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神様からのギフト
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「・・帰ったよ。」
勇二のアパートは藤木ジムから20分程歩いた場所にあった。
「おかえり~!あ、いらっしゃい!」
君子は明るく出迎えてくれた。
居間には既に湯気が立ち上る鍋の用意がしてあり、テーブルの上に箸とグラスが3つ置かれていた。
「さっ!座って座って!」
恥ずかしそうに佇んでいた遠藤に君子が言った。
君子は相変わらず明るい。
「遠藤君、減量は大丈夫?」
勇二は試合前ということもあり、もっと最初に聞くべきだったなと思った。
ボクサーに減量は付き物。
無理な減量を課してでも自分に有利な下の階級まで落とす選手もいれば、スピードのキレがでるくらいの必要最低限の減量しかしない選手もいる。短期間で急激に落とす選手、ゆっくりと無理なく落としていく選手。
ボクサーそれぞれに考え方がある。
「あ、自分は5キロくらいっすから1ヶ月前から落とし始めます。だから、まだ2ヶ月前だから大丈夫っす!」
勇二も減量は1ヶ月前から始める。全ての欲望を削ぎ落とし、試合の事だけに集中するのに1ヶ月という期間は長すぎず短すぎないと考えていた。遠藤も同じ考えなのかと少し嬉しかった。
「お酒は?やめとく?」
「いや、酒は好きなので少しだけ頂きます!」
遠藤は笑いながら言った。
そんな遠藤を見て、勇二は何故だか懐かしさを感じていた。
「カンパ~イ!」
3人で乾杯し、君子の作った鍋を皆でつついた。
「めっちゃ旨いっす!」
遠藤は少し大袈裟に声を張り上げて言った。
「あら、遠藤君、お上手うまいわね!でも、ありがとう!」
女性には大袈裟過ぎるくらい言って丁度いい。
以前、何かの本にそう書いていたのを思い出した勇二。
そういや、俺は君子にそんな事言ったことないな・・
少し罪悪感にも似た気持ちを抱いていた。
「なんで遠藤君は24歳でアマチュアからプロに行こうと思ったの?」
「山中清さん。」
「清?」
遠藤は先ほどまでのにこやかな顔から真剣な顔になっていた。
「山中チャンピオンがタイトルを取った試合見た時、自分の中で衝撃が走ったんです。相手のチャンピオンに攻め続けられ、KO負けは時間の問題と思われていた試合。」
勇二が葬儀の時に見た試合。
ハードパンチャーだったチャンピオンのペースで試合は進み、いつKOされてもおかしくない展開。
そしてとうとうチャンピオンに捕まってしまい、コーナーに詰められた。1発良いのが入ってグラつく清。
一気に仕留めようと嵩に掛かってくるチャンピオン。
しかし次の瞬間。
崩れ落ちたのはチャンピオン。
熱狂する観客。
劇的なタイトル奪取だった。
何が起きたのか?
勇二はわかっていた。
あれよく練習したよな、清。
そう、2人でいかにカッコよく勝つか?って話をよくしてたっけ。
コーナーに詰められた時、倒す事しか頭にないと自分の防御が疎かになる。その一瞬の隙を狙い、身を屈めて相手の顎を狙いアッパーを打ち込む。
しかし、それは諸刃の剣。下手したら自分がやられてしまう。
そのギリギリ感。
これこそがボクシングの魅力。
熱く語り合ったな・・清。
「・・自分、同い年だったあの山中チャンピオンの試合見て、もう一度勝負したくなったんです!」
遠藤は目に強い光を纏いながら語った。ここにもまた、清という1人の人間によって人生の歯車が再び動き出した男がいた。勇二は潔に強いシンパシーを感じた。
「そっか・・・遠藤君、清と同い年か・・」
勇二はノスタルジックな気持ちになっていた。
「あ、それと、遠藤“君”って呼ばないで下さい。“きよし”って呼んで下さい。自分、遠藤潔っていいます!」
勇二は後輩たちのことは基本的に“君”付けで呼んでいた。だいぶ親しくなって初めて下の名前を呼び捨てにして呼んでいた。
「・・・きよし、か。」
そうか・・これが遠藤に懐かしさを感じていた理由か・・・
運命の巡り合わせか、神様からのギフトなのか知らないけれど、勇二は嬉しくなった。
清が15歳、勇二は18歳。
あれから2人別々の道を歩き始めてしまった。勇二はあの当時にタイムスリップしたような感覚を覚えた。
あの時、何で俺たち別々の道を歩き始めてしまったんだろな、清・・・
そうだよ、俺が悪いんだよな?あの時、俺が東京なんか行かずに山本ジムからデビューしてたら、お前、死んでなかったのかな?
