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第三章
第四十四話 手段
しおりを挟む「さて、問題はどうやってヨシュアを殺すのかっつう話だ」
食事を終えた頃には、太陽はすっかりその身を隠していた。窓の奥からは昼と夜の境目を行く人々の声が微かに漏れ聞こえている。仕事を終えて家路につく者、家族や恋人との食事の帰り道。あってないようなカーテンの向こう側には、代り映えのない日常が広がっている。
今となってはどうでもいいことだと、リリエリは窓から視線を外した。今から重要な話し合いをしないといけない。不死身のヨシュアを殺し続ける、その方法についてを。
食事に使用したテーブルをそのまま会議室として囲む三人は、それぞれが物言いたげな表情を浮かべていた。
レダは眉間に皺を寄せ、時折頭痛に耐えるみたいに目を瞑る。ステラは不安げな笑顔と無表情を行ったり来たりしながら、何もかかっていない胸元を撫でていた。リリエリはずっと口の端を噛んでいる。鉄の味にはとっくに慣れてしまった。
各々が各々を圧迫している部屋の中、恐らくですがとステラが口火を切った。
「現在ヨシュアは邪龍化の過渡期にあります。周辺に例の霧を巻き散らしながら、龍の姿に変貌している最中なのでしょう。シジエノを大きく離れているということは考えにくいですが、……シジエノがどれほど元の形を保てているかは、祈る必要があるでしょうね」
「転移結晶がやられてたらもう手の打ちようがないな」
「ええ。つまり、その懸念はもはや心配する必要はないということです」
どうにもなりませんから、とステラはどこかあっけらかんと言った。エルナトからシジエノまで、ヨシュアの足でも四日はかかる道程だ。リリエリたちが同じ道を通ろうものなら、不眠不休でも一週間はかかるかもしれない。
それまでの間、ヨシュアの意識が保つかどうか。……あまりに分の悪い賭けになる。
「そうなったら、ヒュドラの復活はもう止められないんですか」
「直ちに大暴走するとは限らないさ。それに、もし復活したら次は俺様がヒュドラの首を落とすだけだ」
「呪いさえ移し替えてしまえば、またある程度は時間が稼げますからね。レダにばかりいい格好をさせるわけにはいきませんけど」
淡々と話を進めるその様子に、リリエリは彼らの肩書を思い出した。全盛期の邪龍ヒュドラを堕としたS級冒険者パーティ。ヨシュアが不在であろうとも、彼らの強さが衰えるわけではないのだ。
なんと心強い味方だろうか。状況は極めて悪化しているが、それでもまだ悲観し立ち止まる段階ではない。
「転移結晶は無事に使える。ヨシュアはシジエノから動いていない。シジエノは腐敗の霧に呑まれている。この三つを前提に話を進めましょうか」
「場所がシジエノとなると、火口に落とすとか海に沈めるとかは無理だな。平野のど真ん中は立地が悪い。俺様が燃やし続けてもいいけど、連続となるとせいぜい四日が限度だろうな」
「なにか別の手段が必要、ですね」
何日も、何か月も、何年も、何十年も、一人の人間を死に留めておく方法。
属人的ではいけない。レダの魔法を核とした方法は替えが聞かないし、なにより長くは続けられない。
人の介入がなくとも長い期間で死を与えることができ、誰にでも実行可能であり、かつこの数日で実行可能な方法はないか――。
「……毒、です」
しばし無言が続いていた空間に、リリエリの呟きが落ちた。
「毒はヨシュアさんにも効きます。人間を何十人でも殺せるような強い毒を沢山投与すれば、それだけの時間眠っていてもらうことができるはず」
リリエリはかつてヨシュアに、毒が効くのかどうかを尋ねたことがある。その時は確か、"人並み"くらいには効くんじゃないかと返された気がする。今にして思えば酷い返答だ。だが実際、彼が神経毒であっさりと死ぬところをリリエリは見たことがあるのだ。
致死量の何十倍もの毒を用意することさえできれば、レダやステラといった特別な人材の手を借りずとも――リリエリ一人の力でも、ある程度の期間ヨシュアを殺し続けることが可能かもしれない。この方法はヨシュアを火口や水底に連れていくよりもよっぽど現実味のある方法に思えた。
「なるほど、毒ですか。壁内ではあまり強いものは手に入れられないですね」
「俺様が時間稼ぎをしている間に採ってくるのはどうだ。三日四日ならヨシュアを留めておける。その間になんとかできれば、」
「もう、あります」
リリエリの言葉に、レダとステラの会話が途切れた。注がれる視線を一身に受けながら、どこか頼りない一本の指が部屋の隅……ひっそりと積み上げられている植物の塊を指し示す。
きつい赤紫色をした蔓。黄緑と赤の斑に覆われた果実。真っ白な木の葉。ヨシュアが倒れている間にリリエリが採取してきた植物たち。自分にできる何かを探してひたすらにかき集めてきた薬草もとい毒草が、全部で十一種類ほど。
「あそこにあるものの半分は毒草です。目算ですが三百人は殺せる量があります。多少の加工は、必要ですけど」
「集めてた訳は聞かないでおくが、とにかくでかした!」
「リリエリ様……!」
視界が急に暗くなる。跳ねるように立ち上がったステラに強く抱きしめられているのだと、リリエリは一拍遅れて気がついた。体格差もあるが、なにより彼女の力は強い。苦しい。苦しいが、これが彼女の思いの丈だというのなら、甘んじて受け入れたいとリリエリは思った。
リリエリは採取が好きだった。限りある範囲の中、たった一人で向き合うことができるから。足が不自由で戦う力もない自分にできる唯一のことだった。それでも冒険者でいたいと縋るような気持ちで打ち込んだ。
これならできると思っていた。これしかできないと思っていた。
それが今、ヨシュアの願いを叶えるたった一つの手段となる。
「私にやらせてください。彼の呪いを、終わらせます」
■ □ ■
煌々とした光に満ちていた。小さく狭い部屋の中、不釣り合いに輝く小さな石片が自らの役目を待っている。
この輝きの先はシジエノに繋がっている。ヨシュアがそこで待っている。
リリエリは固唾を呑んだ。杖代わりに握りしめたヨシュアの愛刀が、隠し切れない手の震えを受け止めてくれていた。
「作戦は話し合ったとおり。後は向こう側の様子を見て適宜対応だ」
「大丈夫、大丈夫ですよ。ヨシュアがやわな人間でないことを、私たちはよく知っているはずです」
右後ろからレダが言う。冷静で力強い声であった。
左後ろからステラが言う。温和で心優しい声であった。
「……行きます。行きましょう」
伸ばされたリリエリの手に呼応するように、燐光が周囲に溢れ出す。宙に投げ出されたかのような感覚が体の全てを包み込む。
目指すはシジエノ。邪龍に変わりつつあるヨシュアの待つ腐敗の地。
決戦の時である。
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