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人は後悔する生き物

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「ところで、Sさん大丈夫?」


「奥さんから連絡がないので、大丈夫なんだと思います。自分が昨日行った時は、もう無理かなと、コブシさんが来るまで持たないかなと思ったんすけど。Sさん、コブシさんの事待ってるんだと思います・・。」


「そっか・・」


残された時間は僅かしかない。一刻も早くSさんに会わないと・・


私はあなたに伝えないといけない言葉があるんだ・・・


車に乗っている時間がもどかしかった。


1時間ほどして埼玉県についた。


Sさんのマンション近くの駐車場に車を止めて、自宅へ向かった。


「コブシさん、ゆきおさんも今から来られるみたいです!」


ゆきおさん・・私の一期下の元A級ボクサー。スピードはそんなにないんだけれど、何故かパンチのタイミングが独特で、よく打たれた相手。


ゆきおさんとスパーして、よくSさんに「打たせるなよ!」って怒られたな・・・


「コブシさん、お久し振りです!」


ゆきおさんは私よりも2歳ほど年上だったけれど、お互い敬語で話しをしていた。


「おーー!エエ感じに老けてますねーー!」


若干、薄くなった頭髪を見て、つい口に出てしまった。年上にも臆する事なく、こんな事を言ってしまう。私の悪いところだ。


ゆきおさんともガッチリ握手した。


27年振りか・・・


3人でSさんのマンションへ。


「コブシサン!オヒサシブリデス!キテクレテアリガトウ!キットヨシキヨロコブワ!」


Sさんの奥さんが玄関先で出迎えてくれた。Sさんの奥さんとは、27年前に1度だけ会っていた。


奥さんはメキシコ人で、Sさんとの間にお子さんはいなかった。


「コブシサンキテクレタヨー!ズットマッテタデショー!ヨシキ!ヨシキ!」





部屋には酸素ボンベを着けたSさんがベッドに横たわっていた。





目は開けているけれど、斜め上をずっと見ている状態。呼吸が苦しいのか、肩を上下させて息をしていた。


「Sさん!コブシです!遅くなってすみません!Sさん!Sさん!」


私はSさんの手を握り声を掛けた。








その手は驚くほど冷たかった・・・


数日前まで電話やメールでやり取りしていたのがウソのような変わりよう・・・


何でもっと早く会いに来なかったんだろう・・・







鎮痛剤のモルヒネを打っているみたいで、意識は混沌としていた。


私がいくら呼び掛けても、少し手を動かせて反応するだけだった。


人間というのはつくづく欲深い生き物だと思った。


岡山を出発してSさんに会うまでは、何とか生きててくれ!どんな形であろうとも生きている状態であってくれ!っていう思いだった。


それがどうだ。


生きていてくれたのがわかったら、Sさんの声が聞きたい!あの頃みたいに、お前遅いよ~って、茶目っ気たっぷりの笑顔で言って欲しい!と、思っている自分がいた。


何度呼び掛けても声を発することはなく、反応は同じだった・・・


Sさんの教え子は、皆、関東に住んでいて、年に1回はSさんを囲む会を開いていた。


私だけが他県に、それも遠い遠い岡山県だった。


だから、27年振りに会う私が行けば、感情が揺さぶられて、もしかしたら奇跡的に意識が戻るんじゃないか・・・


そんな思い上がった気持ちを抱いていた。


やっぱり、奇跡なんか起きないよな・・・


27年振りに会えた嬉しさの反面、少し寂しかった・・・


「Sさん!明日までこっちに居るので、明日、また来ます!元気になって下さい!」


呼び掛け続けることによって、Sさんの体力に影響があるといけないので、一旦、失礼することにした。


でも、おそらくそう長くはないだろうと思わせるくらいの容体だった。


なんで、こうなる前に会いに来なかったんだろう・・・


何度こんな事を繰り返せば思い知るんだろう・・・


人間は後悔する生き物・・・しみじみそう思った私であった。


「コブシさん!今からM君も来るそうです!」


ラインの画面を見ながら山ちゃんが言った。


M君・・・私の3期ほど下の後輩。日本フェザー級1位までいったボクサー。確か私の最後の試合の時に華々しく1ラウンドKOデビュー戦した。


私と山ちゃんは、マンションの入り口でM君を待つことにした。
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