コブシ文庫(ブルー)

コブシ

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究極の2択からの~ <2>

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「おっ!腕相撲やるんか!」

 奥の人たちも、私たちがテーブルを片付けたりしているのを見て、ゾロゾロと回りに集まりだした。

 私は、こう見えても腕相撲で、あまり負けた事がない。

ボクサーは皆、パンチをしっかり当てるせいかリスト力がハンパなく強い。

だから、図体がデカイ相手でも、腕相撲で勝ったりする事がある。

 大体の人間は、大きな目立つ見栄えのする筋肉は鍛えている。

けれど、手首みたいに地味な目立たない部分はあまり鍛えていない。 

トラックの運転手という職業柄か、この手の力勝負は好きらしい。

 瞬く間に、私と上半身裸の男の回りには人だかりができた。

さながら、小さな疑似リングに上がったみたいだった。

 「lady~・・・」

 腕相撲勝負は握った瞬間に、相手の力量が大体わかる。

 相手の男。

 上半身裸になるくらいだから、相当鍛えているのだろう。

 私の手を握ってくる力で、それが伝わった。

 私が腕相撲する時は、相手の力を一旦受ける。

 「おっ、結構強いっすね。」

この一言を言ってから、全力でねじ伏せる。

 非常に性格がよろしくない勝ち方かもしれない。

でも、自分なりに、相手に敬意を払っての勝ち方だと思っている。

しかし、力量が拮抗している場合は、一瞬のタイムラグが命取りになる。

 上半身裸の男、力量は・・・。

 「・・・GOーっ!」

 「おっ、結構強いっすね。」

 全力でねじ伏せた。

 「おーーーっ!」

 「、負けたでーーっ!」

 反対の左手も同様の結果に。

 聞くと、上半身裸の男は、運転手仲間の中では一番強いらしい。

 「お兄さん強いなーーっ!何かやってたん?」

 「コブちゃん、元プロボクサーなんだよ。」

 Mちゃんが、関西弁が飛び交う中で、一人標準語で言った。

 「えーーーっ!プロボクサーーーーっ!」

 皆、一様に驚いていた。

すると、上半身裸の男の一言で、ある事が始まった。

 「プロのボクサーのパンチって、やっぱ凄いんかなー?ちょっと、腹打って下さいよー!」

 上半身裸の男の一言で、何故か、私の前に10人くらいの列ができた。

そして、私がその人間たちの腹をひたすら殴るという謎の光景。

 勿論、全力で殴るわけはなく、職人のように、相手を見て力加減を調節したのは言うまでもない。

 中には、新婦の友人の女性もいた。

 「お願いしますっ!」

 殴られる前に、皆、私にそう言って、腹を殴らせていた。

 俺は、アントニオ猪木かっ!

 心の中で、ツッコミを入れつつ、マシーンと化した私。

 「うぉ~!角度がヤベーー!」

 「やっぱ、プロのパンチすげー!」

 殴られた後、皆、口々に叫んでいた。

 酒のせいもあり、異常な盛り上がりだった。

その後も、腕相撲したり、また、腹パンチが始まったりと、瞬く間に時間が過ぎていった。

その間に、私たちが「お兄!」と呼ぶ男と仲良くなった。

 「お兄!」は、私たちよりも年上で、風貌は日本最大の暴力団組織Y組の組長クリソツだった。

そして、その男と三人で三次会に行く事になった。

 時間は、バスの最終時刻の30分前を指していた。

 新郎新婦に別れを告げ、歩き出した3人。

(もう帰れんな・・・)

時間的にも、最終バスに乗るのはムリだった。

というか、最初っから帰れないのは、わかっていた。

この時点で、嫁に連絡を入れていたら、傷も浅かったのかもしれない。

ま、携帯も鳴らんし、嫁もウスウス分かってるんやろ・・・。

この安易な判断で、何度となく痛い目にあっている。

 相変わらず進歩のない私である。

 三軒目は、「お兄」いきつけのガールズバーに。

 3人とも、通算6時間を越える飲酒の為、相当酔いが回っていた。

テンションもおかしくなっていて、私は、年上の「お兄」のデコをバンバン叩いていた。

 1時間くらいバカ騒ぎをしていて、ふと気になった。

(こんなに携帯鳴らんのもおかしいな・・・)

野生の勘・・・。

いや、ただ単に、いつも連絡があるのに、ないので不安になっただけだろう。

 携帯を取り出そうと、スーツのポケットを探る。

・・・あれ?なんでないんやろ? 

 急に、漠然とした不安が襲われた。

あ!引き出物の紙袋の中や!

