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短編 余暇の青
余暇の青①
しおりを挟む「本当にすみませんでした」
リリエリは誠心誠意しっかりと頭を下げた。何も置かれていないテーブルを挟んだその向こう側にはヨシュアが座っている。表情にこそ出ないが、目のやりどころに困っているとでも言いたげな視線の動きは、明らかに困惑を表していた。
麗らかな午後であった。小都市エルナトは今日も今日とて穏やかで、つい先日の騒動なんて忘れてしまいそうなほどだ。
だが忘れるわけにはいかない。理由があったとはいえ、リリエリはほとんど何も伝えないままヨシュアを壁外に連れ出していた。ヨシュアがここ、自宅に帰ることができたのは、実に四週間ぶりのことであった。
安全も衣食住も担保されていない壁外に長らく滞在するのは、基本的には多くの体力・精神力を消耗する行為である。ヨシュアがこの基本の内に当てはまるのかはさておくとして。
無事にエルナトに帰還し一息ついたあたりで、そんな行動をヨシュアに強制した事実がずっしりとリリエリにのしかかってきた。特に理由も言わずに実行した辺りがとても重い。ヨシュアが文句の一つも言わないことが罪悪感をいや増している。
それもこれもあのレダという宮廷魔術師のせいだと思いつつ、一方で何も言わないことを選択したのは自分自身だという現実もあるわけで。リリエリは、今回の件は大概自分にも責任があると結論付けた。ということで、冒頭の通り誠心誠意謝罪することにしたのである。
「なんのことだ」
「何も言わずに勝手に判断して、勝手に依頼を受けて、勝手に壁外に飛び出したことです」
「それはレダのせいじゃないのか。それに、結果として無事に帰ってこられたわけで、俺にはなんの不満もない」
「そうは言いましても。少なからず困ったこととか、あったんじゃないですか。例えば、本当は予定があったのにふいになっちゃったりとか。この家だって長く空けてしまいましたし、貯蔵していた食品が駄目になったりとかも」
「予定なんてないし、食料も大丈夫だ。保存のきくものしか買っていない」
「……ちなみに、普段何を食べているのか、伺っても?」
壁外にいる間の生活はそのほぼすべてをリリエリが担当している。行動や戦闘を全てヨシュアに任せている身の上、それくらいはやらせてほしいというリリエリの希望であった。だが流石にエルナトでの生活に関しては関与していない。あまり干渉しすぎても邪魔になるだけだろうし、壁内での生活くらいはヨシュアにだってできることだ。……相当危うい一面も見ないではないが。
少なくとも、依頼に支障をきたすようなことは今までに一度としてなかった。なので問題はないだろうとリリエリは判断している。判断しているが。リリエリはヨシュアの生活スペースを眺めた。相変わらずほぼ伽藍洞状態の部屋の中は、生活感があまりにも希薄だ。最低限の生命活動を行う以外はずっと壁を眺めて過ごしていると言われても信じてしまいそうだ。そのくらいにはリリエリはヨシュアの生活を不安視しているのである。
「普段はこれを」
ヨシュアは元々据え付けてあるキッチン横のキャビネットを開けた。中にぎっしり詰まっていたのは、大変よく見覚えのある行動食であった。
エルナトギルドで取り扱われているその行動食は、栄養だけはしっかり取れると冒険者の間で大評判の代物である。冒険者が壁外に長く滞在できないのはこの行動食があまりにも不味いからだ、なんて噂すら流れている。リリエリも食べたことがある。リリエリはエハの実の方が好きだ。タダだから。
そんな曰くつきの行動食が、なんだか目の前にたくさんある。どこか既視感のある光景だった。
「これ一つで一食分の栄養が賄えるんだ。もちろんアンタは知っていることだろうが」
「ええ、まぁ、知ってはいますね。いますけども」
この人、ギルドと家の往復しかしてないのかもしれない。ヨシュアの生活にリリエリが口を出す権利なんてないが、ないからこそ、リリエリは決意した。せめて壁外では色んなものを食べてもらおう。珍しいものとか、記憶に残るものとか。味に関しては出来得る限り努力はするという方向で。
「一つ食べるか」
「結構です。お気持ちだけで。ありがとうございます」
そうか、とヨシュアは心なしかしょんぼりした様子でキャビネットを閉めた。かたんと木戸のぶつかる音すらもなんだか空しい響きであった。
「とにかく、ここ数週間はずっとヨシュアさんに無理をさせてしまったなと。そう思っているんです」
「俺はそうは思っていないが」
「考えてみれば私たち、結構な頻度で依頼を受けていたような気がします。私、今までずっと単価の安い依頼ばかり受けていたから、ついスケジュールを埋めてしまいがちで。そのノリに付き合わせてしまったのかも」
「そう、なのだろうか」
「なので、少し余暇をとりませんか」
余暇、とだけヨシュアが呟いた。初めて聞く言語の音の響きだけを真似したかのような発声であった。
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