランと揺れる。他のメンツは、サッカーの試合に夢中だった。
「で、どんな子だったの?」
「んー。ゴウちゃんを幼くして、闇堕ちさせましたって感じの子。なーんかさあ、妙にエロくて。食ったってより、食われちゃった感がパネエのよ」
キョトンとした顔で、ゴウがハルキを見つめていた。あの時は、初めてゴウを恋愛対象として意識して、酷くアタフタしたっけ。
そんなこんなでデートをするようになった。告白は俺から。
今日は二人で外食でもしようか、と約束していた。
メッセンジャーがピコン!と鳴る。相手はゴウだった。思わず、顔がほころんでしまう。
(ちょっと今いい?)
(今どこ?)
(友達の店)
(友達が、アンタの弟?って見せてきた写真あるんだけど。送ってもいい?)
OK(スタンプ)
時計を見ると、もう定時に近かった。早いところ、仕事を片付けてしまおう。後は、クライアントに確認を取るだけだ。
そう思った所で、再びメッセンジャーが鳴る。写真か。
他人の空似って結構あんだよね、と思いつつスマホを見たハルキは絶句した。
リクだ。
苗字が変わったと風の噂で聞いてはいたが、桐生リクで間違いない。
ビックリしすぎて、震える手でメッセンジャーを打つ。
(前に話してた生徒だ)
何とか気持ちを切りかえて、残っている仕事を片付けた。PCからログアウトをして、電源を落とす。その間に、ゴウからメッセージが入ってた。
(言いにくいんだけど、良くないのと一緒にいるよ)
リクの事が好きだったのは、事実だ。けれど、彼からは底なし沼のような闇を感じて、逃げ出したのも事実だ。
教職を追いやられた時、実は心底ホッとした。
あの子は結局、俺とどうなりたかったんだろう。最後の方なんて、まるで心中でも求められているみたいで、怖かった。
良くないのと一緒にいる。リクなら、なるべくしてなったような気がする。今生きてるってだけでも、奇跡みたいなもんだ。
ハルキは写真に映るあの頃より大人びたリクの顔を見ながら、大きなため息をついた。
◆
安ホテルの一室。目隠しをされた望月リクが立膝をつきながら、制服のシャツ越しに膨らんだ自分の乳首を擦っていた。口には、長野セツナの塊を咥えこんでいる。
「……ハァ…相変わらず、エロいな。お前」
セツナに肩をポンッと蹴られると、リクはされるがまま床に倒れ込んだ。ジュルッっという音と共に、その小さな口から肉塊が外れる。セツナは足で、リクのモノをズボン越しに擦り始めた。
足の親指が動く度に、その小さな身体がビクッと震える。リクの手は再び、シャツ越しに乳首を擦っていた。口からは舌がだらりと出て、涎が垂れている。時折、思い出したかのように切ない喘ぎ声が漏れてくる。
「イィ……ンッ」
そんなリクの姿を見ながら、セツナは立ちションでもするように、自分の下半身弄り扱き出した。クチクチと淫猥な音をわざと立てる。目隠しをされて、その様子を見ることが出来ないリクも粘膜の擦れる音に反応して、腰をうねらせていた。
ハァハァ
ンッ……フッ
「ァ……も、イキそ……」
「ハァ……ンッ、顔にかけてやるからよ。お前も制服の中に出せ」
舌舐めずりをしながら、リクが頷く。目隠しされた顔が、一目で分かるほどに紅潮しきっていた。
「ゥツッ!」
「出すぞ!」
ビクッ
ハァハァ……ハァ……
目隠しを外してもらう。右目の痣は黄色くなり始めており、腫れも大分引いていた。だがそれでも、まだ大分痛々しい。
「ねえ、この制服買うってマジ?」
そう言いながらベッドに上がってきたリクは、子供のような仕草をしながら、ゴロンと横になった。セツナは馬乗りになるとシャツ越しに、リクの乳首を思い切り噛んだ。
