噛ませのプライド

コブシ

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通り過ぎた天使と堕天使

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美里が出て行ったと同時に店員さんが持ってきてくれたカルボナーラ。美味しそうな湯気をたてて2つ仲良く並んでいた。


会計を済ませ美里を追う。


必死に走った。


数メートル先に肩を落として歩く美里。白いカーディガンが暗闇の中で蛍光塗料でも塗っているかのように際立っていた。


「・・ハァハァ。ご、ごめん。・・・傷つけるつもりじゃなかったんだ。」


美里は立ち止まったまま無言だった。近くに公園があり、2人ベンチに座った。街灯の暗さもあり、俯いたままの美里の表情は読み取れなかった。


「・・ごめん。僕、そんなつもりじゃなか・・・」


弘の言葉を遮って美里は話し始めた。


「優しさってね・・・望んでいない優しさって、時に酷い言葉で傷つけるよりも、もっと傷つける事があるんだよ。」


美里は泣いていた。


「・・パパに見つかった日。あの日、パパ言ったの。俺は一郎に懸けてるんだって。だから、頼むって。あいつの事は忘れろって。」


美里はしゃくり上げながら話した。


「嫌だったよ。本当は嫌だったよ。弘さんに“さよなら”ってメール送ったの。」


やっぱりそうだったんだ・・・


弘は安心した。


「だって嫌に決まってるじゃん!好きな人に、さよならなんて!嫌に決まってるじゃん!!」


美里は号泣しながら叫んでいた。この2ヶ月間の心の叫び。


“好き”


今、確かに美里さんの口から好きって言葉・・・


美里は続けた。


「今までボクサーが殴られているのを見ても何とも思わなかったの・・。でもね・・私、弘さんが殴られているのを見てたら・・・痛いの。・・・心が、心臓がキュッて痛くなるの。」


美里は顔を上げた。


「・・・もう1回傷見せて?」


顔を近付ける弘。


「痛そ・・・」


そう言って美里は眉尻の傷を絆創膏の上から触った。


「痛くないの?」


さっき大袈裟に痛がっていた弘が動かなかったので美里は聞いた。


「・・・僕が傷つけた美里さんの心に比べたら・・全然平気。だって・・僕、ボクサーだから。」


あの時は意図せずダジャレを言っていた。けど、今は意図して言った。


「バカ・・・」





天使が通り過ぎる・・・





美里の髪の毛のほのかな良い香り。





柔らかい感触。





初めてのキス。





初めて触れる美里の体。





抱き締めたら壊れそうなくらい華奢な体だった。





「・・弘さん、何か鉄の味がする。」


キスした後、美里は笑いながら言った。


「打たれ過ぎて血だらけだったから血の味がしたのかな?」


笑いながら答える弘。


天使と堕天使はにっこり微笑んで、仲良くどこかに行ってしまった。









「・・・7~!8~!9~!10っ!」



レフリーが両手を交錯してゴングが打ち鳴らされる。





そこには。






レフリーに誇らしげに右手を上げられる弘の姿。


そして、弘がリング上から見つめる視線の先には・・・


無邪気に飛び跳ねて喜ぶ女神。


そう、美里の姿。


その横では。


外国人があきれた時によくするジェスチャー。両手のひらを上にして肩をすくめるようなポーズをしている藤本会長。でも、すぐに右手の親指を立てて軽くウインクして、弘の勝利を喜んでくれた。


その隣には、良きライバルでもあり友人の一郎も嬉しそうに喜んでいた。


飛び跳ねるスピードについていけなかった美里のサラサラの長い髪の毛が、ふわりと遅れて宙に舞っていた。


弘はそんな美里に見とれていた。


美里は弘の勝利の女神。


これからもずっと・・・


〈FIN〉

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