親指エレジー  

コブシ

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<人間不信> <2>

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「コブシさん・・・言いにくいんだけどね・・・」

 Sさんが口火を切った。

 「今回の事だけじゃなく、他のスタッフから、コブシさんに対する不満があるんです・・・。」

 何となく私も、それは感じていた。

というのも、土日祝日は結構、お客様が来られる。

 予約が一杯で、お断りをしなければならない時もある。

しかし平日は、最近、来店されるお客様が減っていた。

 酷いときなんか、昼の2時から私が出勤する20時まで、お客様が0人という事もある。

だからか、登録制の私がたまに出勤すると、常勤スタッフの客の配分がそれだけ減ってしまう。

オープン当初からの古参スタッフである私に、表立って不満を言う人はいない。

でも、空気感でわかっていた。

 「・・・だから、こういう事があると、他のスタッフからしたら、コブシさんは腰掛け的な感覚でやってるかもしれないけど、それでたまに入って良いとこ取りされるのは、ちょっと・・・っていう不満が・・・。」

 「わかりました。私も、それは感じていました。明日、指名のお客様の予約が入っているから、それ終わったらやめますわ。」

 少し、売り言葉に買い言葉みたいなところはあったが、こうやって正式に言われるという事は、店のスタッフの大多数の意見という事。

 私もプライドが高い方なので、頭を下げて、こうしますから!とは、言えない。

いつ何時、こういう事があるかもしれないと、指名のお客様の連絡先を確保していた私。

 「えっ・・・コブシさん、いいの?」


 「いいもなにも、店のスタッフの大多数の意見なんでしょ?私も感じてた事だったので。」

 「そうか・・・なんか、寂しいですね・・・。」

 「明日はSさん休みですよね?じゃあ、これが最後になりますね?今まで色々迷惑かけました。ありがとうございました。」

 「なんか、そんなセリフをコブシさんから聞くと・・・また、色々話しもあるんで、飲みに行きましょう!」

 色々話しもあるんで・・・これにも心当たる事があった。

 Sさんと固く握手をした。

オープン当初からのスタッフは、結局、Sさんと私だけしか残っていなかった。

 私も正直、Sさんと同じく寂しかった。

オープン当初は、認知度も少なかったせいか、本当に暇だった。

 私も、その頃は常勤スタッフとして、12時間くらい入っていた。

 皆で頑張って、店を繁盛させる!という団結心で、私も尽力を尽くしたつもりだった。

 1年くらいすると、段々と常連さんも付きだし、お客様が増えて収入も上がった。

 私も、店がある程度軌道に乗ったので、登録制に切り替えた。

 Sさんとは、そういった意味で、戦友みたいに思っていた。

その日は結局、1人のお客様だけを施術して帰った。

 皆、お客様に着いていたので、私が店を辞めるという事は知らなかった。

 翌日、最後になるであろう出勤。

 何だかんだで、店に勤めて3年。

 愛着もあるし、やっぱり寂しいなと思った。

 今日は平日で、雨も降っていたので、客もいつも以上に少ないだろう。

 私も、指名客だけ施術したら帰るつもりだった。

 今日は、Sさんは休みで、Kカップルと数人のスタッフだけだった。

 Kカップル、特にKさん(男)とは、技術的な事や色々バカ話をしたりした仲。

 心のどこかで、辞める事を引き留められるかも・・・っていう期待というか、願望があった。

いつものように、店の裏口から入る。

 「おはようございまーす。」

 挨拶とともに中に入った。

 暇なのか、Kカップルと女性スタッフ1人が、こちらに背を向けてカウンターに座っていた。

「おはようございまーす。」

 彼らは、こちらを見ずに、力ない挨拶を返してきた。

それで全て理解した。

やはり、この二人か・・・。

 今まで、オープン当初からのスタッフも含めて、たくさん店を辞めていった。

 勿論、個人的な理由で辞めていった人間もいたけれど、突然、なんで?っていうタイミングで辞めていくスタッフもいた。

 店には、「嘆願書」という制度がある。

 店のスタッフ7割の署名があれば、「嘆願書」を本部に出せば、そのスタッフは店を移るか、辞めなければならない。

そういえば、Kカップルから、「嘆願書」を出して辞めさせたという話を聞いた事があった。

その辞めたスタッフの悪口とともに。

こういう事か・・・。

まさか、自分に・・・。

 知り合って3年弱。

 朝方まて酒を飲みに行った事も、1度や2度ではなかった。

それなりに腹を割って話をしたつもりでいた。

 「いつか、皆で店をやりましょう!」

どうしてもフランチャイズ店なので、本部に儲けの何割か納めなければならなかった。

だから、いつか、気のあう皆で店をやろう!と、酒を飲みながら話していた。

 私は、単純だからか本気で、そうなればいいなと夢を描いていた。

いつもなら、必ずといっていいくらい、Kカップルのどちらかが私に話し掛けてくる。

 私が、今日で辞めるという事も知っているだろう。

それなのに、この反応。

 鈍感な私でも気が付く。

 店内に受付タブレットがあり、出勤の手続きに行った。

その隣にホワイトボードがある。

 出勤しているスタッフの名前が、磁石のプレートに書かれていて、指名客や予約状況がわかる。

 案の定、雨のせいもあり、朝から客足が伸びていない。

 客が入っていたら、施術メニューにより、色分けされているので、ホワイトボードが色鮮やかになる。

 今日は、文字通り白いホワイトボードだった。

その中で、私の指名客とKカップルの予約だけがちらほら貼ってあった。

もしかしたら、こういう事も気に入らなかったのかもしれない。

 都合の良い時だけふらっと来て、だいたい指名客が入っている私。

 指名客のNさんの90分が終わったら、帰ろうと決めていた。

ボードに、21時30分以降に退店する黒いプレートを貼った。

 Nさんの来店時間まで15分ほど間があったので、裏のベッドで、いつものように休む事にした。

 KカップルのKさんは、指名客が来店されたので、休憩室から店内に入ってきた。

すれ違う時も、なんか様子がおかしい。

ベッドに寝転がって、いつものように携帯をいじっていた。

すると、Kカップルの女の方が、隣の女性スタッフに話しかけた。
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