「イッ!」
「大人しくしてれば、3万やるよ。その代わり、今日はマッパで帰れな」
「何つまんない事言ってんの。ソファーにあるやつ、着て帰って良いんでしょ。てかさ。いつの間に、俺の学校の制服なんか用意したの?マジクソきっしょいんだけど」
殴ってくれとでも言わんばかりの、挑発的な物言いだ。しかしセツナには、リクが望むような事をしてやれるだけの加虐性を、持ち合わせてはいなかった。
望むまんまにしてやったら、死んじまうだろうが。
煙草を吸いたい気分になったセツナは、馬乗りのなったまま周囲を見渡した。
ハードSMは出来たとしても……カイが求めてくるのはガチのやつだ。どこまで応えてやれるか、不安になってくる。かと言って誘いを断れば、また何処かへ消えていってしまうだろう。
これでも、本気で好きだったんだけどな。お前は、俺を生きるバイブくらいにしか考えてなかったみたいだけれど。
煙草よりも鬱憤を晴らしたい気持ちが勝ったセツナは、裸になるとリクの制服シャツを破いてうつ伏せにさせた。
「まだホストやってんの?それとも、組の便所?見た目が良いとさ、働くの困らないから良いよね」
まだ挑発を続けるリクの顔が痛々しすぎて、どうにも直視出来ない。セツナはリクの髪を掴んで顔を枕に押し付けると、ローションを尻にかけた。
「ガキが、うるっせえんだよ」
「この間の男のが良かった。演技っぽいもん、セツナ。でもアイツは違うよ。普段から絶対、女を本気で殴ってる」
「……!」
カッとなったセツナは、尻の中に指を三本突っ込むと乱雑に前立腺を扱いた。
枕に顔を埋めたリクが、快楽の海に溺れてバタバタと暴れる。
「ンッ!!ンーーーーー!!!」
叫ぶ度に思いっきり尻を引っぱたいてやる。ビクッとリクの身体が反応して、先端からはすぐに透明の涎がダラダラと垂れてきた。尻に力がこもってセツナの指を締め付ける。形の良いリクのソレが筋張って射精寸前になった。
「イカせるかよ」
リクの男性器の根元を、ギュッとつねるようにして握った。身体を反らせようとしたので、グッと頭を押さえつけた。
「ンンッ!!」
指を抜くと白い尻がいやらしく、その口を開けたり閉じたりさせていた。セツナはその口を、舌で愛撫をしてやりたかった。けれども、そんな事をすればまた前みたく徹底的に俺を傷つけて、目の前から居なくなるだろう。
考えるのが面倒くさくなったセツナは、リクの頭を押さえつけながら自分の怒張しきった塊をぶち込んだ。
リクの中は気持ち良すぎて、クラクラする。ヌメヌメと吸い付いてくるリクのそれは、今まで抱いてきたどの女よりもキツくて良かった。
完全に理性が吹っ飛んだセツナは前のめりになると、リクの頭を枕におさえつけた。一心不乱に腰を動かす。
「ァア……いい、すげえいい。カイ」
そのうち、リクの身体がビクビクと痙攣し始めた。パタパタと白濁した液体をほとばらせたかと思うと、もの凄い勢いでセツナの肉塊を締め付けてきた。
「ちょと……締め付けす……アッイッ…イクッ!!」
頭を押さえつけていた手を離し、リクの腰を抱きかかえたセツナは、その白い尻から絞りとられるようにして果てた。
後ろから抱きかかえられたリクは、ぐったりとしたまま動かなかった。
「おい、おい」
まだ息の荒いセツナがリクを仰向けにしてやるが、反応がない。さっきそうしていたように、口から舌がだらりと出てしまっている。
痛々しさの残る顔を覗きこんで、セツナは飛び上がる程驚いた。
リクは白目を剥いて、呼吸をしていなかった。
冗談じゃねえ!まだ俺は、人殺しにはなりたかねえよ!!