「・・それと、勇二さん。今までの自分の態度、すみませんでした!自分に自信がなかったんだと思います。だから、自分よりも弱い人間を打ち負かす事によって、自分の精神の均衡を保っていたんだと思います。最低ですよね・・でも、自分、勇二さんにやられて気付いたんです!本当の強さに!」
そう言って潔は、正座して頭を下げた。
「潔、いいんだよ。今までは今まで。これから変わればいいんだよ。人間、やる気になれば何度だってやり直せる。そう、何度だって・・」
まただ・・・
勇二は常に思っていた。
後輩などにボクシングを教えたりしている時。自分で疑問に思っている事を自分で答えを出している事がよくあった。
やる気になれば何度だってやり直せる、そう何度だって・・
まるで自分に言い聞かせているかのように呟いていた。
試合まで、残り60日・・・
勇二のアパートは藤木ジムから20分程歩いた場所にあった。
「おかえり~!あ、いらっしゃい!」
君子は明るく出迎えてくれた。
居間には既に湯気が立ち上る鍋の用意がしてあり、テーブルの上に箸とグラスが3つ置かれていた。
「さっ!座って座って!」
恥ずかしそうに佇んでいた遠藤に君子が言った。
君子は相変わらず明るい。
「遠藤君、減量は大丈夫?」
勇二は試合前ということもあり、もっと最初に聞くべきだったなと思った。
ボクサーに減量は付き物。
無理な減量を課してでも自分に有利な下の階級まで落とす選手もいれば、スピードのキレがでるくらいの必要最低限の減量しかしない選手もいる。短期間で急激に落とす選手、ゆっくりと無理なく落としていく選手。
ボクサーそれぞれに考え方がある。
「あ、自分は5キロくらいっすから1ヶ月前から落とし始めます。だから、まだ2ヶ月前だから大丈夫っす!」
勇二も減量は1ヶ月前から始める。全ての欲望を削ぎ落とし、試合の事だけに集中するのに1ヶ月という期間は長すぎず短すぎないと考えていた。遠藤も同じ考えなのかと少し嬉しかった。
「お酒は?やめとく?」
「いや、酒は好きなので少しだけ頂きます!」
遠藤は笑いながら言った。
そんな遠藤を見て、勇二は何故だか懐かしさを感じていた。
「カンパ~イ!」
3人で乾杯し、君子の作った鍋を皆でつついた。
「めっちゃ旨いっす!」
遠藤は少し大袈裟に声を張り上げて言った。
「あら、遠藤君、お上手うまいわね!でも、ありがとう!」
女性には大袈裟過ぎるくらい言って丁度いい。
以前、何かの本にそう書いていたのを思い出した勇二。
そういや、俺は君子にそんな事言ったことないな・・
少し罪悪感にも似た気持ちを抱いていた。
「なんで遠藤君は24歳でアマチュアからプロに行こうと思ったの?」
「山中清さん。」
「清?」
遠藤は先ほどまでのにこやかな顔から真剣な顔になっていた。
「山中チャンピオンがタイトルを取った試合見た時、自分の中で衝撃が走ったんです。相手のチャンピオンに攻め続けられ、KO負けは時間の問題と思われていた試合。」
勇二が葬儀の時に見た試合。
ハードパンチャーだったチャンピオンのペースで試合は進み、いつKOされてもおかしくない展開。
そしてとうとうチャンピオンに捕まってしまい、コーナーに詰められた。1発良いのが入ってグラつく清。
一気に仕留めようと嵩に掛かってくるチャンピオン。
しかし次の瞬間。
崩れ落ちたのはチャンピオン。
熱狂する観客。
劇的なタイトル奪取だった。
何が起きたのか?
勇二はわかっていた。
あれよく練習したよな、清。
そう、2人でいかにカッコよく勝つか?って話をよくしてたっけ。
コーナーに詰められた時、倒す事しか頭にないと自分の防御が疎かになる。その一瞬の隙を狙い、身を屈めて相手の顎を狙いアッパーを打ち込む。
しかし、それは諸刃の剣。下手したら自分がやられてしまう。
そのギリギリ感。
これこそがボクシングの魅力。
熱く語り合ったな・・清。
「・・自分、同い年だったあの山中チャンピオンの試合見て、もう一度勝負したくなったんです!」
遠藤は目に強い光を纏いながら語った。ここにもまた、清という1人の人間によって人生の歯車が再び動き出した男がいた。勇二は潔に強いシンパシーを感じた。
「そっか・・・遠藤君、清と同い年か・・」
勇二はノスタルジックな気持ちになっていた。
「あ、それと、遠藤“君”って呼ばないで下さい。“きよし”って呼んで下さい。自分、遠藤潔っていいます!」
勇二は後輩たちのことは基本的に“君”付けで呼んでいた。だいぶ親しくなって初めて下の名前を呼び捨てにして呼んでいた。
「・・・きよし、か。」
そうか・・これが遠藤に懐かしさを感じていた理由か・・・
運命の巡り合わせか、神様からのギフトなのか知らないけれど、勇二は嬉しくなった。
清が15歳、勇二は18歳。
あれから2人別々の道を歩き始めてしまった。勇二はあの当時にタイムスリップしたような感覚を覚えた。
あの時、何で俺たち別々の道を歩き始めてしまったんだろな、清・・・
そうだよ、俺が悪いんだよな?あの時、俺が東京なんか行かずに山本ジムからデビューしてたら、お前、死んでなかったのかな?
「・・それと、勇二さん。今までの自分の態度、すみませんでした!自分に自信がなかったんだと思います。だから、自分よりも弱い人間を打ち負かす事によって、自分の精神の均衡を保っていたんだと思います。最低ですよね・・でも、自分、勇二さんにやられて気付いたんです!本当の強さに!」
そう言って潔は、正座して頭を下げた。
「潔、いいんだよ。今までは今まで。これから変わればいいんだよ。人間、やる気になれば何度だってやり直せる。そう、何度だって・・」
まただ・・・
勇二は常に思っていた。
後輩などにボクシングを教えたりしている時。自分で疑問に思っている事を自分で答えを出している事がよくあった。
やる気になれば何度だってやり直せる、そう何度だって・・
まるで自分に言い聞かせているかのように呟いていた。
試合まで、残り60日・・・
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