龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第三章

第十八話 本日晴天

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 翌日、ステラは予定通りシジエノ廃村を発つことになった。
 二人で必死に作り上げた転移陣は問題なく機能しているようで、部屋の中は中央の小さな石から放たれた燐光でふんわりと光っている。

 見送りに来たリリエリとヨシュアに見守られながら、ステラは一歩陣の中へと足を踏み入れた。

「レダと合流次第戻るつもりです。ですが、彼もあれで忙しい男ですから、すんなりとは戻れないかもしれません」

 レダが今ヨシュア達の置かれている状況を知れば、きっとすぐにでも駆けつけてくれるだろうが。それはそれとして、如何せんこの世界は連絡手段に乏しい。宮廷魔術師として各地を飛び回っているだろうレダに連絡をつけるのは、想像以上に困難なことだろう。

「できる限りの手段を使って連れてきますので、それまではなんとか生き延びてくださいね」

 ステラは主にリリエリの方を見ながら言った。人間らしい生活が送れるかどうかは、ほとんどすべてがリリエリの手にかかっていると言っても過言ではない。
 だがリリエリは既に一度同じようなことをしている。正直に言って、生活に関しては目下の不安は無い。ステラの信頼に応えるためにも、リリエリは笑顔で任せてくださいと返した。

 昨日ステラが溢した言葉も、彼女の覚悟も。
 未だ迷いが晴れきらぬリリエリを、それでも奮い立たせる眩い光となっている。

「すぐに戻ります」

 お元気で、とステラは小さく頭を下げ、輝く転移結晶に白い手を翳した。溢れ出す光の中、ステラの口元が小さく動いていた気がするが、何と言っていたかはわからない。
 やがて光が消えていき、後に残っていたのは完全に光を失った転移結晶だけであった。

「いっちゃいましたね、ステラさん。寂しくなりますね」
「うん」
「この転移結晶が再び使えるようになるのは、二、三日後だそうです。少なくともそれまでは、なんとしてでも安全を確保しなければいけません」

 逆に言えば、数日待つだけで転移結晶が使えるようになる。いざとなったらエルナトに帰還することができる環境というのは安心感が段違いだ。
 最終的にはステラ、レダがシジエノ廃村に戻ってくるための道にもなる。この家だけは、無傷の状態で守り抜く必要がある。

「そうだな。なんでもするから、必要な時に指示が欲しい」
「ヨシュアさんが"なんでも"しないように、私、頑張りますからね」

 ヨシュアの"なんでも"は本当に"なんでも"なので、出来る限りヨシュアが全力を出さなくても済むようにしなくては。二人きり残されたリリエリは、改めて自分に気合を入れた。

「さて、しばらくシジエノで暮らしていくわけですけども。何かしたいことあります? ヨシュアさん」
「……ない」
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらっていいですか?」

 ヨシュアは間髪入れずにもちろんと言った。これでこそヨシュアである。

「あの、先に何をするのか確認してから返事をしてもいいんですからね」
「そっちの方がいいならそうする」
「私ではなく、ヨシュアさんのしたいようにしてください」
「わかった」
 
 素直に頷いているが、直ちに彼のスタンスが変わることはないだろう。それもまたヨシュアの在り方。リリエリが彼を無理に矯める必要はない。ヨシュアは確実に良い方向に進んでいるのだから。

「それで、アンタは何をしたいんだ」
「エルナトから離れた壁外で、自由な時間がいっぱいあるんですよ。となると、することは一つじゃないですか」

 都市エルナトを離れざるを得なくなり、遠く危険な壁外でいつまで続くかもわからない逃亡生活を送らなければならない。

 現状は概ねこんな感じだが。見方を変えれば、普段は行けない土地で好きなだけ自由行動が許されている、と言えなくもない。というか言い張るつもりだ、リリエリは。
 今この瞬間にすべきこと? そんなの、たった一つに決まっている。

「採取です」
「わかった」

 あまりにも判断が速すぎるヨシュアと、特定分野においては判断力が若干低下するリリエリ。
 本日青天。エルナトから遠く離れた土地であるが、この瞬間をもって二人は平常運転を取り戻したのである。
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