親指エレジー  

コブシ

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<私のいっちばん嫌いなタイプの人間>

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前にも書いたけれど、基本的に、飲酒されているお客様は断らなければならない。




しかし、現実は多少酔っていても施術している。




 深夜なんか、皆で飲んだ後、複数で来るお客様もいる。




ただ、1つ言えるのは、オープンスペースなので、他のお客様の迷惑にならなければ、という条件がつく。




その日の夜は忙しく、施術者が8人いたけれど、ほとんど全員施術していた。




 残っていたのは、Sさんだけだった。




 Sさんは、入ったばかりの新人さんで、30代の男性。




 見るからに穏やかそうな人だった。




 私は入り口に一番近いベッドで施術していた。




 「いらっしゃいませ!」




 中年の夫婦が来店された。




 残っていたSさんが対応した。




 「二人いけるる~かっ!」




 明らかに、ら行の呂律が回ってないし、声のボリュームもおかしい。




 断るかどうかの判断が微妙な客だった。




 二人同時だと、30分後になってしまう。




 「あ~ん、30分待たなあかんのか!」




またしても、声のボリュームがおかしい。




 始まる前から、こんな調子だったら、施術中もいちいち文句を言いそうなのは想像がつく。




これは断らなければいけないレベルだなと思った。




ただ、この手の客は断り方が難しい。




 案の定、施術中のKさん(この店を実質仕切ってる人)に呼ばれた。




やはり断るよう言われていた。




 不安そうな顔をするSさん。




(頑張って、Sさん!)




私は心の中で応援した。




 「あ~ん!さっき30分後にいける言うたやないか!」




(やっぱりな・・・)




案の定、ゴネだした。




 「そうよ!さっきアンタ、30分後できる言うたやない!」




 女も一緒になって言い出した。




(できの悪い女やの~)




私は心の中で思った。




ウチの嫁さんだったら、絶対に言わないだろうと思った。




 普通、旦那なり彼氏の手綱締めるんが、できる女だなぁと私は思う。




 私は、いつ助け船を出しに行こうかとタイミングを計っていた。




ただ、助け船を出しに行くと、すぐには終わりそうにはなかったので、今、施術中のお客様に迷惑がかかってしまう。




しかし、次の瞬間、男が発した言葉で私のスイッチが入ってしまった。




 「お~こらっ!暴れたろうかっ!」




その男は、Sさんの顔に自分の顔を近づけながら凄んで言った。




 「ピッ!」




 「〇〇さん、ちょっとスミマセン。」




 考えるより、体が勝手に反応して、タイマーを止め、自分が施術していたお客様に断りを入れた。




 私は、Sさんと男の間に割って入った。




 「お客さん、申し訳ありません、当店は飲酒されているお客様はお断りしていますので。」




 言葉の文句は丁寧だけれど、声色はというと・・・。




 「お前、ええ加減にせえよ!」




という勢いで言った。




 威勢よく立ち上がって、Sさんに文句を言っていた男。




 私の威圧的なオーラを感じたのか、目を逸らして椅子に座った。




 「お客さん、申し訳ありません、当店は飲酒されているお客様はお断りしていますので。」




もう一度、男の顔を見据えて言った。




 男から先ほどの勢いはなくなっていた。




もう少し面倒臭い展開になるかと思っていた私は、少々拍子抜けした。




 「そこの人が30分後にいける言うたや・・・」




できの悪い女が、横からちゃちゃを入れてきた。



ピッ!




 私は、女がちゃちゃを入れた瞬間、タイマーを止めた。




 「お客さん、申し訳ありません、当店は飲酒されているお客様はお断りしていますので。」




 私は、できの悪いバカ女が言い終わるのを待たずに、被せて男を見据えて言った。




 普段、接客する時は、お客様の目線よりも下になるよう、しゃがんで対応する。




しかし、こんな客はお客様とは言えない。




 私は立ったまま、威圧するように見下ろして、対応した。




 私は、パッと見、イカつく見えるらしい。




この顔のお陰で、よけいな争い事をせずに生きてこれた。




 両親には、本当に感謝している。




 「こ、こんな店二度と来るか!」




 男は案外、あっさりと引いた。




 普段も、この手の客はいるけれど、この客は特に酷かった。




 私は、こういう明らかに立場の弱い人間に、逆らえないからと高圧的な態度をする人間を見ると虫酸がはしる。




そんな胸糞悪い夜だった。
 



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