頬を思いっきり叩いても、肩を揺すっても反応がない。
慌ててその辺に投げ出してあったミネラルウォーターを、顔にかける。ピクッと、身体が少しだけ反応した。
水を飲ませようとした所で、ようやく呼吸を始めたリクは意識を取り戻すと、ゲエッっと言いながら胃液を吐いた。
「大丈…………」
「気持ち良かった…………」
「は?!」
うっとりとした表情を浮かべたリクはもう一度、胃液を吐いた。
「――まっ枕…………ゲボッゲホッ」
「ちょ、大丈夫かよ?!」
水を飲ませ更に何度か吐かせて、ようやく呼吸の落ち着いたリクは、トロンとした表情をしながら小鳥のように囀った。
「窒素して、気を失ったんだ……ゲホッ、すっごく気持ち良かった……自分がイッたかも、覚えてないや」
真っ青な顔で震えるセツナに、さっきまで呼吸がなかったとは思えない表情をしたリクが顔を近づけた。セツナの頬に冷たいリクの舌が這う。耳にかかる吐息は熱く、まだ興奮していた。
「セツナ、今度はさ。首締めながらしてよ。きっとさ、もっと気持ちが良いと思うんだ」
咄嗟に首を横に振ろうとしたセツナに抱きついたリクは、もう一度頬を舐めた。
「俺の本当の名前、教えてあげる。望月リクって言うんだ。カイっていうのは、偽名。セツナも、気づいてたでしょ」
子供のような笑顔を浮かべたリクが耳を噛んだ。
「俺のこと、壊しちゃってよ。もう、セツナのものなんだから」
セツナはその場に凍りついたまま、蟻地獄にでも落ちてしまったかのような錯覚に囚われていた。
「お久しぶり。え?うん。ああ……結局、警察来ちゃったんだ。フルチンのとこ、踏み込まれたの?うわぁ、変態じゃん。笑える」
タバコを吸おうとした望月リクは、ここが学校である事を思い出して、右手をポケットにしまった。フェンスにもたれて座り、空を仰ぐ。
俺は、誰もいない屋上が好きだ。
長野セツナが、スマホの向こうで、ギャーギャー怒鳴り続けていた。
――うるっさいなあ……
スマホを放置してフェンス越しに、クラスの体育の授業を眺めた。リクは殴られた右目がまだ良くなっていない。しばらく体育は休むよう、登校してきたその日に保健師の下田から言われていた。
校庭の脇にあるプールで、半井ゼンジが泳いでいる。一年の時は別のクラスだったから知らなかったけれど。半井は去年、一度も水泳の授業には出なかったらしい。同じクラスの奴らが、そう騒いでいるのを聞いた。
あの傷痕だもんな……気にするか、普通は。
リクはゼンジの背中に広がった傷痕をなぞるようにして、指で空を切った。自宅での出来事を思い出しては、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
幾度となく、俺の喉を流れていったスポーツドリンク。
半井の唇。
慈しむような優しい、瞳。
何となく、もう戻ってはいけない気がする。
あんな普通の――――……
優しいSEXをしそうな男に惹かれる様な事は、もう止めないといなけない。
「聞いてんのかよ!カイ、てめー!」
ハッっと我に帰ったリクは、好都合とばかりにスマホを手に取った。
「聞いてるって。ねえ、セツナ。またしようよ……めちゃくちゃにしてくれるならさあ。俺、セツナの男になってもいいよ」
「――まじかよ」
セツナの声に嬉しさと躊躇いが入り混じっていたが、リクはその事にまるで気づいていなかった。
プールから上がってきた、ゼンジの背中が視界に入ってきた。リクの視線が、自然と切なくなる。
美しくひきつれた傷痕。
誰もその美しさには気づかない。
気づかなくていい。
けれど
今は見ているだけで、辛い。
「うん。じゃあいつものホテルで。えっ制服?セツナ、そんな趣味あったっけ。ハァ?スカート?ばっかじゃないの。俺、女装の趣味ないよ。じゃあね」
着信を切ったリクは、立ち上がって歩き始めた。雲の切れ間からは所々、空が覗いている。
「次は蓮波か……」
リクはゼンジの存在そのものから逃れるように、プールサイドのフェンスに背を向けていた。
蓮波綾
結局、タオルを取り上げたあの日から、ずっとアイツからは避けられたままだ。
