窓際を眺める君に差しのべる手は

加賀宮カヲ

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第一章:面影

第二話:保健室の少女

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 古びたパイプベッドが時折、モゾモゾと動く。三台ある保健室のベッド。一番端っこが蓮波綾はすなみあやの指定席になっていた。

 濡れて泥まみれになった靴下は、流石に脱いだ。掛け布団にくるまれながら、半井なからいゼンジから貰ったスポーツタオルを抱え、ひっそりと身をよじる。

 ――半井なからい君……学年で有名な人。運動神経がとてもいい人。一度だけ、バスケやってるとこを見た。かっこよかった……半井なからい君の匂い……柔軟剤の匂い。

 今朝の事を思い出すだけで、カッカと顔が火照ほてってくる。あやは自分でも、驚きを隠せなかった。ああいうの人に慣れてないから、きっと少しびっくりしただけ。きっとそれだけ。

 ベッド脇のカーテンがヒラヒラと動いて、あやは身体を起こした。顔をのぞかせたのは、保健師の下田しもだだった。

「靴下、誰かが置いてった物しかないのよね。一応、洗濯してあるから。これ、く?」

「はい、いつもありがとうございます」

 白衣から、ほんのりとタバコの匂いがする。この人は、女性なのにタバコを吸う。最初は不思議で仕方がなかったけれど、ストレス解消だと聞いてそういう方法もあるのかと思った。

 あやには、かなり世間せけんズレした所がある。小さな頃から、周囲とはあまり関わろうとしない子供だった。それは、彼女の母親も同じだった。それでも父親が生きていた頃は、家族仲良く幸せな生活を送っていた。

 父親が亡くなって、しばらく経ってからだ。あやの様子が、如実にょじつにおかしくなっていったのは。

「カウンセリングの事、考えてくれてる?」

 声に反応して本能的に下田しもだから距離を取ると、あやは黙ったままうつむいた。

「お母様、心配してらしたわよ。もうはいないのにって。学校でのイジメも心配してらしたけど……そんな事実はないって、気がつくのも時間の問題なんじゃないかしら」

 お母さんは何もかも、自分のせいだと言う。お父さんが死んだ後、電気代をどう払えば良いか分からなかった事。税金の払い方を知らなかった事。神様に頼ってしまった事。

 を家に招き入れてしまった事。

 お母さんから謝罪の言葉を聞く度に、私は息が出来なくなりそうになる。お母さんは、私を見ながら私を見ていない。胃がせり上がってくるような感覚に眉をしかめたあやは、ゼンジから貰ったスポーツタオルをギュッと握りしめた。

 が家からいなくなって、一年が経った。

 入れ替わるようにして、家には福祉の人が来るようになった。お母さんは心を入れ替えたと言って、朝から晩まで働くようになった。けれども、私と福祉の人は知ってる。お母さんがまだ、偽物の神様を信じている事を。

 私達親子の会話は一年経った今でも、福祉の人と先生を通した、虚しい伝言ゲームでしかない。
 すれ違い続ける、一方的な伝言ゲーム。
 
 誰も、私のは知らない。

「話したくなったら……」

 下田しもだの声がした。

「いつでも、話してね」

 それだけ言うと、彼女はカーテンの向こうに消えていった。

 どうしようもない居心地の悪さを覚えたあやは、借りた靴下をくと、保健室を後にした。




 ◆




「だからダメだって。放課後は制服の採寸さいすんがあるって、何回言えば分かるんだよ」

 学食のパンを食べていた半井なからいゼンジは、アラタと弥生やよいカップルにそっけなく答えて話を終わらせようとしていた。

「部活に入れって言ってるワケじゃないじゃん。ただ、練習試合に人が足りないから出て欲しいって言って……」

「それ!」

 ゼンジにコロッケパンを向けられた弥生やよいは、顔をしかめて手で払う仕草をした。横にいたアラタはまたやってる……とでも言わんばかりに、呆れた顔で二人の様子を眺めていた。

