コブシ文庫(ブルー)

コブシ

文字の大きさ
上 下
7 / 27

新聞拡張員のSさん  

しおりを挟む
“新聞拡張員”

新聞購読契約の勧誘をし、その契約によって報酬を得る。

いきなり家に来て、あの手この手で新聞を購読してもらおうとする。

 中には強引に、恫喝まがいに契約をとる人間もいる事から、「新聞ヤクザ」とも言われるらしい。

 私は、この手の営業をする輩が大嫌いだ。

 人間関係は鏡みたいなものだと言われるけど、相手が高圧的な態度でくると、ついついケンカ腰になってしまう。

そういう輩は、その方法で気の弱い人から契約をもぎ取っているのだろう。

しかし、私はそういう輩が来ると、真っ向からケンカ腰でいく。

すると、だいたい向こうは引いてしまう。

そりゃそうだと思う。

 私は、いつでも「やるんやったら、いつでもやったんぞ!」と、腹が決まっているんだから。

 私の経験上、何が怖いって、腹が決まっている人間ほど怖いものはない。

ある日、私の治療院に新聞拡張員が来た。

 治療中だった事もあり、私は丁重に断った。

 勘違いしないでほしいのは、営業で来る人間みんなに威圧的な態度をとるわけではない。

この人も、好き好んで営業の仕事をしているわけじゃないかもしれない。

だから、普通に来る営業の電話なり、人には丁重に接する。

ある営業の電話の時。

 確か、インターネットのHP関連の営業だった。

 私は他にも仕事をしていたので、治療院は紹介のみで営業していた。

なので、広告関係にはお金を使う気は一切なかった。

 営業の方は熱心に自社のHP作成の良さを熱弁しようとしていた。

 「あ、私んとこは広告関係にはお金かけるつもりはないので、せっかくお話していただいても、時間を無駄にするだけなので・・・。」

と、丁寧に断った。

 「アンタ、よーそんなん言うな~。」

 妻は笑いながら私に言った。

 自分では、丁寧に相手の事を考えて、私んとこで無駄に時間を使うよりは・・・っていう親切心から言ったつもりだった。

 人それぞれ取りようが違うもんだなぁと思った。

 話が逸れたので本題へ。

 先程、断った新聞拡張員のオジサンは腰も低く、憎めない物言いの人だった。

 「じゃあ、また、出直します!」

そう言って帰っていった。

 次の日。

そのオジサンは、昨日と同じような時間帯にまた来た。

その時は、患者さんもいなかったので、話を聞く事にした。

 今までウチに来た新聞拡張員は、物言いが横柄か、変に馴れ馴れしい礼儀知らずな人間ばかりだった。

 私も気が長い方ではないので、最後はいつもケンカ腰になりつつ断る、というのがパターンだった。

なので、新聞拡張員に対する私のイメージは悪かった。

でも、この人は違った。

 「お願いしますよ~コブシさ~ん!」

 変に馴れ馴れしい礼儀知らずな人間、と言えばそれまでなんだけど、物言いが妙に憎めない。

たぶん、その人の持って生まれたキャラクターなんだろう。

ついつい、笑いながら話し込んでしまった。

その新聞拡張員のSさんは、朝日新聞の人間だった。

 私んところは、地元の新聞を取っていた。

 何故なら、地元の強みなのか、広告の量が朝日や読売など大手の新聞の倍ほど多かったからだ。

だから、変える気持ちはなかった。

 「お願いしますよ~!これ、つけますから~!」

 別に商品に魅力を感じたわけじゃなく、Sさんのキャラクターを気に入りつつある自分がいた。

 「う~ん・・・わかりました。朝日とりますわ。」

ちょうど、新聞の更新時期だった。

それよりも、Sさんのキャラクターに惹かれてしまった部分が大きかった。

 Sさんは、昔、悪かったんだろうなという雰囲気を醸し出していた。

でも、そんな事を微塵も感じさせない憎めない態度だった。

 「ありがとうございます!」

 私の言葉を聞いて、Sさんは歯の抜けた口を全開にして喜んでくれた。

そんなところも、好感を持てた。

それからSさんは、近くを通ったからとかで、気軽に治療院に寄ってくれた。

いつしか、私の治療院に患者さんとしても来てくれた。