リクは顔を怪我した日の事を、都合よく忘れてしまっていた。彼女が心配して職員室に来ていた事も、リクを保健室に連れて行こうとした事も。
分かってるよな、蓮波。
俺たちは、二人で一人なんだよ。
この世界は、俺たち二人だけで十分なんだ。
◆
7月も中旬に差し掛かり、ぼちぼち期末試験の時期が迫っていた。九州が梅雨明けしたと、今朝のニュースが告げていた。関東も、じきに梅雨明けするだろう。
ひとしきりクロールで泳いでいた半井ゼンジは、プールからあがってくると、スイムキャップを外してプールサイドに腰掛けた。肩にかかる髪を絞って、ゴムで結び直す。その引き締まった筋肉質の長身は、褐色に日焼けし始めていた。
去年も同じクラスだったヤツが、チラッとこちらを見ていた。何だ、そんな事が理由だったのか、とでも言いたげな顔をしている。ゼンジは無意識に、背中の傷痕へ手をやっていた。女子は体育館で授業なので、ここにはいない。
----- 一週間前 -----
結局、眠ってしまって目が醒めたのは、真夜中の3時過ぎだった。膝にはタオルケットが掛けてあった。あれから一度は、望月リクも起きたのだろう。ゼリーを食べた跡と、解熱剤を飲んだ形跡が残っていた。間接照明もついている。
右目のアイシングが気になって、リクに近寄り手をやる。始発で帰るまでに、もう一度変えておくか……台所へ行ったゼンジはタオルを冷やしてくると、起こさないようそっと取り替えた。
スースー、というリクの寝息が聞こえる。
その痛々しい顔に手をやり、しばしその寝顔を見つめた。
望月はどうして蓮波にあげた、俺のタオルなんて持っているんだろう。マジマジと見たわけではなかったが、血で汚れていた。二人は、知り合いのようだった。だとしたら、あの血液は蓮波のもの?
考えるだけで、頭がこんがらがりそうだったので、ゼンジは壁にもたれかかって目を瞑った。10分もしないウチに泥のような疲れがのしかかってきて、再び寝入ってしまった。
次に目が覚めた時には、5時を回っていた。エアコンの風が心地よい。大きな欠伸をしながら、伸びをして目を開けると、リクがベッドサイドに腰掛けていた。
「昨日は、悪かった」
部屋が真っ暗で、表情が分からない。ついていたハズの間接照明が、消えてしまっていた。扉も閉められており、ダイニングからの光が入ってこない。ベッドサイド側の半窓は、カーテンで閉めきられてしまっている。
少し位、開ければ……とベッドに近寄ると、リクが酷く醒めた口調で言葉を続けた。
「今は、こうしていたいんだ」
朝日がわずかにカーテンの隙間から差し込んで、細い横顔を照らしている。生気のないその顔は、まるで人形のようだった。それっきりゼンジは何も言えなくなってしまい、半窓から離れようとした。
腕を掴んで来たのは、リクの方からだった。暗闇の中で、小さな頭が動く。
「なあ…半井にとっての俺って、何?」
「え……」
ゼンジは答えられなかった。
一言「大事だ」そう答えるだけでいいのに。言葉に詰まって、どうにも声が出ない。
無性に、喉が渇く。
渇いて仕方ないから、早くこの部屋から離れたいと思ってしまった。
どのくらい沈黙が続いただろうか。
「――分からない……」
気づいたら、そう答えてしまっていた。
後悔しても、手遅れだ。
一番肝心な言葉を、俺は濁してしまった。
表情の見えないリクが心を閉ざしてゆく気配を、ゼンジは感じ取っていた。
「俺はさ。ヤりたいって言う好きしか分からないし、これからも知りたいって思わない」
リクは今にも消え入りそうな声でそう呟くと、ベッドへ潜り込んでそのままゼンジに背を向けてしまった。布団の盛り上がりを見て、改めて小さな背中だなとゼンジは感じていた。
喉が渇く。
傷つけてしまった後悔と大事にしたい想いが綯い交ぜになって、心をかき乱してゆく。抱きしめたい……ゼンジが手を伸ばそうとしたその時。
「これ以上、俺の中に入ってこないでくれ。嫌いなんだ、そういうの」
リクの拒絶の言葉が小さな部屋に響き渡って、ゼンジの心に楔を打っていった。
「……分かった」