 ゼンジは、入学当時から部活動をかたくなに嫌がってきた。運動神経は抜群なのに、体育の授業もいつだってあまり気乗りしないようだった。アラタはその理由を、とっくに本人から聞いていた。

 でも、弥生やよいには話にくいんだよなあ……恋人とは言え、友人のプライベートを話すのは気が引ける。

 ゼンジとアラタは高校に入学して、直ぐに仲良くなった。親友と言っていい存在だ。お互い、似たりよったりの背格好。同じように制服もダボダボだったので、入学当時はよく間違われたりもした。

 共にこの一年で、随分と背が伸びた。けれども、アラタは制服が丁度良いサイズになったのに対して、今のゼンジは誰がどう見ても長身ちょうしんだ。そういや、よく膝が痛いって言ってたっけな。

 そして、アラタに弥生やよいという恋人が出来ても、何だかんだと一緒にいる事が多い。昼食は三人で食べていたし、試験勉強も三人でする事が多かった。弥生やよいの二人きりを強要しない小ざっぱりとした性格を、アラタは好きになった。
 
 弥生やよいが「んもう!」と言いながら、腕組みをしてゼンジをにらみつけた。

半井なからいは、自分のモテをかそうとか考えないわけ?」
「はあ?何が」

 自信満々に弥生やよいが鼻をふくらませる。

「とぼけないでくれる?髪なんか伸ばしちゃってさ。一年の時、地味なたわしみたいだったじゃん」

「地味なたわしってお前……」

 各自、思い思いに昼食をとっていたクラスメイト達が、一斉に聞き耳を立て始めた。

 女子に囲まれてジュースを飲みながら、ヘラヘラと笑っていた望月もちづきリクが、声に反応して視線をゼンジに向けていた。一瞬だけ、目が合う。小馬鹿にしたような顔で直ぐに視線を逸らすいけ好かなさは、いつも通りの望月もちづきだった。今朝のは、やっぱり俺の勘違いだったのかもしれない。

「お願い!前半戦だけでいいから試合出て。ランチ奢るから」
「好きにしろよ……めんどくせえなあ」

 露骨ろこつにガタンと椅子いすから立ち上がる音がして、教室の視線が音の方へ集中した。望月もちづきだった。突然何?という顔をした女子グループの輪から離れ、自席じせきに向かって歩いていく。

 そして頬杖をつくと、またいつものように外を眺め始めた。

 変なヤツ
 外ならずっと雨なのに

 望月もちづきのいちいち演技がかった態度が鼻につく。
 そんなのは俺だけかもしんないけど。

 白けた表情で窓際を見やったゼンジは、残りのコロッケパンを口に放り込んだ。




 ◆





 放課後
 皆、雨で他にやる事がないからか、練習試合には思いのほか沢山の生徒が集まっていた。弥生やよいの目的は、分かりやすい。バスケ部への新入生勧誘だ。その為のサクラがゼンジ、というわけだった。

 だますようにして入部させた所で……その先の事は弥生やよいがどうにかする話で、俺には関係ない話なんだけど。

 離れた所で座っていたゼンジに、バスケ部所属の元クラスメイトが話かけてきた。

「よう、お前また背伸びた?」
「んあ」

「これで合うかな……着替え、あっちでしてきて」

 投げられたウェアを受け取ったゼンジは、体育館併設の更衣室を見た。他の部員が出入りを繰り返している。

 人前で着替えるのには、どうにも抵抗感があるんだよな。

「いや、いい。適当に着替えてくるわ」

 元クラスメイトにそう伝えたゼンジは、誰も知らない自分だけの更衣場へと向かった。

 取り壊しが決まっている、殆ど使用されていない校舎。その屋上前の踊り場が、ゼンジだけの更衣場だった。体育館からは離れているけれど、人が来る事はまずないから安心して着替えられる。

