噛ませのプライド

コブシ

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告白、別れ、サヨナラ・・・

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「じゃあ、あのファミレスで!」


何度か電話のやり取りを重ね、お互いの都合の良い日に再会の約束をした。


弘の仕事が休みの昼間、初めて出会ったあの場所で。ランチでもしよう!なんてカップルのデートみたいな約束。


約1ヶ月振りの再会。


弘は遅れちゃいけないと30分も前からファミレスで待っていた。


「弘さん、お久し振りです!」


そう言って元気よく向かいの椅子に座った美里さん。


座るスピードについていけなかったサラサラの長い髪の毛が、ふわりと遅れて宙に舞っていた。


そんな美里さんに見とれていた。


改めて見ても美里さんは綺麗で、自分には不釣り合いだなぁ・・なんて考えていた。でも、こんな事言うと、また美里さんに怒られてしまうと、いつのまにか美里中心に考えてしまっている自分に戸惑った。


「へ~弘さんって、こんな顔してたんだぁ!」


テーブルに両肘を着いて、腫れの引いた弘の顔をまじまじと見てくる美里。


急に距離を詰められ、職業病なのか反射的に軽くスウェーバックしてしまった自分に苦笑いした弘。


「・・げ、幻滅したんじゃないですか?」


恐る恐る聞いてみた。


「全っっっ然!」


“っ”の多さに、本当にそう思ってくれたんじゃないかと嬉しくなった。


「でもさ~本当、ビックリしちゃった!まさか次の試合の相手がパパのジムのそれも一郎なんて、ね!」


美里さんは大きな目をさらにこれでもかってくらい広げて驚きの表現をした。


「ホント、神様ってイタズラが過ぎますよね。」


2人笑いあっていた。


「あいつね、弘さんの事ホント舐めてて、1ラウンド日本最短KO記録狙うなんて言ってるのよ!」


今の日本最短KO記録は1ラウンド8秒。


それを抜くつもりらしい。まあ、弘の戦績を考えたら舐められても仕方なかった。


「私たちって傍目からみたら恋人同士に見えるのかな?」


美里さんがイタズラっ子のような顔をして弘に言った。


そうなりたい。


弘は心底思った。


「私ね、一郎の事、あんま好きじゃないのよね。ボクサーの中にも意味なくオラついてる奴っているじゃない?私、オラオラ系って嫌いなの。」


どうやら一郎はオラオラ系らしい。暴力事件も起こしたみたいだし、そうなんだろうなぁと弘も思った。


「でもね、強いのは確かなのよね。パパが言ってた、100年に1人の逸材だって。」


事実、一郎の実力はマスコミも注目していた。藤本ジムにも取材が連日来ていると美里が言っていた。


弘は今日、美里と再会したら伝えようと思っている事があった。


美里はパスタのカルボナーラ。弘も本当は美里と同じくカルボナーラを食べたかった。しかし、減量の為、鶏のササミが入ったサラダを注文した。


伝えようと思っている事は、とてもとても勇気のいる言葉。でも、美里と出会って弘の何かが変化していた。


「美里さん。」


「・・何?」


小さく息を吸い込み、意を決して弘は言った。


「・・・僕、美里さんに初めて会ったときから美里さんの事好きになりました!次の試合。もし・・もし、僕が勝ったら付き合ってもらえないですか?」


「・・え?」


突然の弘の告白に驚く美里。


流れる沈黙の時間。


フランスのことわざで、この沈黙の時間を天使が通り過ぎたというらしい。


何人目かの天使が通り過ぎた後、美里は言った。


「弘さんって、ドがつくくらいストレートなんですね。」


美里は右手で髪をかきあげ、テーブルに両肘をついて弘を見つめていた。真っすぐに見つめてくる美里の瞳に圧倒され、思わずかきあげた髪のふわりとした軌道を目で追っていた。


「お待たせしました!」


美里が弘に何か話そうとした時、タイミング悪く店員さんが料理を運んできた。


「・・ま、取りあえず、先に食べましょ!いただきま~す!」


美里は戸惑いを隠すように弘に言った。そして、2人手を合わせて、いただきま~す!とまさに食べようとした瞬間。


「おい!美里!お前、何してるんだ!」


弘の背後からドスの効いた野太い中年男性の声。


「・・・パ、パパ。」


「え?」


弘が振り返ると、口髭をたくわえた大柄の厳つい中年男性が真っ赤な顔をして立っていた。


「美里!一緒にいる男が誰だかわかってるのか!」


その声は怒りで震えていた。


「な、なんでパパがここにいるのよ!・・ち、違うの、パパ!これには訳があるの!」


「美里!お前が今、会っている男は一郎の対戦相手なんだぞ!訳もクソもあるか!」


ファミレス中に怒鳴り声が響き渡る。食事中の客も手を止め、何事?とこちらを見ていた。


「・・・あ、あの、違うんです。美里さんは悪く・・」


「お前!どういうつもりだ!対戦相手のジムの会長の娘をたぶらかして何を企んでいるんだ!」


藤本会長の怒りは雪だるまが転がるように大きくなっていった。


「お前、自分が負けっぱなしだからって、ウチの娘をたぶらかして一郎の何を聞き出そうとしてるんだ!こんなやり方は卑怯じゃないか!」


「だ、だ、だから、弘さんはそういうつもりじゃ・・・」


「うるさい!美里!いくぞ!こっちに来なさい!」


もう何を言っても、今の藤本会長には通用しなさそうだった。


「いいか!金輪際、ウチの娘に近付くなよ!わかったな!」


「・・・あ、いや、僕は。」


藤本会長と美里さんは店を出て行ってしまった。


まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさ。


残されたのは、おいしそうに湯気を立てているカルボナーラと野菜サラダが所在なげに佇んでいた。


それと放心状態の弘。


突き刺さる店内の客たちの視線。殴られた顔を好奇の目で見られるのには慣れていたが、今の状況はつらすぎる。


ホント、神様、冗談が過ぎるよ・・・


弘は店から見える空を見つめて神様に呟いた。









「おいっ!弘!お前、何したんだよ?藤本会長から怒ってクレームの電話が入ったじゃないか!」


トレーナーの話によると、藤本会長がえらい剣幕で「お宅のジムは一体どんな教育してるんだ!」とクレームが入ったらしい。


「い、いや、これには訳があるんです・・」


「ま、何があったか知らないけど、とにかく次の試合で結果を出せばいいんだよ。藤本会長が次の試合覚悟しておけよとお前に伝えろだってさ。お前、今回調子良いんだから見返してやれ!」


相当、藤本会長は怒っていたみたいだった。


その日の夜。


美里からメールがきた。


“さよなら”


たった4文字。無機質なひらがなで4文字。


何度読み返そうとも間違えるはずはなかった・・・









あれから2ヶ月。


さよならのメールを最後に美里からの連絡は途絶えた。


あの“さよなら”は美里さんの本心なのだろうか?


お父さんに強制されたんだろうか?


それとも、弘の顔を見てやっぱり幻滅したのだろうか?


弘は答えの出ない問いを考えるのを止めた。明日は前日計量の日。藤本会長、前田とも顔を合わせなければならない。


たとえ美里さんが自分の事を嫌いになっていようが、そうでなかろうが、この試合に一生懸命になれたのは彼女のお陰。


それだけは変わらない。
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