それっきりゼンジが家を出るまで、お互いに何も話さなかった。
----- 現在に戻る -----
プールでは、アラタがクロールをしている。ゼンジは、ぼんやりとその姿を追っていた。
俺は好きの中に、セックスも含まれているものだとばかり思っていた。けれど、望月は違うんだな。じゃあお前があの日、新宿で見つめていた人は。あの人は、お前にとっての何だったんだ。
ヤりたいだけの相手に、あんな風に泣いたりしない。
大事にしたいって想いの中に、セックスは必ずしも同居しない。
パチャパチャと水が跳ねるプール。鼻を掠めるほのかな塩素の匂い。その水しぶきが映し出す空は、まだ夏になりきれていない。どこかどんよりと曇っていて、ゼンジとリクの心そのものだった。
正論の中に平然と矛盾が存在する、アンバランスな二人。
クラスメイトのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「半井、最近暗くね?」
「アイツ、元からあんなんだろ」
「てかさ、望月と仲良かったか?」
「それ、俺も思った。先週、一緒に帰ってたよな。アイツら」
「望月も変だよな。元から変だけどよ……」
「半井!背泳ぎしようぜ~!」
ゼンジは、アラタの声で我に返った。見ると、プールサイドの向こう側で手を振っている。立ち上がってクラスメイトを一瞥したゼンジは、スイムキャップを被るとプールへ飛び込んだ。
取り敢えず、今は何も考えたくない。
◆
「飯山、ちょっと悪い。この仕様書んとこなんだけどさ。クライアントに確認取ってもらっていいか」
「了解っす。議事録あげちゃった後でも、良いですか?」
「全然オッケー」
飯山ハルキ、28歳。中堅IT企業に、中途入社して3年目。その前は、教師をしていた。正直、今の職業の方がなんぼか性に合っていると思う。同僚や上司との関係も良く、居心地がいい。
半年前に恋人が出来て、今は笹塚で同棲生活を送っている。
二人でご飯を食べている時が、一番幸せだ。
恋人の名前は、瀬能ゴウ。名前はゴツいが、華奢で色白な雰囲気が、どことなくあの子と似ていた。単純に、見た目が好みなんだと思う。性格は似てない。ゴウは、青山で美容師をしていた。
「ハァ?生徒に手を出して居られなくなったあ?!」
「ゴウちゃん、そんなに引かないでよー」
「いや、引くっしょ。フツーに犯罪者じゃん。何それ」
まだ、付き合う前の話だ。ゲイ仲間とスポーツバーで飲んでた時、ハルキはゴウ相手に、ついうっかり過去の話をしてしまった。ゴウはあの子と似ているのに、あっけらかんとした陽気な性格をしている。
いま振り返ってみると、だからこそ話せたのかな、ともハルキは思う。
「で、最初に誘ったのはどっち?」
「それがさあ。向こうからだったんだよねえ……」
ゴウの目がまん丸になる。グラスを持つ手が、止まってしまっていた。
「はー、すご。イマドキの中学生、コワー。アンタ、前職でカミングアウトしてた訳じゃないんでしょ」
「してないって。出来るわけないでしょ、あんな仕事やってて。だからさー、何で俺がゲイって分かったんだろ。それが今でも、めっちゃ不思議でさ」
「まー、僕もさあ。中学の時には、自覚あったけどね。ハルキは?」
「言われてみたら、俺もそん位かなあ」
ジャックダニエルのグラスが、カランと揺れる。他のメンツは、サッカーの試合に夢中だった。
「で、どんな子だったの?」
「んー。ゴウちゃんを幼くして、闇堕ちさせましたって感じの子。なーんかさあ、妙にエロくて。食ったってより、食われちゃった感がパネエのよ」
キョトンとした顔で、ゴウがハルキを見つめていた。あの時は、初めてゴウを恋愛対象として意識して、酷くアタフタしたっけ。
そんなこんなでデートをするようになった。告白は俺から。
今日は二人で外食でもしようか、と約束していた。
メッセンジャーがピコン!と鳴る。相手はゴウだった。思わず、顔がほころんでしまう。
(ちょっと今いい?)
(今どこ?)
(友達の店)
(友達が、アンタの弟?って見せてきた写真あるんだけど。送ってもいい?)
