龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第二章

第十一話 シジエノへ

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 思わぬ足止めはあったものの、二人は特に問題なく進行した。
 あれから数回魔物と遭遇したが、ヨシュアの前にそれらは大した障害にはならなかった。ただ、ふと気がついた時には、魔物なんかよりずっと深刻な問題が生じていた。

「どこですか、ここ……」
「……東?」
「進行方向の右手側に夕日がありますけどね」

 ヨシュアが足を止めたのは、森と草原の境目のような地形に差し掛かった時であった。太陽はにわかに傾きつつあり、ギリギリ日没までに安全地帯に辿り着けた形である。

 被せられていた鍋を取り払い、周囲の状況を確認したリリエリはそれはそれは驚いた。背後には森、正面には一面の草原。草食獣らしき形が遠くに見えており、今までの喧騒が嘘みたいに穏やかな世界が広がっている。
 ……川は? 私達は小川沿いに移動していたはずでは?

「気がついたら川がなくなっていたんだ」
「それは、まぁ、しょうがないですね」

 思えば蜘蛛の巣に引っかかった時には既に川の気配がなかったような気がする。あの時気づいておけば、とリリエリは後悔した。紛うことなき連帯責任であった。

 それでも、暗くなる前に身を休められそうなところまで進めたのは僥倖だった。ヨシュアの強行がなければ、確実に森中で夜を迎える羽目になっていた。それに比べれば、川を見失ったことなんて些細なことだ。たぶん。

 久しぶりの安全地帯に緊張が切れたのか、リリエリは大きく息をついて倒れていた巨木に腰をかけた。
 夕日の下で自分の両手を眺める。動きに問題はないものの、左手の爪が一枚。それから幾本もの引っかき傷。負傷としては軽微だ。持ち込んだ紋章魔術によって、一晩もあれば治せるだろう。

 礼を言わなくては、とリリエリはヨシュアを見た。どこかぼんやりと草原の奥を見ているヨシュアの服はそこかしこが引きちぎれている。右の脇腹、首元、腹部など。
 血の流れ出た跡も残っており、深い傷の一つや二つは負っていそうだ。よくもまぁこれで掠り傷などと嘯いたものである。

「ヨシュアさん、怪我は」
「ない」
「ないと治ったは違いますからね」
「……治った」
「……あんまり無茶しないでくださいね。でも、ここなら安全が確保できそうです。ヨシュアさんのおかげです」

 リリエリは日の落ちつつある草原を見晴らした。疎らに生える背の低い木に、柔らかい草の絨毯。これならどこでだって落ち着けるだろう。
 さっさと場所を決めて野営の準備をしよう、とリリエリは杖を支えにして立ち上がった。今夜はちょっと忙しくなる。ヨシュアの衣服を繕うことに、なるべく時間を使いたいところだ。


■ □ ■


 二人がエルナトを発って四日が経過した。草原を引き返し森に分け入り、山を迂回し谷を越え、度々魔物に襲われながらもようやく辿り着いた先。

 荒れきった道、転がる錆びた金属片。辛うじて形を残す物置小屋のような建物と、もとは柵として機能していただろう木片。

 シジエノ廃村。
 その入口に、二人は立っていた。

「ぼろぼろだな」
「中心部にいけばもう少し形を保った家屋がある、かもしれません」

 踏み入った足元に転がる杭には、辛うじて見て取れる程度の紋章魔術が刻まれている。ここが村の末端だとすれば、恐らく魔物避けのものだろう。

 魔物避けの結界。
 紋章魔術の発展によって編み出された、人類史上最も価値があるとされる魔術である。
 魔物避けの紋章魔術を付与した大壁によって囲まれた居住地を、人々は都市と呼称する。例えばエルナトや王都ウルノールなどが都市に相当している。
 
 一方で、大壁ではなく簡易の柵や杭に紋章魔術を付与している地域も存在する。大壁と比べて安全性は劣るが、簡便に設置できることが利点だ。
 大壁以外の手段で守護された居住地は、その大きさによって街あるいは村と呼称される。シジエノは後者に相当していた。

 ……その魔物避けの紋章魔術の刻まれた杭が、足元に転がっている。
 破壊されたのだ。杭の紋章魔術よりもずっとずっと強い魔物に。

 ヨシュアの背は高い。その背の上にいると、小柄なリリエリが普段見ている景色と比べてかなり多くの情報が入ってくる。
 目に飛び込んでくるのは悲惨なまでに破壊された人々の生活の残滓ばかりだ。時の流れによって隠されていなければ、もっと生々しい光景を目にしたことだろう。

「石造りの建物も崩れているな。……薙ぎ倒されている、みたいだ」
「粉挽き小屋だったのかもしれませんね。元々は風車がついていたんでしょうが……」

 リリエリはこの村で起こったことを想像し、ほんの少しの間だけ目を閉じた。
 やや低いヨシュアの体温と普段と変わらぬ声色が、リリエリにはありがたかった。

 残念なことだが、シジエノ廃村のような場この世界のどこにだって存在している。だからこそ、人々は冒険者に望みを持つのだ。

 元は広大な畑だっただろう場所を二人は進む。ゆっくりと、人々の生活の跡を探しながら。

「大きな村だな。……どうして廃村になったのか、あんたなら知っているんだろう」
「……知っていますよ。楽しくない話です」
「聞かせてくれないか」

 ざくざくと一定のリズムで刻まれる歩行音と、冷えた風が運ぶ土の匂い。リリエリは遠くを眺めた。
 楽しい話じゃない。だが、彼の要望を無碍に拒む気にもなれない。
 荒畑の奥に佇む壊れた井戸を見ながら、リリエリは小さく口を開いた。

「シジエノ廃村はスキュラと呼ばれた魔物に滅ぼされたんです」


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