私をたどる物語 

コブシ

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私をたどる物語 <17>

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私は何か因縁をつけに来たと思っていた。

すると、リーダーらしき入れ墨をいれた男が言葉を発した。

 「プロの方ですか?」

 私の動きを見て、そう思ったのだろうか?

 「はい、ブランクはありますけどね。」

 「試合、近いんですか?」

 「3ヶ月後です。」

 「頑張って下さい!お先、失礼します!」

 男たちは、口々に私に挨拶して出ていった。

 私も軽く頭を下げた。

 入れ墨をいれている、タバコを吸いながらやっている。

だから、ハンパな気持ちでやっている。

そんな色眼鏡で見ていた自分が恥ずかしくなった。

やっぱり同じ格闘技をやっているもの。

お互いリスペクトし、称えあう。

そんな、基本的な事を教えてもらった気がした。

まぁ単純に、プロと思われたのが嬉しかっただけかもしれない。

 「コブシ、このジムに行ってくれ。話は通してあるから。」

 数日後、会長から電話があり、あるジムを紹介された。

 Fジム

会長はアマチュアボクシング界で有名な選手だった。

 早速、練習に行ってみる事にした。

 Fジムは2階建てで、中々の立派なジムだった。

 選手、練習生合わせて20人くらいが練習していた。

 活気が溢れていた。

 私は今まで、このジムを合わせて5つのジムに通ったけれど、設備等は1番かもしれない。

 会長、選手、練習生に挨拶を済ませ、早速、練習した。

 「コブシ!スパーやるか!」

 会長が私に言ってきた。

 「いや、まだ、感覚が戻ってませんので、やめときます。」

・・・とは言えなかった。

 「はい!お願いします!」

 本音は、まだ実戦は嫌だった。

 1年間、実戦はおろか練習から遠ざかっていた。

 試合後で、2週間くらいスパーしないくらいでも、普段避けられるパンチをもらってしまう。

ミリ単位の誤差が生じてしまう。

だけど、アントニオ猪木じゃないけど、「いつ、何時、誰の挑戦でも受ける」という精神でいる私。

 逃げたと思われるのも、性格上耐えられない。

 相手は、もうじきプロデビュー戦を控えた、アマチュア上がりの選手。

ジムの人間たちも、私がどれほどの選手か興味津々だった。

やるしかない!

 相手は、私より軽いフライ級の選手だった。

パワーはないかもしれないけど、その分スピードと手数があるだろう。

 3Rほどシャドーをして、体を暖める。

その合間、相手の動きを観察した。

 思った通り、スピードがあり、手数も多い。

 「じゃあ、やるか、コブシ!」

 会長の合図でスパーの準備に取り掛かる。

 体重差があるので、グローブは私の方が重い。

 1年振りの実戦。

 周りの選手、練習生たちも手を止めていた。

 「カーーン!」

 1R...

アマチュアらしい動きで、細かく出入りする。

 私は、いつものように前に出る。

 相手は左右に目まぐるしく動く。

 若干、動きについていけない私。

それを誤魔化すように、大きなフックを振るいながら距離を詰める。

ガードの上だけれど、私のフックが数発当たった。

それに調子づいた私が、さらに距離を詰め、右のフックを振るった瞬間。

 相手が身を屈めて、左のボディーストレートを打ってきた。

 相手の方がスピードがあり、私の鳩尾に当たった。

 鳩尾・・・ここは一発でダウンを取れるほどの急所。

 私も、かつて判定で押されていたけど、たった一発相手の鳩尾にヒットし、ダウンを取って、勝った経験がある。

それくらい、まともに入ると効いてしまう。

その鳩尾に、モロに食らってしまった。

 私は、前のログにも書いた通り、効いたパンチをもらっても、そんな素振りを微塵も見せずに前に出る。

ただ、この鳩尾にモロにもらうと、あまりの苦しさに声が漏れてしまう。

それも、仔犬のような声が出てしまう。

こればっかりは、止めようがない。

だから、顔は多少打たせるが、この鳩尾だけは極力打たせないようにしていた。

やはり、ブランクの弊害なのか、避けきれなかった。

 「クゥーーン、クゥーーン・・・。」

 外見では平気な素振り。

なのに、仔犬のような鳴き声が聞こえる。

 残り2Rをなんとか乗りきった。

 後、3ヶ月・・・大丈夫だろうか・・・。

 不安しかなかった。

とりあえず、実戦の勘、スタミナをつけなければならない。

 仕事の合間を見つけてはジムに通った。

 朝も走った。

 「コブシ、相手が決まったゾ!」

 会長から電話が入った。

W選手、22歳、5勝(3KO)1敗。

に、に、22歳!

おまけに、1敗しかしてないのっ!

け、結構、強そうだし、若い・・・。

 私はといえば、7年振りの試合を昨年やり、やっとこさ勝った30歳。

そしてもうひとつ気になる点が・・・。

W選手が所属しているジム。

 私が昨年、試合して勝った選手が所属しているジム。

 得てしてそういう場合、負けた同僚のリベンジ!みたいな、いらん要素も入ってしまう。

 私は、心のどこかで、3ヶ月しか練習する期間がないから、そこら辺を加味して、噛ませ犬的なやりやすい相手を・・・みたいに期待していた。

さすが、元か現役か知らないけれど、極道らしい会長だ。

 骨のある相手を選んできたもんだ。

 「相手のビデオも送ったから!」

 数日後、ビデオが届いた。

 映像を見る。

・・・あの~、めっちゃ強いやん!

パンチもガンガン振るってくるバリバリのファイター。

 「めっちゃ強いやん!アンタ、いけるん・・・?」

 「だ、だ、大丈夫よ!ぜんっぜん!楽勝よ!俺を誰やと・・・」

 「もう、エエって。ホンマにいけるん?」

 妻は真剣な顔で、心配していた。

(これは、下手したら倒されるな・・・。)

私も内心、そう思っていた。

そして、試合日も正式に決まった。

その試合日を聞いて、嫌な予感がした。

 私たちの1年目の結婚記念日だった。

 自殺したT君。

 理由は恋愛絡みだった。

この偶然の符号・・・。

 大げさではなく、命の危険を感じた・・・。
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