 ゼンジには肩から背中にかけて、大きな裂傷痕れっしょうこんがあった。

 まだ小学校低学年の頃だった。庭でボール遊びをしていて、そのまま勢いで道路に飛び出してしまった。ちょうど目の前まで走ってきていた、車の下敷きになって出来た傷だ。

 俺自身は男だし、特に気にしてはいない。
 そもそも、原因は俺だ。ボール遊びで夢中になって、飛び出した俺が悪かった。

 ただ、事ある毎に祖母がその事故の話を持ち出しては、母親を責めるようになった。ゼンジはいつからか、人前で裸を見せることに、強い抵抗感を覚えるようになってしまっていた。

 近所の人だって、皆知ってる。そして、誰もその事について何も言わない。

 祖母と母親だけが、あの事故で時が止まってしまったかのように、いつまでもいがみ合っている。

 シャツを脱ぎ捨てたゼンジは、背中の傷に手をやった。春の身体測定では180cmになってた。一年で16cm伸びた事になる。更に伸びて、今は183cmくらいといった所だろうか。

 身長が伸びた分、傷も伸びたりするんだろうか?背中なんて、傷がなくても自分じゃ滅多に見ないしな。よく分かんねえ。

 ――……なんだ?
 今、人の呼吸が聞こえなかったか。
 
 のんびりと着替えていたゼンジは、人の気配があった事に気づいて振り返った。今まで一度も、ここで誰かと鉢合わせた事なんてなかったのに。

「誰だ!」

 思わず声を荒らげると、階段を早足はやあしでパタパタと降りてゆく後ろ姿だけが見えた。

 サラサラの茶色い髪
 華奢きゃしゃ身体からだ

 あれは……望月もちづき

 ゼンジは無意識に舌打ちをしてしまっていた。
 
「よりによってアイツかよ。こんな所で何してたんだ」
 
 ぶつくさと独りごちた後で、自分だってこんな所で着替えてるじゃないか、という思いが頭をもたげる。分かってはいるが、自分勝手な不快感を隠せずにいた。
 
 気分わる。
 あんなヤツの事は、とっとと忘れるに限る。

 ゼンジはウェアを素早く羽織ると、踊り場を後にした。




 ◆




 普段なら絶対、こんな事しないのに。いっぱい人がいる。女の子も、沢山。半井なからい君の事を、かっこいいって言う女の子は多い。彼の名前を知ったのも、そういう噂話が聞こえてきてしまっていたから。

 まるでアイドルのファンみたい。私も、その一人になってしまったんだろうか。

 体育館の入口に蓮波綾はすなみあやはいた。中に入る勇気がなく、往来の多い入り口で10分近くも突っ立ったままだった。それが通行人の邪魔になっている、という自覚が彼女にはない。「どいて」と言われても、ポーッとしたまま心ここにあらずだった。

「あれ、蓮波はすなみさんも来たの?」

 名前を呼ばれて初めて、あやは入り口から脇の花壇へと移動して身構えた。同じクラスの女子が二人、私に向かって笑ってる。名前は……えっと、佐伯さえきさん。私に時たま話かけてくる、大人しい感じの人。一緒にいるもう一人は、名前が分からない。

 おどおどしてるあやの手を、佐伯さえきが優しく引っ張った。いつもなら咄嗟に手を振り払ってしまう所だが、不思議とそうはならなかった。大人しく引かれるまま、体育館の中へと入っていく。