 Sさんは、プライベートな事とかも話してくれるようになった。

かつて結婚していたけれど、自分の素行の悪さに愛想をつかされ離婚し、何年間も1人で暮らしているとの事だった。

 子供も1人いるけれど、何年間も会ってないそうだ。

 子供の話をした時の、Sさんの淋しそうな顔が印象に残った。

 3回目に治療院に来た時、夕方だったという事もあり、夕食に誘ってみた。

 Sさんは、最初、驚いた顔をして、困惑していたけれど、私の押しの強さに負けたのか、私の家族と夕食を食べに行く事になった。

近所のファミレスに行くことになった。

 Sさんの年齢は58歳。

 離婚してから、妻や子供に対する贖罪の念を忘れる事はなかったそうだ。

そのせいか、3歳の息子の事を、かわいがってくれた。

 食事の後、ゲームセンターに寄った。

 Sさんは、息子の為にUFOキャッチャーで、何百円も使い、ぬいぐるみを取ってくれた。

はたから見たら、どこにでもいる、おじいちゃんと孫に見えただろう。

それ以降も、治療院に来ては食事に行くというのが2度ほどあった。

 血は繋がってないけど、家族みたいに私は思っていた。

そんな日々を重ねていたある日。。

 1年くらいSさんが顔を見せなくなった。

 新聞の契約更新も、別の人間が来た。

 「最近、Sさん来ないね?」

 妻とそんな話をしていた。

 突然、Sさんが、ひょっこり店に来た。

 「どうしたん?心配してたんやで!」

 心なしかSさんの体が、小さく思えた。

 「ワシ、来月手術するんや・・・。」

 力ない声で私に言った。

 「なんの手術?」

 「まぁ・・・大した事ない、大丈夫、大丈夫。」

 Sさんは、自分に言い聞かすように言っていた。

 全然、大丈夫じゃないのは、Sさんの体つきを見れば歴然だった。

 「何の手術?どこが悪いん?」

 私の質問も、まともに答えようとしなかった。

 「まぁ、また、手術終わったら顔出すよ。」

 私の、お見舞いに行くという言葉にも、頑として首を縦に振らなかった。

 私は、悔しいのと、心配なのがないまぜになり、もどかしかった。

あれから10数年。

 Sさんとは会っていない。

 今日も、いつもと変わらず、我が家の郵便受けには朝日新聞が届けられる。

 Sさん生きてっかなぁ・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

リアル男子高校生の日常

しゅんきち
エッセイ・ノンフィクション
2024年高校に入学するしゅんの毎日の高校生活をのぞいてみるやつ。 ほぼ日記です!短いのもあればたまに長いのもだしてます。 2024年7月現在、軽いうつ状態です。 2024年4月8日からスタートします! 2027年3月31日完結予定です! たまに、話の最後に写真を載せます。 挿入写真が400枚までですので、400枚を過ぎると、古い投稿の挿入写真から削除します。[話自体は消えません]

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クルマについてのエトセトラ

詩川貴彦
エッセイ・ノンフィクション
クルマを所有することはとても楽しいことです。でもいろいろなアクシデントにも遭遇します。車歴40年、給料と時間と愛情を注ぎこんできたワシの「クルマについてのエトセトラ」をご覧ください(泣)

昨日19万円失った話(実話)

アガサ棚
エッセイ・ノンフィクション
19万円を失った様とその後の奇行を記した物

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

道草日記2025【電子書籍作家の日々徒然】

その子四十路
エッセイ・ノンフィクション
原稿が終わらない。電子書籍作家『その子四十路』のまったく丁寧じゃない、道草を食ってばかりの暮らしの記録。 2025年1月〜 ↓昨年の記録はこちら ●混迷日記2024【電子書籍作家の日々徒然】

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...