上 下
16 / 21

神様からのギフト

しおりを挟む
「・・帰ったよ。」


勇二のアパートは藤木ジムから20分程歩いた場所にあった。


「おかえり~!あ、いらっしゃい!」


君子は明るく出迎えてくれた。


居間には既に湯気が立ち上る鍋の用意がしてあり、テーブルの上に箸とグラスが3つ置かれていた。


「さっ!座って座って!」


恥ずかしそうに佇んでいた遠藤に君子が言った。


君子は相変わらず明るい。


「遠藤君、減量は大丈夫?」


勇二は試合前ということもあり、もっと最初に聞くべきだったなと思った。


ボクサーに減量は付き物。


無理な減量を課してでも自分に有利な下の階級まで落とす選手もいれば、スピードのキレがでるくらいの必要最低限の減量しかしない選手もいる。短期間で急激に落とす選手、ゆっくりと無理なく落としていく選手。


ボクサーそれぞれに考え方がある。


「あ、自分は5キロくらいっすから1ヶ月前から落とし始めます。だから、まだ2ヶ月前だから大丈夫っす!」


勇二も減量は1ヶ月前から始める。全ての欲望を削ぎ落とし、試合の事だけに集中するのに1ヶ月という期間は長すぎず短すぎないと考えていた。遠藤も同じ考えなのかと少し嬉しかった。


「お酒は?やめとく?」


「いや、酒は好きなので少しだけ頂きます!」


遠藤は笑いながら言った。


そんな遠藤を見て、勇二は何故だか懐かしさを感じていた。


「カンパ~イ!」


3人で乾杯し、君子の作った鍋を皆でつついた。


「めっちゃ旨いっす!」


遠藤は少し大袈裟に声を張り上げて言った。


「あら、遠藤君、お上手うまいわね!でも、ありがとう!」


女性には大袈裟過ぎるくらい言って丁度いい。


以前、何かの本にそう書いていたのを思い出した勇二。


そういや、俺は君子にそんな事言ったことないな・・


少し罪悪感にも似た気持ちを抱いていた。


「なんで遠藤君は24歳でアマチュアからプロに行こうと思ったの?」


「山中清さん。」


「清?」


遠藤は先ほどまでのにこやかな顔から真剣な顔になっていた。


「山中チャンピオンがタイトルを取った試合見た時、自分の中で衝撃が走ったんです。相手のチャンピオンに攻め続けられ、KO負けは時間の問題と思われていた試合。」


勇二が葬儀の時に見た試合。


ハードパンチャーだったチャンピオンのペースで試合は進み、いつKOされてもおかしくない展開。


そしてとうとうチャンピオンに捕まってしまい、コーナーに詰められた。1発良いのが入ってグラつく清。


一気に仕留めようと嵩に掛かってくるチャンピオン。


しかし次の瞬間。


崩れ落ちたのはチャンピオン。


熱狂する観客。


劇的なタイトル奪取だった。


何が起きたのか?


勇二はわかっていた。


あれよく練習したよな、清。


そう、2人でいかにカッコよく勝つか?って話をよくしてたっけ。


コーナーに詰められた時、倒す事しか頭にないと自分の防御が疎かになる。その一瞬の隙を狙い、身を屈めて相手の顎を狙いアッパーを打ち込む。


しかし、それは諸刃の剣。下手したら自分がやられてしまう。


そのギリギリ感。


これこそがボクシングの魅力。


熱く語り合ったな・・清。


「・・自分、同い年だったあの山中チャンピオンの試合見て、もう一度勝負したくなったんです!」


遠藤は目に強い光を纏いながら語った。ここにもまた、清という1人の人間によって人生の歯車が再び動き出した男がいた。勇二は潔に強いシンパシーを感じた。


「そっか・・・遠藤君、清と同い年か・・」


勇二はノスタルジックな気持ちになっていた。


「あ、それと、遠藤“君”って呼ばないで下さい。“きよし”って呼んで下さい。自分、遠藤潔っていいます!」


勇二は後輩たちのことは基本的に“君”付けで呼んでいた。だいぶ親しくなって初めて下の名前を呼び捨てにして呼んでいた。


「・・・きよし、か。」


そうか・・これが遠藤に懐かしさを感じていた理由か・・・


運命の巡り合わせか、神様からのギフトなのか知らないけれど、勇二は嬉しくなった。


清が15歳、勇二は18歳。


あれから2人別々の道を歩き始めてしまった。勇二はあの当時にタイムスリップしたような感覚を覚えた。


あの時、何で俺たち別々の道を歩き始めてしまったんだろな、清・・・


そうだよ、俺が悪いんだよな?あの時、俺が東京なんか行かずに山本ジムからデビューしてたら、お前、死んでなかったのかな?


「・・それと、勇二さん。今までの自分の態度、すみませんでした!自分に自信がなかったんだと思います。だから、自分よりも弱い人間を打ち負かす事によって、自分の精神の均衡を保っていたんだと思います。最低ですよね・・でも、自分、勇二さんにやられて気付いたんです!本当の強さに!」


そう言って潔は、正座して頭を下げた。


「潔、いいんだよ。今までは今まで。これから変わればいいんだよ。人間、やる気になれば何度だってやり直せる。そう、何度だって・・」


まただ・・・


勇二は常に思っていた。


後輩などにボクシングを教えたりしている時。自分で疑問に思っている事を自分で答えを出している事がよくあった。


やる気になれば何度だってやり直せる、そう何度だって・・


まるで自分に言い聞かせているかのように呟いていた。


試合まで、残り60日・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...