龍の呪いの殺し方

中島とととき

文字の大きさ
上 下
52 / 131
第二章

第十一話 シジエノへ

しおりを挟む

 思わぬ足止めはあったものの、二人は特に問題なく進行した。
 あれから数回魔物と遭遇したが、ヨシュアの前にそれらは大した障害にはならなかった。ただ、ふと気がついた時には、魔物なんかよりずっと深刻な問題が生じていた。

「どこですか、ここ……」
「……東?」
「進行方向の右手側に夕日がありますけどね」

 ヨシュアが足を止めたのは、森と草原の境目のような地形に差し掛かった時であった。太陽はにわかに傾きつつあり、ギリギリ日没までに安全地帯に辿り着けた形である。

 被せられていた鍋を取り払い、周囲の状況を確認したリリエリはそれはそれは驚いた。背後には森、正面には一面の草原。草食獣らしき形が遠くに見えており、今までの喧騒が嘘みたいに穏やかな世界が広がっている。
 ……川は? 私達は小川沿いに移動していたはずでは?

「気がついたら川がなくなっていたんだ」
「それは、まぁ、しょうがないですね」

 思えば蜘蛛の巣に引っかかった時には既に川の気配がなかったような気がする。あの時気づいておけば、とリリエリは後悔した。紛うことなき連帯責任であった。

 それでも、暗くなる前に身を休められそうなところまで進めたのは僥倖だった。ヨシュアの強行がなければ、確実に森中で夜を迎える羽目になっていた。それに比べれば、川を見失ったことなんて些細なことだ。たぶん。

 久しぶりの安全地帯に緊張が切れたのか、リリエリは大きく息をついて倒れていた巨木に腰をかけた。
 夕日の下で自分の両手を眺める。動きに問題はないものの、左手の爪が一枚。それから幾本もの引っかき傷。負傷としては軽微だ。持ち込んだ紋章魔術によって、一晩もあれば治せるだろう。

 礼を言わなくては、とリリエリはヨシュアを見た。どこかぼんやりと草原の奥を見ているヨシュアの服はそこかしこが引きちぎれている。右の脇腹、首元、腹部など。
 血の流れ出た跡も残っており、深い傷の一つや二つは負っていそうだ。よくもまぁこれで掠り傷などと嘯いたものである。

「ヨシュアさん、怪我は」
「ない」
「ないと治ったは違いますからね」
「……治った」
「……あんまり無茶しないでくださいね。でも、ここなら安全が確保できそうです。ヨシュアさんのおかげです」

 リリエリは日の落ちつつある草原を見晴らした。疎らに生える背の低い木に、柔らかい草の絨毯。これならどこでだって落ち着けるだろう。
 さっさと場所を決めて野営の準備をしよう、とリリエリは杖を支えにして立ち上がった。今夜はちょっと忙しくなる。ヨシュアの衣服を繕うことに、なるべく時間を使いたいところだ。


■ □ ■


 二人がエルナトを発って四日が経過した。草原を引き返し森に分け入り、山を迂回し谷を越え、度々魔物に襲われながらもようやく辿り着いた先。

 荒れきった道、転がる錆びた金属片。辛うじて形を残す物置小屋のような建物と、もとは柵として機能していただろう木片。

 シジエノ廃村。
 その入口に、二人は立っていた。

「ぼろぼろだな」
「中心部にいけばもう少し形を保った家屋がある、かもしれません」

 踏み入った足元に転がる杭には、辛うじて見て取れる程度の紋章魔術が刻まれている。ここが村の末端だとすれば、恐らく魔物避けのものだろう。

 魔物避けの結界。
 紋章魔術の発展によって編み出された、人類史上最も価値があるとされる魔術である。
 魔物避けの紋章魔術を付与した大壁によって囲まれた居住地を、人々は都市と呼称する。例えばエルナトや王都ウルノールなどが都市に相当している。
 
 一方で、大壁ではなく簡易の柵や杭に紋章魔術を付与している地域も存在する。大壁と比べて安全性は劣るが、簡便に設置できることが利点だ。
 大壁以外の手段で守護された居住地は、その大きさによって街あるいは村と呼称される。シジエノは後者に相当していた。

 ……その魔物避けの紋章魔術の刻まれた杭が、足元に転がっている。
 破壊されたのだ。杭の紋章魔術よりもずっとずっと強い魔物に。

 ヨシュアの背は高い。その背の上にいると、小柄なリリエリが普段見ている景色と比べてかなり多くの情報が入ってくる。
 目に飛び込んでくるのは悲惨なまでに破壊された人々の生活の残滓ばかりだ。時の流れによって隠されていなければ、もっと生々しい光景を目にしたことだろう。

「石造りの建物も崩れているな。……薙ぎ倒されている、みたいだ」
「粉挽き小屋だったのかもしれませんね。元々は風車がついていたんでしょうが……」

 リリエリはこの村で起こったことを想像し、ほんの少しの間だけ目を閉じた。
 やや低いヨシュアの体温と普段と変わらぬ声色が、リリエリにはありがたかった。

 残念なことだが、シジエノ廃村のような場この世界のどこにだって存在している。だからこそ、人々は冒険者に望みを持つのだ。

 元は広大な畑だっただろう場所を二人は進む。ゆっくりと、人々の生活の跡を探しながら。

「大きな村だな。……どうして廃村になったのか、あんたなら知っているんだろう」
「……知っていますよ。楽しくない話です」
「聞かせてくれないか」

 ざくざくと一定のリズムで刻まれる歩行音と、冷えた風が運ぶ土の匂い。リリエリは遠くを眺めた。
 楽しい話じゃない。だが、彼の要望を無碍に拒む気にもなれない。
 荒畑の奥に佇む壊れた井戸を見ながら、リリエリは小さく口を開いた。

「シジエノ廃村はスキュラと呼ばれた魔物に滅ぼされたんです」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~

Ss侍
ファンタジー
 "私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。  動けない、何もできない、そもそも身体がない。  自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。 ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。  それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

処理中です...