 私が食事する時に、よくする事。

ポケットの中の、ハンカチ以外の物を外に出す。

 携帯、財布類全て、引き出物の紙袋の中にあったのを思い出した。

 急いで、引き出物の中の携帯を取り出した。

ガラケーの携帯を、パカッと開いた。

 「16」

 画面には、不在着信の数字がでる。

 写し出された画面の数字を見た私は、一気に酔いが覚めた。

 店の外に出て、嫁の携帯にかけた。

 時間は、夜中の1時。

 「はい。」

 無機質な嫁の声。

 相当、怒っている時の声だ。

 「ゴ、ゴ、ゴメン・・・携帯、紙袋の中でわからんかってん・・・。」

 「えらいキャッキャッと女の声するけど、楽しそうやな。」

 怒りを押し殺した嫁の声。

 確かに、店の外にまで、楽しそうに笑う女の子の声がした。

チッ、お兄!こんな時に、何かやって女の子笑かしやがって!

 店の中に入ったら、デコ、強めにシバいたるからな!

 「いや、べ、べ、別に楽しないよ・・・。」

ホント、こんな質問をされた時の、模範解答を教えてほしい。

 楽しくないわけはない。

 「で、どうすんの?」

 「え?あ、あ~・・・。」

 頭に浮かんだ2択。

① 今日は、コッチで泊まる。

② タクシーで帰る。

①は、一番現実的な答え。

しかし、女の子と楽しそうに飲んで、そのままお泊まり。

 帰った時が、超気まずい・・・。

かといって、②は、一つ県を越えて走る。

 料金が何万円かかるかわからない。

やっぱ、①かな・・・。

 私が、考えに考えた魂の選択。

それは・・・

帰るか泊まるか?

 究極の2択からの~・・・

私が選んだ魂の選択。

 勿論、①。

 普通に考えたら、これしかない。

 誰が何万かかるかわからんタクシーで帰んねんって話である。

 嫁には言いにくいけれど、現実としっかり向き合わなければいけない。

 男には、腹を決めて言うべき事を毅然と、堂々と、かつ・・・早よ言えよって。(笑)

「あの・・・言いにくいんやけどな・・・。」

 私は意を決して、嫁に言おうとした。

 「ツーツーツー・・・」

 電話は既に切れていた。

 男は単純だから、目の前の困難が過ぎれば、すぐモードが切り替わる。

ま、いっか!さてと、店に戻るか!

あ、そうや!タイミング悪く女の子笑かした、お兄のデコ強めにシバいたらな!

すると、私の内なる声が・・・

「おい、コブシ。お前はわかってないなぁ。女ってのはな、時に銭金関係なく気持ちを動かされる事があるんやで。」

 確かに・・・失った銭金は、稼いで補填する事はできる。

しかし、失った心は・・・。

・・・ありがとう、私の内なる声。

 大事な事に気付かせてもらった。

そうだ、私が今、やるべき事。

お兄のデコを、強めにシバく事ではない。

 一刻も早く、電話が切れた後、タクシーに乗って、我が家に帰る事である。

ここで、いろんな意味で目が覚めた。

 「俺、帰るわ。」

 店の中に入った私は、毅然とそう伝えた。

 「帰るて、ホテルに泊まるん、コブちゃん?」

 Mちゃんが聞いてきた。

 「いや、岡山。」

 「お、お、岡山っっ!こんな時間に?どうやって帰るん?」

 「タクシーで。」

 「エエーーーっ!!マジでーーーっ!!」

 店の皆が、驚いた顔で私を見た。

ゴメンな、お兄、初対面なのに、デコ一杯シバいて・・・。

 叩かれたリアクションがオモロかったから、ついつい調子に乗って・・・。

 心の中で、お兄に謝罪した。

これから、修羅場が待っているであろう戦地に赴く兵士のような心境だった。

 「コブちゃん、これ持ってってよ。」

 見ると、Mちゃんが一万円を私に差し出した。

 心遣いが嬉しかった。

またの再会を約束し、タクシーに乗り込んだ私。

 運転手さんに行き先を告げた。

 酔っていたので覚えてないが、驚いた事だろう。

 急に酔いが回った私は、すぐに眠りに落ちた。

いつも思うんだけれど、酔っている時の時間の進み方。

とても普段と同じ進み方とは思えない。

 「お客様、着きましたよ。」

 眠りに落ちて、10分くらいしか経っていない感覚だった。

 自宅に戻ると、当然の事ながら、皆、眠っていた。

 私も、すぐに眠りについた。

きっと、私の決断に感激する嫁の顔を期待しながら・・・。

ZZZ・・・




























「ちょっと!アンタ!アンタ!何でおるん?」

 泥のように眠っていた私を、乱暴に揺さぶる嫁。

 「え?・・・そ、そら~帰らなアカン思たから・・・。」

 嫁よ。ここやで、感激するのん。

 「タクシーで?アンタ、頭おかしいんちゃう!ナンボかかったん!」

 「ご、ご、5万ちょい・・・。あ!でも、Mちゃんから一万もろたんやった!」

 普段だったらへそくりにするところだけれど、そんなこと言ってられない。

スーツのポケット、引き出物の紙袋。

ありとあらゆる所を探したけれど、金はなかった。

きっと、酔っぱらっていたので、座席にでも落としたのだろう。

 「アンタ、ヘソくってんちゃうん?」

 因果応報・・・全ては、自分の日頃の行いの結果・・・という事を、身に染みて思った出来事。
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