「もう少し奥へ行かない?半井なからい君がバスケ部に顔出すなんて、久しぶりだもんね」
「ね、かっこいいよね。アイドル、アイドル」

 佐伯さえきが名前の分からないもう一人と、ニコニコ笑っていた。

 あやは、所謂ガールズトークに慣れていない。経験が圧倒的に少ないので、どうしたら良いか分からなくなってしまうのだ。だから、いとも簡単に混乱してしまう。

 中学時代にいじめられていた事も原因ではあったが、母親が入信にゅうしんしていた閉鎖的へいさてきな新興宗教の影響が最も大きかった。

 自分が普通でない事は、自分が一番良く知っている。
 普通の人が笑顔で楽しむような場所になんて、来るんじゃなかった。

 逃げたい思いで頭がいっぱいになったあやにとって、出てくる単語は最早もはや1つ。

「トイレ……」

 なんとかそれだけ言うと、あやはその場を走り去って行ってしまった。

「あの子、笑ったら可愛いのにね」

 佐伯さえきが少し寂しげに、もう一人へと語りかけていた。




 ◆




 時折、キャーと言う声援が聞こえる。練習試合が始まったのだ。

「なんかやってるみたいだから行こーぜー」

 新入生らしき男子生徒の声が、パタパタと言う上履きの音と共に、通り過ぎては消えてゆく。

 体育館から逃げ出したあやは、途中何度もつまづきながら声援とは真逆の方向に走っていた。そうして周囲を見渡して誰も居ないのを確認すると、随分前から粗大ゴミ置き場なっている用具室の扉を開けた。

「なんだ、今日は来ないかと思った」

 聞き慣れた声に、酷く安堵あんどする。

 仄暗ほのぐらい用具室の奥に、望月もちづきリクは座っていた。

 ついに誰の足音も聞こえなくなって、静まり返った頃、リクがポケットから剃刀かみそりを取り出してあやに渡した。

「う……」

 剃刀かみそりでスパッと手首に傷をつける。切れ味が良すぎて傷が広がらず、思ったよりも血が出ない。

 リクが近寄ってきて、舌で犯すようにして傷口を広げた。したたり落ちる血に舌をわせると、ズボンの中に手を入れてまさぐり始めた。

 痛みで歪んでいたあやの顔から生気せいきが失せ、うつろな目をした人形のようになる。

 これが、私たちの
 いつもの、

 フー、フー

 リクは額に汗をにじませながら、その指を尻の方へと伝わせていった。持て余した熱で、腰が自然とうねっていた。慣れた手つきでベルトを外し、そのままパンツごと上手にするりと脱ぐ。

 クチュ
 クチャ

 淫猥いんわいな音だけが空間を支配する。それは確実に、リクの精神的な酩酊めいていを誘っていた。

 粘膜をこする音が大きくなるにつれて、その華奢な身体が、跳ねるように痙攣し始めていた。
 
「――……手伝おうか」

 珍しくあやが声をかけたが、リクは眉間みけんにシワを寄せると、首を横に振った。

 この快感は俺だけのものだ、お前は入ってくるな。
 本能のおもむくまま、尻の中を指でピストンし続ける。

 クチュ
 ヌチュッ

「っあっ……」

 切ない声がれて、しばらくした後、勢いよく白濁した液体が薄汚れた床に飛び散った。
 
 結局、リクは三回果ててようやく落ち着いた。
 
 の最中、彼はずっと半井なからいゼンジの背中をおかずにしていた。

 別に深い意味があったわけじゃない。本当に、たまたまだった。ウェアを手に持った半井なからいの姿が目に入ってきたのは。気がついたら後をつけていた。そういえば、アイツはいつも更衣室こういしつを使わない。一体、どこで着替えてるんだろう。

 同級生の着替えを見て欲情するほど、男に困っているわけじゃない。卒業するまで遊べないと言ったって、ちょこちょことヤることはヤっている。
 
 ただ、なんというか。
 
 好奇心で見た同級生の半裸に、あそこまで興奮するとは思わなかった。
 半井なからいが気づかないでいたら、あの場所でオナニーをしていたかもしれない。

 それぐらい、筋肉質の背中に広がった傷痕きずあとは美しく、欲情をかき立てるものだった。


 が終わると着替えを済ませ、蓮波はすなみに膝枕をして貰いながら、髪を撫でてもらう。そうして、気が向いたらポツリポツリと会話のようなものをする。会話と言っても、リクが一方的に話すだけだったが。

 これが、僕たちの日常にちじょう

 今日のリクは、機嫌がよく饒舌じょうぜつだった。

蓮波はすなみはさ、俺と結婚すればいいんだよ。俺はゲイだし、みたいな事はしないよ。君は、安定した生活を手に入れられる。だからさ、高校を出たら結婚しよう」

 あやはその言葉に、否定もしなければ肯定もしなかった。普段からそういう所はあったが、いつにも増して心ここにあらずな状態になっている。

 機嫌の良かったリクは、何処かへ消え去っていた。気難しい表情を浮かべて、あやを睨みつけている。睨まれている事にすら気づかないあやを見ていると、許せないという気持ちが湧き上がってきた。
 