OK(スタンプ)
時計を見ると、もう定時に近かった。早いところ、仕事を片付けてしまおう。後は、クライアントに確認を取るだけだ。
そう思った所で、再びメッセンジャーが鳴る。写真か。
他人の空似って結構あんだよね、と思いつつスマホを見たハルキは絶句した。
リクだ。
苗字が変わったと風の噂で聞いてはいたが、桐生リクで間違いない。
ビックリしすぎて、震える手でメッセンジャーを打つ。
(前に話してた生徒だ)
何とか気持ちを切りかえて、残っている仕事を片付けた。PCからログアウトをして、電源を落とす。その間に、ゴウからメッセージが入ってた。
(言いにくいんだけど、良くないのと一緒にいるよ)
リクの事が好きだったのは、事実だ。けれど、彼からは底なし沼のような闇を感じて、逃げ出したのも事実だ。
教職を追いやられた時、実は心底ホッとした。
あの子は結局、俺とどうなりたかったんだろう。最後の方なんて、まるで心中でも求められているみたいで、怖かった。
良くないのと一緒にいる。リクなら、なるべくしてなったような気がする。今生きてるってだけでも、奇跡みたいなもんだ。
ハルキは写真に映るあの頃より大人びたリクの顔を見ながら、大きなため息をついた。
◆
安ホテルの一室。目隠しをされた望月リクが立膝をつきながら、制服のシャツ越しに膨らんだ自分の乳首を擦っていた。口には、長野セツナの塊を咥えこんでいる。
「……ハァ…相変わらず、エロいな。お前」
セツナに肩をポンッと蹴られると、リクはされるがまま床に倒れ込んだ。ジュルッっという音と共に、その小さな口から肉塊が外れる。セツナは足で、リクのモノをズボン越しに擦り始めた。
足の親指が動く度に、その小さな身体がビクッと震える。リクの手は再び、シャツ越しに乳首を擦っていた。口からは舌がだらりと出て、涎が垂れている。時折、思い出したかのように切ない喘ぎ声が漏れてくる。
「イィ……ンッ」
そんなリクの姿を見ながら、セツナは立ちションでもするように、自分の下半身弄り扱き出した。クチクチと淫猥な音をわざと立てる。目隠しをされて、その様子を見ることが出来ないリクも粘膜の擦れる音に反応して、腰をうねらせていた。
ハァハァ
ンッ……フッ
「ァ……も、イキそ……」
「ハァ……ンッ、顔にかけてやるからよ。お前も制服の中に出せ」
舌舐めずりをしながら、リクが頷く。目隠しされた顔が、一目で分かるほどに紅潮しきっていた。
「ゥツッ!」
「出すぞ!」
ビクッ
ハァハァ……ハァ……
目隠しを外してもらう。右目の痣は黄色くなり始めており、腫れも大分引いていた。だがそれでも、まだ大分痛々しい。
「ねえ、この制服買うってマジ?」
そう言いながらベッドに上がってきたリクは、子供のような仕草をしながら、ゴロンと横になった。セツナは馬乗りになるとシャツ越しに、リクの乳首を思い切り噛んだ。
「イッ!」
「大人しくしてれば、3万やるよ。その代わり、今日はマッパで帰れな」
「何つまんない事言ってんの。ソファーにあるやつ、着て帰って良いんでしょ。てかさ。いつの間に、俺の学校の制服なんか用意したの?マジクソきっしょいんだけど」
殴ってくれとでも言わんばかりの、挑発的な物言いだ。しかしセツナには、リクが望むような事をしてやれるだけの加虐性を、持ち合わせてはいなかった。
望むまんまにしてやったら、死んじまうだろうが。
煙草を吸いたい気分になったセツナは、馬乗りのなったまま周囲を見渡した。
ハードSMは出来たとしても……カイが求めてくるのはガチのやつだ。どこまで応えてやれるか、不安になってくる。かと言って誘いを断れば、また何処かへ消えていってしまうだろう。
これでも、本気で好きだったんだけどな。お前は、俺を生きるバイブくらいにしか考えてなかったみたいだけれど。
煙草よりも鬱憤を晴らしたい気持ちが勝ったセツナは、裸になるとリクの制服シャツを破いてうつ伏せにさせた。
「まだホストやってんの?それとも、組の便所?見た目が良いとさ、働くの困らないから良いよね」
