9 / 10
通り過ぎた天使と堕天使
しおりを挟む
美里が出て行ったと同時に店員さんが持ってきてくれたカルボナーラ。美味しそうな湯気をたてて2つ仲良く並んでいた。
会計を済ませ美里を追う。
必死に走った。
数メートル先に肩を落として歩く美里。白いカーディガンが暗闇の中で蛍光塗料でも塗っているかのように際立っていた。
「・・ハァハァ。ご、ごめん。・・・傷つけるつもりじゃなかったんだ。」
美里は立ち止まったまま無言だった。近くに公園があり、2人ベンチに座った。街灯の暗さもあり、俯いたままの美里の表情は読み取れなかった。
「・・ごめん。僕、そんなつもりじゃなか・・・」
弘の言葉を遮って美里は話し始めた。
「優しさってね・・・望んでいない優しさって、時に酷い言葉で傷つけるよりも、もっと傷つける事があるんだよ。」
美里は泣いていた。
「・・パパに見つかった日。あの日、パパ言ったの。俺は一郎に懸けてるんだって。だから、頼むって。あいつの事は忘れろって。」
美里はしゃくり上げながら話した。
「嫌だったよ。本当は嫌だったよ。弘さんに“さよなら”ってメール送ったの。」
やっぱりそうだったんだ・・・
弘は安心した。
「だって嫌に決まってるじゃん!好きな人に、さよならなんて!嫌に決まってるじゃん!!」
美里は号泣しながら叫んでいた。この2ヶ月間の心の叫び。
“好き”
今、確かに美里さんの口から好きって言葉・・・
美里は続けた。
「今までボクサーが殴られているのを見ても何とも思わなかったの・・。でもね・・私、弘さんが殴られているのを見てたら・・・痛いの。・・・心が、心臓がキュッて痛くなるの。」
美里は顔を上げた。
「・・・もう1回傷見せて?」
顔を近付ける弘。
「痛そ・・・」
そう言って美里は眉尻の傷を絆創膏の上から触った。
「痛くないの?」
さっき大袈裟に痛がっていた弘が動かなかったので美里は聞いた。
「・・・僕が傷つけた美里さんの心に比べたら・・全然平気。だって・・僕、ボクサーだから。」
あの時は意図せずダジャレを言っていた。けど、今は意図して言った。
「バカ・・・」
天使が通り過ぎる・・・
美里の髪の毛のほのかな良い香り。
柔らかい感触。
初めてのキス。
初めて触れる美里の体。
抱き締めたら壊れそうなくらい華奢な体だった。
「・・弘さん、何か鉄の味がする。」
キスした後、美里は笑いながら言った。
「打たれ過ぎて血だらけだったから血の味がしたのかな?」
笑いながら答える弘。
天使と堕天使はにっこり微笑んで、仲良くどこかに行ってしまった。
◇
「・・・7~!8~!9~!10っ!」
レフリーが両手を交錯してゴングが打ち鳴らされる。
そこには。
レフリーに誇らしげに右手を上げられる弘の姿。
そして、弘がリング上から見つめる視線の先には・・・
無邪気に飛び跳ねて喜ぶ女神。
そう、美里の姿。
その横では。
外国人があきれた時によくするジェスチャー。両手のひらを上にして肩をすくめるようなポーズをしている藤本会長。でも、すぐに右手の親指を立てて軽くウインクして、弘の勝利を喜んでくれた。
その隣には、良きライバルでもあり友人の一郎も嬉しそうに喜んでいた。
飛び跳ねるスピードについていけなかった美里のサラサラの長い髪の毛が、ふわりと遅れて宙に舞っていた。
弘はそんな美里に見とれていた。
美里は弘の勝利の女神。
これからもずっと・・・
〈FIN〉
会計を済ませ美里を追う。
必死に走った。
数メートル先に肩を落として歩く美里。白いカーディガンが暗闇の中で蛍光塗料でも塗っているかのように際立っていた。
「・・ハァハァ。ご、ごめん。・・・傷つけるつもりじゃなかったんだ。」
美里は立ち止まったまま無言だった。近くに公園があり、2人ベンチに座った。街灯の暗さもあり、俯いたままの美里の表情は読み取れなかった。
「・・ごめん。僕、そんなつもりじゃなか・・・」
弘の言葉を遮って美里は話し始めた。
「優しさってね・・・望んでいない優しさって、時に酷い言葉で傷つけるよりも、もっと傷つける事があるんだよ。」
美里は泣いていた。
「・・パパに見つかった日。あの日、パパ言ったの。俺は一郎に懸けてるんだって。だから、頼むって。あいつの事は忘れろって。」
美里はしゃくり上げながら話した。
「嫌だったよ。本当は嫌だったよ。弘さんに“さよなら”ってメール送ったの。」
やっぱりそうだったんだ・・・
弘は安心した。
「だって嫌に決まってるじゃん!好きな人に、さよならなんて!嫌に決まってるじゃん!!」
美里は号泣しながら叫んでいた。この2ヶ月間の心の叫び。
“好き”
今、確かに美里さんの口から好きって言葉・・・
美里は続けた。
「今までボクサーが殴られているのを見ても何とも思わなかったの・・。でもね・・私、弘さんが殴られているのを見てたら・・・痛いの。・・・心が、心臓がキュッて痛くなるの。」
美里は顔を上げた。
「・・・もう1回傷見せて?」
顔を近付ける弘。
「痛そ・・・」
そう言って美里は眉尻の傷を絆創膏の上から触った。
「痛くないの?」
さっき大袈裟に痛がっていた弘が動かなかったので美里は聞いた。
「・・・僕が傷つけた美里さんの心に比べたら・・全然平気。だって・・僕、ボクサーだから。」
あの時は意図せずダジャレを言っていた。けど、今は意図して言った。
「バカ・・・」
天使が通り過ぎる・・・
美里の髪の毛のほのかな良い香り。
柔らかい感触。
初めてのキス。
初めて触れる美里の体。
抱き締めたら壊れそうなくらい華奢な体だった。
「・・弘さん、何か鉄の味がする。」
キスした後、美里は笑いながら言った。
「打たれ過ぎて血だらけだったから血の味がしたのかな?」
笑いながら答える弘。
天使と堕天使はにっこり微笑んで、仲良くどこかに行ってしまった。
◇
「・・・7~!8~!9~!10っ!」
レフリーが両手を交錯してゴングが打ち鳴らされる。
そこには。
レフリーに誇らしげに右手を上げられる弘の姿。
そして、弘がリング上から見つめる視線の先には・・・
無邪気に飛び跳ねて喜ぶ女神。
そう、美里の姿。
その横では。
外国人があきれた時によくするジェスチャー。両手のひらを上にして肩をすくめるようなポーズをしている藤本会長。でも、すぐに右手の親指を立てて軽くウインクして、弘の勝利を喜んでくれた。
その隣には、良きライバルでもあり友人の一郎も嬉しそうに喜んでいた。
飛び跳ねるスピードについていけなかった美里のサラサラの長い髪の毛が、ふわりと遅れて宙に舞っていた。
弘はそんな美里に見とれていた。
美里は弘の勝利の女神。
これからもずっと・・・
〈FIN〉
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
飛ばなかった蟻 ~あるボクサーの哀歌~
コブシ
現代文学
“ある過去”を持つ元ボクサーの男。
“ある出来事”をきっかけに止まっていた男の人生の歯車が動きだす。
人間が生きる意味とは?
誰もが心の根底にそんな疑問を抱えながら生きている。
そして男が辿り着いた答えとは?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる