ある冒険者の贖罪について

中島とととき

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第四話

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■ □ ■


「シアトラ、シアトラ! 情報通りだ! 足跡がついてる、スキュラはこの先にいるぞ!」
「あまり大きな声を出すなよ。逃げられてしまうだろ」
「どこに逃げたって探せばいいだけさ。俺たち二人なら絶対にやれるって、なぁ!」
「楽天的すぎやしないか。……否定はしないがね」

 セライはほとんど跳ねるような調子で獣道を駆け上がった。私のローブを強く引きながら走るものだから、私も共に力の限り駆ける必要があった。

 あの日私たちはスキュラと呼ばれた怪物の討伐依頼を負っていた。
 スキュラは長い間この地を荒らし続けていた魔物だ。私たちがそいつの話を聞いた時には既に少なくない数の冒険者が討伐に挑み、敗れ去っていたそうだ。もう三つもの街が被害に遭っているんだと、全てを諦めた様子で語る街の者の顔を、私は未だ忘れていない。

 俺たちが倒そう、とセライは言った。私はそれを、二つ返事で肯定した。

 人々を助けたいという慈愛がニ割。凶悪な魔物を倒して名を上げたいという野心が三割。私とセライならば出来ないことなんてないという慢心が五割。私がこの依頼を受けたのは、おおよそこのような心情によるものだった。
 これは私の心の内の話だ。セライはもっと慈愛に満ちていただろう。あれは呆れるほどに優しい男だったから。

 客観的な事実として、私たちは非常に優れた冒険者であった。
 二人で数多くの魔物を討ち取ってきた。人類未踏の霊峰を踏破したこともある。剣も魔法も、私たちが二人でいる限り敵う者などいなかった。
 私たちはいつだって共にいた。現実を疑うような景色を見た時も、魔物の群れを前に死を覚悟した時も、セライが隣に立っていた。

 あの日もそうだ。セライと私の二人ならば出来ないことなどないと、心の底から思っていたのだ。

 スキュラは高い高い峰を住処にしていると聞いていた。他の冒険者との戦いの跡か、ぐちゃぐちゃに乱れ切った森を抜けるのには苦労したが、私の心は高揚していた。スキュラを倒し、この世界にセライとシアトラありと刻みつけてやりたかったのだ。

 短くない時間をかけて辿り着いたその場所は、切り立った崖の上だった。足元には雲海が立ち込めていて、まるで俗世から断絶されたかのような、生命の実在を否定するかのような景色であった。
 視界の奥、点々と赤黒い染みが広がる草葉の上にソレがいた。

「……見つけた。結構デカいな。なんかウニョウニョしてるし」
「頭が六つある狼の姿をしているという話だったはずだが、……不定形の触腕みたいなものが生えてないか」
「生えてる。それもそこかしこに。アレじゃまるで化物だ」
「怖いのか? セライ」
「シアトラが隣にいるのに? 相変わらず冗談が下手だな!」

 セライは笑った。恐怖も憂慮も吹き飛ばす、太陽みたいに闊達な笑顔だった。
 私も笑った。セライの笑顔が好きだった。
 セライは光だった。人々にとって、世界にとって、そして何より私にとっての。

 ぞろりと不定形の巨体が揺れた。どうもこちらに気づいたらしい。
 私は右手に杖を、左手に短剣を構えた。隣を見ずとも、セライもまた臨戦体制に入ったことが感じ取れた。特別なことなんて何も無かった。私たちはいつものように戦い、いつものように勝つつもりだった。

 結果として、私たちは勝つことができた。ただし、セライの生命を引き換えにして。

 私は様々なものを手に入れた。討伐の栄誉を。溢れんばかりの賞賛を。一生かけても尽きない金品を。
 無意味だ。全て無意味だ。愚かな私は、あの日全てを失ったのだ。

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