まだ挑発を続けるリクの顔が痛々しすぎて、どうにも直視出来ない。セツナはリクの髪を掴んで顔を枕に押し付けると、ローションを尻にかけた。
「ガキが、うるっせえんだよ」
「この間の男のが良かった。演技っぽいもん、セツナ。でもアイツは違うよ。普段から絶対、女を本気で殴ってる」
「……!」
カッとなったセツナは、尻の中に指を三本突っ込むと乱雑に前立腺を扱いた。
枕に顔を埋めたリクが、快楽の海に溺れてバタバタと暴れる。
「ンッ!!ンーーーーー!!!」
叫ぶ度に思いっきり尻を引っぱたいてやる。ビクッとリクの身体が反応して、先端からはすぐに透明の涎がダラダラと垂れてきた。尻に力がこもってセツナの指を締め付ける。形の良いリクのソレが筋張って射精寸前になった。
「イカせるかよ」
リクの男性器の根元を、ギュッとつねるようにして握った。身体を反らせようとしたので、グッと頭を押さえつけた。
「ンンッ!!」
指を抜くと白い尻がいやらしく、その口を開けたり閉じたりさせていた。セツナはその口を、舌で愛撫をしてやりたかった。けれども、そんな事をすればまた前みたく徹底的に俺を傷つけて、目の前から居なくなるだろう。
考えるのが面倒くさくなったセツナは、リクの頭を押さえつけながら自分の怒張しきった塊をぶち込んだ。
リクの中は気持ち良すぎて、クラクラする。ヌメヌメと吸い付いてくるリクのそれは、今まで抱いてきたどの女よりもキツくて良かった。
完全に理性が吹っ飛んだセツナは前のめりになると、リクの頭を枕におさえつけた。一心不乱に腰を動かす。
「ァア……いい、すげえいい。カイ」
そのうち、リクの身体がビクビクと痙攣し始めた。パタパタと白濁した液体をほとばらせたかと思うと、もの凄い勢いでセツナの肉塊を締め付けてきた。
「ちょと……締め付けす……アッイッ…イクッ!!」
頭を押さえつけていた手を離し、リクの腰を抱きかかえたセツナは、その白い尻から絞りとられるようにして果てた。
後ろから抱きかかえられたリクは、ぐったりとしたまま動かなかった。
「おい、おい」
まだ息の荒いセツナがリクを仰向けにしてやるが、反応がない。さっきそうしていたように、口から舌がだらりと出てしまっている。
痛々しさの残る顔を覗きこんで、セツナは飛び上がる程驚いた。
リクは白目を剥いて、呼吸をしていなかった。
冗談じゃねえ!まだ俺は、人殺しにはなりたかねえよ!!
頬を思いっきり叩いても、肩を揺すっても反応がない。
慌ててその辺に投げ出してあったミネラルウォーターを、顔にかける。ピクッと、身体が少しだけ反応した。
水を飲ませようとした所で、ようやく呼吸を始めたリクは意識を取り戻すと、ゲエッっと言いながら胃液を吐いた。
「大丈…………」
「気持ち良かった…………」
「は?!」
うっとりとした表情を浮かべたリクはもう一度、胃液を吐いた。
「――まっ枕…………ゲボッゲホッ」
「ちょ、大丈夫かよ?!」
水を飲ませ更に何度か吐かせて、ようやく呼吸の落ち着いたリクは、トロンとした表情をしながら小鳥のように囀った。
「窒素して、気を失ったんだ……ゲホッ、すっごく気持ち良かった……自分がイッたかも、覚えてないや」
真っ青な顔で震えるセツナに、さっきまで呼吸がなかったとは思えない表情をしたリクが顔を近づけた。セツナの頬に冷たいリクの舌が這う。耳にかかる吐息は熱く、まだ興奮していた。
「セツナ、今度はさ。首締めながらしてよ。きっとさ、もっと気持ちが良いと思うんだ」
咄嗟に首を横に振ろうとしたセツナに抱きついたリクは、もう一度頬を舐めた。
「俺の本当の名前、教えてあげる。望月リクって言うんだ。カイっていうのは、偽名。セツナも、気づいてたでしょ」
子供のような笑顔を浮かべたリクが耳を噛んだ。
「俺のこと、壊しちゃってよ。もう、セツナのものなんだから」
セツナはその場に凍りついたまま、蟻地獄にでも落ちてしまったかのような錯覚に囚われていた。
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