97 / 131
第三章
第十八話 本日晴天
しおりを挟む翌日、ステラは予定通りシジエノ廃村を発つことになった。
二人で必死に作り上げた転移陣は問題なく機能しているようで、部屋の中は中央の小さな石から放たれた燐光でふんわりと光っている。
見送りに来たリリエリとヨシュアに見守られながら、ステラは一歩陣の中へと足を踏み入れた。
「レダと合流次第戻るつもりです。ですが、彼もあれで忙しい男ですから、すんなりとは戻れないかもしれません」
レダが今ヨシュア達の置かれている状況を知れば、きっとすぐにでも駆けつけてくれるだろうが。それはそれとして、如何せんこの世界は連絡手段に乏しい。宮廷魔術師として各地を飛び回っているだろうレダに連絡をつけるのは、想像以上に困難なことだろう。
「できる限りの手段を使って連れてきますので、それまではなんとか生き延びてくださいね」
ステラは主にリリエリの方を見ながら言った。人間らしい生活が送れるかどうかは、ほとんどすべてがリリエリの手にかかっていると言っても過言ではない。
だがリリエリは既に一度同じようなことをしている。正直に言って、生活に関しては目下の不安は無い。ステラの信頼に応えるためにも、リリエリは笑顔で任せてくださいと返した。
昨日ステラが溢した言葉も、彼女の覚悟も。
未だ迷いが晴れきらぬリリエリを、それでも奮い立たせる眩い光となっている。
「すぐに戻ります」
お元気で、とステラは小さく頭を下げ、輝く転移結晶に白い手を翳した。溢れ出す光の中、ステラの口元が小さく動いていた気がするが、何と言っていたかはわからない。
やがて光が消えていき、後に残っていたのは完全に光を失った転移結晶だけであった。
「いっちゃいましたね、ステラさん。寂しくなりますね」
「うん」
「この転移結晶が再び使えるようになるのは、二、三日後だそうです。少なくともそれまでは、なんとしてでも安全を確保しなければいけません」
逆に言えば、数日待つだけで転移結晶が使えるようになる。いざとなったらエルナトに帰還することができる環境というのは安心感が段違いだ。
最終的にはステラ、レダがシジエノ廃村に戻ってくるための道にもなる。この家だけは、無傷の状態で守り抜く必要がある。
「そうだな。なんでもするから、必要な時に指示が欲しい」
「ヨシュアさんが"なんでも"しないように、私、頑張りますからね」
ヨシュアの"なんでも"は本当に"なんでも"なので、出来る限りヨシュアが全力を出さなくても済むようにしなくては。二人きり残されたリリエリは、改めて自分に気合を入れた。
「さて、しばらくシジエノで暮らしていくわけですけども。何かしたいことあります? ヨシュアさん」
「……ない」
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらっていいですか?」
ヨシュアは間髪入れずにもちろんと言った。これでこそヨシュアである。
「あの、先に何をするのか確認してから返事をしてもいいんですからね」
「そっちの方がいいならそうする」
「私ではなく、ヨシュアさんのしたいようにしてください」
「わかった」
素直に頷いているが、直ちに彼のスタンスが変わることはないだろう。それもまたヨシュアの在り方。リリエリが彼を無理に矯める必要はない。ヨシュアは確実に良い方向に進んでいるのだから。
「それで、アンタは何をしたいんだ」
「エルナトから離れた壁外で、自由な時間がいっぱいあるんですよ。となると、することは一つじゃないですか」
都市エルナトを離れざるを得なくなり、遠く危険な壁外でいつまで続くかもわからない逃亡生活を送らなければならない。
現状は概ねこんな感じだが。見方を変えれば、普段は行けない土地で好きなだけ自由行動が許されている、と言えなくもない。というか言い張るつもりだ、リリエリは。
今この瞬間にすべきこと? そんなの、たった一つに決まっている。
「採取です」
「わかった」
あまりにも判断が速すぎるヨシュアと、特定分野においては判断力が若干低下するリリエリ。
本日青天。エルナトから遠く離れた土地であるが、この瞬間をもって二人は平常運転を取り戻したのである。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。
白水緑
ファンタジー
魔王を倒して報酬をもらって冒険者を引退しようとしたところ、支払いを踏み倒されたリラたち。
国に見切りを付けて、当てつけのように今度は魔族の味方につくことにする。
そこで出会った魔王の右腕、シルヴェストロと交友を深めて、互いの価値観を知っていくうちに、惹かれ合っていく。
そんな中、追っ手が迫り、本当に魔族の味方につくのかの判断を迫られる。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる