親指エレジー  

コブシ

文字の大きさ
上 下
29 / 35

<捨てる神あれば、拾う神あり>

しおりを挟む
 テーブルにずらりと並んだ、屋台メシの数々に、思わずため息が漏れました。

 普通の女子なら、全部食べ切れない量です。普通じゃないわたしは、食べちゃいますけれど。

「うわ、なんだかすごいことになっちゃいましたよ」

 まずは、たこ焼きをいただきましょう。一番安い、四個入りです。

「ホワ熱熱熱ャ……」

 口の中がヤケドしないように、呼吸しながら食べましょう。

「はふはふっ。ああ、罪深うまい」

 これは、いいたこ焼きです。タコの弾力が申し分ありません。生地もカリッとしつつ、しっとりした味わいで。中身はクラーケンですが、味はまごうことなきたこ焼きですね。すばらしい転生ぶりです、クラーケンさん。

 シスター・ローラに感想を言おうとしましたが、お忙しそうなので遠慮しておきます。

「お次はジャンボソーセージを。ほう、これも実にいいですね」

 噛んだ瞬間、肉汁が溢れてきました。いいお肉です。もっとパサついているものだとばかり。辛子がきいて、最高のソーセージです。

 じゃがバターもいいですね。ちょうどいい感じに、バターが溶けています。

 タレまみれの焼鳥、実にいいですね。皮は塩でいただきましたが、サッパリして口の中をいい感じにリセットしてくれます。ただ味は、塩の方が濃いんですよね。

 焼きとうもろこしに、豪快にかぶりつきます。おしょう油たっぷりの味わいが、口の中に広がってきました。噛み締めながら、うなずいちゃってます。じゃがバターとは違った、穀物の可能性を感じますね。

 不足がちなお野菜は、キャベツ焼きとソース焼きそばで補いました。どちらもハーフサイズです。野菜というよりは、炭水化物祭りですが。

 これらをラムネで流し込む、と。空になったガラスボトルの中で、ビー玉が風鈴のような音を奏でました。

 すばらしい。胃袋がお祭り騒ぎですね。これはもう、追加してしまいましょう。

「おでんをください。それと炭酸を」

 こうなったら、とことんいきましょう。大根や卵をいただきます。

「ほふほふ、これも罪深うまい」

 これでお酒が飲めたら、完全にただの酔っ払いに見えるんでしょうね。 

「どうだい、クリス。堪能したかい?」

 ひと仕事終えたシスター・ローラが、様子を見に来ました。わたしのラムネ瓶が空になったのを知っていたのか、ジョッキ入りの炭酸を持ってきてくれています。

「ありがとうございます。でも、お酒じゃないですよね?」
「酒はこっち」

 匂いをかぐと、たしかにローラ先生の方はアルコールが入っているようでした。

 乾杯の音頭もなく、ローラ先生はジョッキをわたしの分にカチンと鳴らしてエールを煽ります。

「今日は、ごちそうさまでした
「いいって。いい食いっぷりだね?」

 空の容器だけになったテーブルを見て、わたしは苦笑いします。

 遠くで光が上がって、大輪の花を咲かせました。

「あ、花火ですね」

 ベストポジションとは言い難いですが、花火は屋台のイートインで眺めるのが、わたしにはちょうどいいのかも知れません。

 複数のカップルが、花火を見上げながら寄り添い合っています。

「あんなマネは、できそうにありません」

 わたしのような人間を、人は『色気より食い気』というのでしょう。

「だろうね。アンタは一生、結婚できないだろうね」
「やはり、そう思いますか?」

 ローラ先生の言葉を、わたしは否定しません。

「人当たりも良くて、家事もできる。子供の面倒見もいい。けど、性欲がまるでないもん。全部、食欲に振り切れてる。目の前にイイ男が現れても、アンタはディナーのメニュー表ばかり見ているんだろうさ」

 言いながら、ローラ先生はほほえみます。

「それでは、婚期を逃しますね」

 つられて、わたしも笑います。

「でも、アンタはそれでいいのさ。一人でも、屋台で花火を見て幸せを感じられるなら」
「わたしも、そういう生き方がいいです」

 自分の将来について考えていると、またお腹が空いてきました。

 次は、どの屋台を回りましょうかねぇ? 
 
 
(屋台編 完)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

歌集化囚 死守詩集

百々 五十六
現代文学
日々生活していくうちに思い付いた短歌を掲載する歌集です。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

翻る社旗の下で

相良武有
現代文学
 四月一日、新入社員たちは皆、眦を吊り上げて入社式に臨んでいた。そして、半年後、思いを新たにそれぞれの部門に配属されたのだが・・・  ビジネスマンは誰しも皆、悔恨や悔悟、無念や失意など言葉なんかでは一括りに出来ない深くて重いものを胸の中一杯に溜め込んで日夜奮闘している。これは同期の新入社員の成功と挫折、誇りと闘いの物語である。

処理中です...