 結婚は、大事なフレーズだ。いつもなら、必ず「うん」って言うじゃないか。
 絶対に肯定こうていしなきゃダメな事なんだ。
 
 ……だってこれは、俺たち二人の呪文なんだから。

蓮波はすなみ、さっきまで何処どこで何してたの?」
「――……」

 答えない。

「バスケの試合、見に行こうとした?」

 やっぱり答えない。
 イライラする。すごく。
 
 リクは玩具おもちゃを取られた赤ん坊のようだった。癇癪を起こして、今にも泣き喚かんとする赤ん坊。

「まさか、タオル貰ったから好きになっちゃったとか?」
「――……分からない」

「分からないって、なんだよ。半井なからいは、俺とは違うからね。みたいな事を絶対にするよ。泣いたって、絶対に止めてくれない」

 まだ出血しゅっけつの止まっていないあやの腕を乱暴につかんだリクは、その手に力を込めて問い詰めた。

「イヤイヤ切ったから、思った以上に力が入ったんじゃないの。なんでまだ血が止まらないんだよ」

「違う……」

 分からないとか違うとか、そんな言葉は求めてない。
 リクは彼女のかばんあさると、ゼンジのスポーツタオルを取り出し、無理やり傷をふさいだ。

「嫌だ。止めて」

 目に涙を浮かべたあやが身をよじって抵抗するの様を見ていたリクは、最早怒りを感じていた。
 
 普段なら、こんな風に口答えなんてしないのに。

「他の誰もらないよ。俺たちは、二人だけで生きてくんだ」

 リクはタオルをあやの傷から離すと、自分の口周くちまわりについていた血を拭った。微かに半井なからいの匂いがする。

 半井なからいの、汗の匂い。
 

 無性に腹が立って仕方がない。目の前でみすぼらしく座っている蓮波はすなみに、手を上げそうになる。

 でも、それだけはやったらダメだ。
 おそらく、もう二度とは成立しなくなる。
 
 だから、代わりに思いっきり意地悪をしてやる事にした。

「変なもん持って帰ると、おばさん心配しちゃうだろ。これ、ウチで洗ってきてやるよ。それにさ、ちょっと優しくされた位ですぐに勘違かんちがいしちゃう所、おばさんにそっくりだよね。やっぱり親子なんだな」

「うぅ……」

 ついに泣き出した蓮波はすなみを見て、ようやく満足をした。なんなら興奮もしたけれど、それはSEXをしたいとか言うのとは、また全く別のものだった。

 独占欲?
 まさか

 今日の俺は情緒不安定なのかもしれない。今度は、無性にムラムラしてきた。なんでもいいから、滅茶苦茶にされたい。SEXしたい。

 抑えきれない。




 ◆




 ゼンジがバスケの練習試合に出場し(結局、後半途中までいた)、制服の採寸を済ませてようやく学校から解放された頃、リクは古びたホテルにいた。
 
 汚らしい身なりの中年男性を相手に、罵倒されながら手錠てじょうプレイにいそししんでいた。

 半井なからいのタオルを猿轡さるぐつわのようにしてくわえる。
 血の匂いと汗の匂いが入り混じって、それだけでクラクラした。

「ウ――!」
「おい変態、もっと腰を振れ。中に出すぞ」

 コクコクとうなずと尻を思い切り叩かれて、背中がピンとった。

 ビュル!
 ビュッビュッ

「アグッ!」

 果てる瞬間、リクは半井なからい傷痕きずあとにぶちまけているような錯覚さっかくに囚われていた。
 
 あの傷痕きずあとを、俺のモノで思い切りけがしてみたい。
 
 恍惚とした表情のリクは、身体を震わせてもう一度果てると、タオルをくわえたまま眠るようにして気を失った。
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